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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第二章

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17/52

それぞれの夜 ー守りあいー

 一日晴れていた今日の夜空は、雲がひとつもない。夕方の任務が終わり、その空を見上げて城の馬車に乗り込んだ。


向かいに座るグレイさんはいつもの制服ではなく、夜会用の質の良い紺色のスーツを着込み、柔らかそうな白い髪も綺麗に撫でつけている。


「次はクシュート子爵家の夜会に潜入して、幻の絵画の在り処を掴みます。グレイさんが中に入って主催のエミリー夫人から情報を聞き出して、私は外でグレイさんの妨害をする連中を倒すように、とのことです」

「了解です。……ベルガ殿下から珍しく役割も決められているのですね。本当は僕が外の連中を相手すべきな気はしていますが」


優しいグレイさんは、危険な方を女に任せることに少し微妙そうな顔をしているが、イリスはこの役割なのは当然だと思っている。


グレイさんは派手でこそないが顔が整っているし、さらりと人を褒めるところがある。今日もイリスと合流してすぐ、ふわりと微笑みながら「その髪型も似合いますね」と褒めてくれた。彼のこういうところは、男性ももちろんだが、女性には特に好印象だろう。それと、もう一つ。


「これで良いのですよ。夜会と言えばお酒が出るでしょう。私はお酒は飲めませんので、中は向いてないです」

「あ、そうなのですね。一杯も飲めないのですか?」

「一杯どころか数口で駄目になるので、この後の仕事に差し支えます」

「なるほど。あぁ……」

「……ふふっ、『旅の間も酒場には行ってませんでしたね』ですか?」

「ストーカーと言われるので黙ってたのですが……!」


当たりだった。今日はこちらからはストーカーという単語は出さなかったが、グレイさんは「くっ」と悔しそうな顔をしている。ストーカーの件はイリスは気にしていないのだが、グレイさんの方が引きずっていて、その様子が面白くてつい笑ってしまう。


とにかく今日の役割については納得してもらえた。イリスのお酒の弱さは、前世で酔ったイリスを見たベルガ殿下とヘルンさんに「人前で酒は飲むな」という約束をさせられたくらいだ。朝の手先の不器用さといい、今日は弱点ばかり人に晒している気がする。



 他愛もない話をしていたら、馬車が止まった。いつものように先に降りたグレイさんが差し出してくれる手に、自分の手を重ねて外に出ると、柵に囲まれたレンガ造りの立派な屋敷が見えた。夜なので、門から屋敷までの道にいくつもの黄色いランプが灯されている。


「では行ってきますね」


グレイさんはふわりと微笑み、堂々と門を通って屋敷へ入っていった。イリスはそれを馬車の陰から見送って、目立つ銀髪をローブのフードを被って隠し、門番の目がつかない位置から柵を越えて敷地内に入った。


ぽすっと芝生が体重を受け止め、左腰の剣を手で押さえて、音を立てないように妨害者を待ち受けられる場所を探した。



 音楽が聴こえてくる場所が夜会の会場である大広間だろうと当たりをつけた。そこから妨害者が確実に通りそうな場所、かつ連中から距離を取れる場所を見つけて、近くの大きな木の後ろに隠れる。


外まで漏れる楽器隊の音楽と、談話している人々の声を聞きながら、イリスはフードを被り直して大人しく妨害者を待った。



 聴こえてくる音楽が三曲目に入った頃、複数の殺気とともに、柵が軋む音がした。


イリスの相手が来たので、右腰から黒い鞭を取り出した。今回の相手は殺すほどではないらしく、ベルガ殿下から「七割殺しにしとけ」と言われている。イリスは剣で七割殺しは難しい。ゼロか百になる。


折り畳んでいた鞭を開き、近づいてきた殺気の方向を向くと、夜に合わせた真っ黒の格好の人が十五人ほど、柵を乗り越えてこちらに向かって来ていた。


全員が攻撃できる距離に入ったところで、隠れていた木の前に出た。右腕を大きく動かして、長距離用の鞭を振る。


風を切る音と同時に、蛇のように長く前方に伸びた鞭が最前にいた三人に当たった。

その人たちが短いうめき声をあげて腕を抑えるのを目の端に捉えながら、続けて腕を振り、さらに端にいた四人に鞭を当てる。


イリスに気づいた人たちが剣や銃を構えたが、それらは速攻で叩き落とし、間髪入れずに武器を握っていたその腕を目がけて鞭を強く打つ。

奴らにつけ入る隙を与えないため、風を切る音が途切れないように腕を動かした。


フードを被ると教会時代を思い出して、気持ちが荒んでくる。どうにも加減が難しくなる腕を、『七割』と頭の中で何度も繰り返して制御した。

歪んだ顔で必死に立つ彼らを一人も逃さないよう、鞭で囲うように大きく動かす。



 楽器隊の三曲目の演奏が終わらないうちに、全員地面に伏した。数名は起き上がろうとしたり、転がった武器を取ろうとしていたが、痛みにうめくだけだった。

連中の気迫が完全になくなったところで鞭は折り畳み、他の妨害者が来るのを警戒して再び木の陰で待機した。 

 


 他の妨害者は現れないまま、グレイさんが屋敷から出てきた。夫人からの情報は聞き出し終わったようだ。イリスがフードをおろして近づくと、こちらに気づいた彼も駆け寄ってきた。グレイさんはイリスと、その後ろで倒れている妨害者に目を向けた。


「終わりました。……大惨事ですね」

「七割殺しにはできたと思います」

「さすがです。では行きま――」

「ダーリンッ! ねぇ待ってちょうだい! 私を置いて行かないで!」


突然、女性の声が響いた。声のした方を見ると、屋敷から茶髪をくるくると巻き上げ、フリルをたっぷり着けた赤いドレスを着た女性が、ドレスを摘みながらこちらに走ってきていた。


彼女がエミリー夫人なのだろう。貴族の女性が走るなんて滅多にないことなので、もう息切れしている。後ろから護衛らしい三人の男性も追いかけてきている。グレイさんは珍しく、額に手を当てて困ったという顔をしていた。


「……すみません、巻ききれてなかったようです」

「モテますねぇ」

「ダーリン! あなたの身分は何だっていいのよ。うちで一緒に暮らしましょう。わたくしたち相性良いもの。絶対上手くいくわっ」


ゆっくり走る彼女は、今にも転びそうになりつつも必死に声を掛けてきている。何を言って彼女の懐に入ったか知らないが、ゲストも放ってここまで追いかけてしまうほど、グレイさんを好いているらしい。その彼はちょっと目が死んでいるけど。初めて見るその様子を、ついまじまじと見てしまう。


「あら、なにその女? 誰だか知らないけれど退きなさい。わたくしのダーリンと距離が近いですわよ」

「エミリー夫人、彼女に失礼ですよ。僕と夫人は恋仲ではありませんし、そもそも夫人は既婚者でしょう。冗談でも夫以外にダーリンなどと言うべきではありません」

「冗談ではないからこそ、あなたをダーリンと呼んでいるの。あなたはわたくしと夫婦になるのよ!」


近づいてきた夫人がようやくイリスを認識し、こちらを睨みつけた。グレイさんがイリスを隠すように前に立った。


ダーリンと呼ぶということは、彼女はグレイさんに夫、そして自分を守る存在でいてほしいということ。何とも勝手だ。しかし相手は貴族なので、グレイさんも言い方は少し強めではあるが、あくまで律儀に言葉を返している。


そのまま二人のやり取りを聞くが、夫人は一歩も引く様子がない。

何か、長くなりそうだ。面倒くさいし、この後まだ仕事がある。背中で庇ってくれているグレイさんには悪いが、ここはもうイリスが口を挟んだ方が早く解決しそうだ。


イリスはグレイさんの前に出て、夫人の目を真正面から見据えた。


「夫人。申し訳ありませんが、彼は私のハニーです」

「えっ」

「何ですって! あなたハニーなの!?」


突然の堂々としたイリスの宣言に、二人から驚愕の声があがった。夫人は、ぱっちりとした目をさらに大きく見開いて後ろのグレイさん見た。彼女の護衛たちもまったく同じ反応をしている。


「いや、えっと」

「間違いありません。もうずっとそうなのです。そういう訳ですので彼からはお引きください。では、よい夜を」


困惑したグレイさんの声が聞こえたが、言わせる前に早口で言い切った。こういうのは勢いだ。瞬きすら忘れている夫人たちに背を向け、グレイさんの腕を掴んで、駆け足で馬車へと戻った。



 馬車が次の目的地へと動き出した。グレイさんはものすごく何か言いたそうにイリスを見ていた。


「ふぅ、次の任務に行きましょうか」

「はい、任務は行きます。先ほどはありがとうございました。助かりました。……え、言うとしてダーリンの間違いですよね?」

「ハニーで合ってますね。私が守る側ですので」


ふふん、とイリスが言い切ると、グレイさんは信じられないという顔をしている。イリスが守られる側のハニーの訳がないのだが、彼はそう思っていなかったようだ。


「ふふっ、もちろんハニーとかはあの場から退散するための嘘ですけど。グレイさんは頼れる先輩ですが、あえて言うなら私がダーリン側ではありますので。これは譲れません」

「たしかに今日はイリスに守ってもらいましたが、これは仕事でっ」

「グレイさん、お酒飲みましたよね。飲酒して暴れると危ないので、次の任務も戦闘は私がやります。きっちり守りますね」


任せて、とグーサインも向けると、グレイさんはすごく微妙そうな顔をした。そして、ぐったりと項垂れた。その拍子で整えられた白い髪が少し乱れた。


「うぅ、危険な方は僕がやりたいのですが」

「私がやります。グレイさんは自分の身を大事にしてください」

「完全にこちらのセリフなのですが。……イリス、何だか生き生きしてますね?」

「え? あぁ、誰かを守るのはわりと好きなんですよ」

「なるほど……それなら騎士への就職は目指さなかったのですか? 女性もなれますよ。まぁ、結果的には補佐になっていただいて良かったのですが」


そう不思議そうに言われたが、むしろイリスがきょとんとした。

イリスが守りたいと思うのは、基本的に自分の身近な人だ。顔も知らない人にそこまでの情や正義感は持っていないので、騎士になるという考えはなかった。まぁ仕事ならもちろん誰でも守るが。


それに、もし目指したとしても、視力の件で無理だったと思う。グレイさんにこの話をするか迷うが、一緒に仕事をすることが多い彼には、そろそろ話しておくべきな気がする。


「騎士に憧れとかはなかったですし、どちらにせよ身体検査で引っかかったと思いますよ。私は右目がほとんど見えませんので」

「え……?」


予想していたことだが、グレイさんは口を開けたまま固まった。今日はいつも穏やかな彼のいろんな表情を見れている。しかし気を遣わせたくないので、イリスは少し微笑んだ。


「ちょっと昔、虫除け液を浴びてしまいまして。でも日常にも戦闘にも差し支えないように訓練してあります。ただの情報共有ですので、気にしないでくださいね」

「気にします。やっぱり戦闘は僕がやります」

「いや、すでに何度も戦ってますし。あと飲酒して運動するのは駄目ですってば。グレイさんが死んだら私は泣きます」

「別に、僕は……」


そこまで言うと、グレイさんは言葉を詰まらせて視線を落とした。この人はどうにも、あまり自分のことを大事にしない。


多分、初対面のときに家名を言わなかったグレイさんは、親がいないか、何か訳ありの人生を送ってきたのだと思う。

もしかしたら、彼が危険な役割を引き受けようとするのは、男だからとか先輩だからというだけではなく、傷つくことが当たり前だったのかもしれない。イリスのように生きることに執着がない可能性もある。


だが、グレイさんが死ぬのはイリスが嫌だ。そもそも人生二回目のイリスを差し置いて、彼が先に死ぬのは許容できない。


彼はイリスが守る必要がないほど強いのはよく知っている。それでもいざとなれば、たとえ本人が喜ばなくても、イリスは命を懸けてでも彼を生かす。長生きして人生をしっかり楽しんでほしい。


押しつけないように、それでも一言だけ伝えたくて、まだ目線を落としているグレイさんの顔をしっかり見た。


「若い命、大事にしてくださいね」


イリスの言葉にこちらを見た彼の灰色の瞳が、見開かれた。そのままじっと見てくるので、変なことを言ったかと首を傾げた。


「……僕の方が年上なのですが」

「あ、そうでしたね」

「一瞬、イリスの方が年上に見えました……」

「すみません、生意気なこと言いました。これは違うんですよ。いや、違くもないのですが!」


いろいろ考えているうちに、隊長時代の感覚になっていた。上から目線のことを言ってしまったし、グレイさんもびっくりしている。そして深入りされたらどう誤魔化したら良いんだ。正直に前世があるとか言ったら完全に変な奴だと思われてしまう。


「ふふ。さっきまで大人びていたのに、急にわたわたしてて、今は年下に見えます」

「え? あ、はい。私は年下です!」

「んはは!」


よく分からないがグレイさんが笑ってくれたし、深くは聞かれなかったので、イリスはほっと胸を撫で下ろした。



 イリスの右目のことは、必要なときはちゃんと頼る、ということで落ち着いた。


「ちなみに僕はどうしたらダーリン役になれるのですか?」

「今生では無理ですよ、ハニー」

「そんなことあります?」

「ふふ、間違いありません」


絶対にダーリン役を譲る気のないイリスに、グレイさんはまた複雑そうな顔をしていた。


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