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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第二章

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勤勉者たちの秤

 殿下たちはすぐには帰って来ず、穏やかに話しながら戻りを待った。クリンプト男爵家の長男だという白衣の彼を「チャーミー様」と呼んだら、首を振られた。

 

「気楽に呼んでください。ヘルン様のことも、さん付けで呼んでるしょう?」

「あ……すみません」


イリスは前世からの癖で、侯爵令嬢で博士である彼女を当たり前に、さん付けで呼んでいた。たしかに彼女の手前、チャーミー様と呼ばれるのは気まずいかと申し訳なく思った。


「いえいえ。僕はもともと貴族らしくない質ですし、気安い方がありがたいのです」


イリスのその思いを察したのか、彼はそう優しく笑いながら言ってくれた。素朴な印象を受ける穏やかな顔に違わず、腰も低い。ならばと、チャーミーさんと呼ぶことで落ち着いた。


その一連の流れをダイさんとテオが微笑ましそうに見ていた。何となく気恥ずかしくなり、残っていた紅茶を飲み切った。



 そんな話をしていたら、ベルガ殿下たちが執務室に戻ってきた。殿下たちは姿勢良く歩きながらも、何とも疲れている雰囲気が出ている。ヘルンさんは「やーれやれ」と肩を回しながら入ってきた。


その後ろにもう一人、赤い制服を着た騎士もいた。四十歳くらいだろうか。若いメンバーの多いこの部屋では、ぐっと年上に見える。金髪をしっかりと頭に撫でつけ、精悍な顔立ちの体の大きい男で、いかにもな騎士といった出で立ちだ。


「イリス、俺らにも茶を淹れろ」


ベルガ殿下はリュカ様たちがいるので、いつもの席ではなくソファの方に座ってきた。


 立ち上がって再び調理場で紅茶を淹れた。ベルガ殿下が大事な話の前にお茶を飲むのは少し珍しいことだが、喋り疲れたのだろう。

ヘルンさんは疲れた時に紅茶に砂糖を入れることがあるので、砂糖ポットも用意して執務室に戻った。


ダイさんの隣の、イリスが座っていたところを空けてリュカ様が座り、ベルガ殿下とヘルンさんはその横に置かれたソファに並んで座っていた。騎士はベルガ殿下の向かい合う席に姿勢良く腰掛けている。


四人に紅茶を置いていくと、ヘルンさんはやはり紅茶に砂糖を入れた。

イリスはもうお茶は飲み終わったので立っていようかと思ったが、テオが変な顔でイリスを見てきた。


『……』

「何見つめ合ってんの? イリスもほら、座りなー」


非常に素直な目が「ベルガ殿下も座ってきて気まずい。お前も座るよな?」と伝えてくるのを読んでいたら、ヘルンさんに着席を促された。もともと座っていた席に腰掛けると、テオの肩の力が少し抜けていた。


殿下たちは黙ってお茶を飲んでいる。口数が少ないのは、これから大事な話をするからだろう。ダイさんも今日は終始ふざけず、どっしりと座って話を待っている。

ベルガ殿下が、こちらの様子を窺っていた補佐たちを振り返った。


「お前らも近くに寄れ」


その一言でグレイさんたちもソファ席の方に寄ってきた。座席数とかメンバー的に、彼らは座りにくい状況だろう。先輩たちを立たせているのが申し訳ない。イリスもやっぱり立ちたくなってきたが、そのタイミングでベルガ殿下が王子らしく音を立てずにカップを置いた。


「さて。さっきの件だが、怪物を処分しないことには人が死んでいくだけだ。厄介な存在だが、脅威の度合いもまだ測れねぇ」

「まぁ、そうだな」


ベルガ殿下の切り出した言葉に、ダイさんが相槌を打つ。相手が強敵なのは分かったが、数や生態などまだまだ分からないのだ。皆も静かに頷いた。


「リュカのところでは、すでに始めていることだが、黒体病の対策。この件がどのくらいで解決するか分からないが、今後も被害者は出るだろ。物理攻撃でも黒くなって死ぬなら、結局そっちも対策しておくべきだ」


こちらは引き続きということだ。リュカ様が静かに頷き、イリスとテオもそれに続いた。


「俺のところでは、騎士とエシェカの森の見回りの強化。あの森は移動や流通で誰でも通るからな。もし怪物に襲われたら応戦しろ。これはダイ、お前が中心にやれ。騎士の方は隊長のそいつがリーダーだ。そっちともうまくやれ」

「了解」


そいつ、と言われた赤い制服の騎士は「よろしくお願いします」と低い声で返した。


森の見回りは、今も騎士が通常業務の一つとしてやっていることだ。

テロ阻止のときもそうだったが、他部署の人と任務にあたるときに、殿下直属の部下である補佐は、現場指揮の役割を持つことがある。補佐も動かすことで、この件の主導権をこちらで握りたいということだろう。


こちらもイリスは対応することになるので頷く。樹と戦ったことはないが、細剣は通用するだろうか。鞭も得意だけど枝に絡まりそうだ。そもそも怪物は何をもって死ぬのだろうか。


そんなことを考えていたら、隣のリュカ様から視線を感じた。眉を寄せて、ひどく不安気な顔をしている。イリスが剣を使う人間なのはとっくに知っているはずだが、それでも心配してくれているらしい。


未知の相手なので、大丈夫ですよ、と言って良いか分からないが、少しでも安心してほしくて、微笑んで見せた。だがリュカ様は膝に置いた手をぐっと握りしめている。


「ヘルンのところでは、怪物の情報収集。居場所や火以外の弱点、何でも良い。とにかく奴らの生態を調べろ」

「うん。やってみるよ」


リュカ様の反応にどうしたものかと思っていたら、ベルガ殿下が話を続けたので、ひとまずそちらに意識を戻した。

植物研究者でも、樹木とはいえ怪物は範囲外だろうが、ヘルンさんは仕事モードで返事をした。チャーミーさんも、優しげな顔立ちを引き締めてこくこくと頷いている。


「……もしラシュハの樹と対峙しても、できるだけ触らないようにしてください。おそらくタダの実を食べなくても黒体病になります。実にしろ枝にしろ、体内にそれらが入るのが問題です。特に傷口などがあれば絶対に触れないように。エシェカの森に行く時は手袋などをしてください」

『了解です』


本には樹木の怪物に枝で刺された人の体が黒くなると書かれていた。おそらく補佐三人もタダの実を食べたのではなく、その攻撃で体が黒くなったのだろう。もはや樹そのものが要注意だ。


「茶を飲んだらそれぞれ通常業務と、今言った仕事に取り掛かれ」



 ベルガ殿下の号令で皆ばらばらと動き出した。騎士隊長はダイさんに話し掛け、二人でさっそく見回りの件の話をしているようだ。


「リュカ様、樹木の怪物のことが書かれた本はまだ執務室にありますか? 私たちも読みたいのですが」

「ありますよ。ただ、私の方でもきちんと読んでおきたいです。この後すぐ読んで渡すので、少し待ってていただけますか」

「了解です! このままチャーミーと諸々話しながら待ってます」

「イリス、今日はもう兄上のところに戻る時間ですが、その本を取りに一緒に来てください」

「分かりました」

「あ、じゃあ俺もリュカ様のところに戻りますね」


読み終えた本を渡すのはもちろんイリスでも良いが、普段なら効率を考えてテオに頼みそうだけどなぁ、と思いつつ三人でリュカ様の執務室へ戻った。



 そろそろ夕方となる部屋は暗くなっている。テオが慣れたように机の上のランプを灯した。その明かりを頼りに、積まれていた本から、怪物のことが書かれていた古い本を手に取ってリュカ様に渡した。


「これですね。私はコーヒーでも淹れてますね」

「ありがとうございます。テオ、すみませんが、こちらの本の返却をお願いします」

「はい!」


テオは読み終わった本を軽々と腕に抱えて図書室へ向かった。薄暗い部屋で、リュカ様は黄色いランプの明かりに照らされて本を開いた。少し前髪のかかる眼鏡にはその光が映っている。黒体病の部分だけならページ数は少ないし、すぐ読み終わるだろう。


 案の定、コーヒーを淹れ終わる頃には「なるほど」と本から顔を上げていた。


「イリスが要約していた通りですね。とにかく樹が暴れて人を刺す。これではやはり、黒体病となる何らかの樹の成分が体に回っても、枝による物理的な致命傷を受けても、どちらでも死にます」

「そうですね。それに樹の攻撃はかわしたとしても、相手の倒し方が燃やす以外は分からないので、かなり戦いにくそうです」


リュカ様とテオのマグカップを机に置きながら答えた。樹の対策としてエシェカの森に行くときは火を持ち歩くというのは一手ではあるが、剣と火のどちらも上手く扱って樹を倒すのはなかなか難しいと思う。


どうしたものかと考えていると、リュカ様が「立場上、言うべきではないのですが」と顔を上げた。


「イリスはエシェカの森に行かないでください」

「え……」


予想外の言葉に、イリスは固まった。まっすぐに向けられる彼の目は、本気で言っているのだと明白に伝えてくる。森の見回りを、イリスだけしなくて良いと言っている……?


「いえ、私もベルガ殿下の補佐なので、仕事なら行きます。私だけ免除ということはないので普通にやります」

「怪我では済まないかもしれません。仮病でも何でも良いので行かないでください。もしそれで兄上のところで居場所がなくなっても、私のところにいれば良い」


イリスは返事に困った。先ほども見た不安気な視線を向けてくるリュカ様は、真剣に心配して言ってくれている。イリスはダイさんみたいに分かりやすく強そうということもないから、怪物相手に戦うのは余計不安にさせるのだろう。


とはいえ、皆が危険を背負って戦っている中でイリスだけ保身に走るという選択肢は、ない。


「私がその対応をしない分、他の人の負荷が増えることになります」

「そうなのですが……」

「それは嫌なのです。私も皆と同じように、仕事させてください」


多分、リュカ様は仲良くなったイリスを特に心配してくれている。でも誰もが誰かしらの大切な人なのだ。他の人を犠牲にして、その人たちが辛い思いをするのは、嫌だ。


イリスも真剣なのだと、リュカ様の目をじっと見て伝えた。リュカ様は眉を寄せて納得しきってない様子だが、それ以上は言わなかった。


もし森に行って死んだら、それはそれだ。

個人的には、殉職なら納得できる死に方だと思っている。さすがにリュカ様にそうは言えないので、その考えはそっと胸に秘めた。


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