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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第二章

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16/52

それぞれの夜 ー馴れあいー

 何とか早めに研究所での仕事を終わらせ、馬車で待ち合わせの飲み屋に着いた。城下町にあるこの店は、がっつり系のメニューも豊富にあるので、ヘルンはダイと飲むときによく来る。


入店して店員に案内してもらったのは、いつもの個室。店全体の賑わいは適度に感じつつも、貴族御用達のこの個室は話し声が漏れないようになっているので、気兼ねなく過ごせるのがお気に入りだ。


「よっ、お待たせ!」

「お疲れ様です、ヘルン様!」

「お疲れ。先に飲んでたぞ。これ、お前が好きなやつ注文しておいたぞ」


中に入ると、大きなコップを持って楽しそうなダイと、その彼に向かい合って座るテオが迎えてくれた。ダイの横に座り、ヘルンの酒と、彼らの追加の酒を注文した。

仕事を早く終わらせようと昼食を軽く済ませたため、すっかりお腹が空いている。ダイが先に注文しておいてくれた、好物であるポテトサラダに手をつけた。


「うまっ。つまみありがとう。ダイと飲むのもちょっと久しぶりだね」

「俺らもそれなりに忙しいからな。少し前にテオと今度飲みに行こうぜって話してたから、今日はちょうど良かったわ」

「誘っていただいてありがとうございます!」

「はっは! そんなに固くなるなよ。気楽に行こうぜ。ほれ、どんどん食え」


ダイはぴしりと姿勢よく座るテオに、机にあった油で艶々とした唐揚げを勧めた。そのテオも素直に礼を言って、美味しそうに食べ始めた。机には他に、エビのサラダ、揚げたポテト、パン、チーズ、にんにくの香る肉が並んでいる。ダイも「この肉は冷める前に食わねぇとな」と、まだ湯気が立っているにんにくの料理に、がぶっと齧り付いている。



 三人して目の前の食に走っているうちに、先ほど注文した酒が届いたので、彼らと乾杯した。

琥珀色の冷たい酒をあおると、体が痺れるような感動が突き抜け、一気に肩の力が抜けた。


「っあー、うまーい!」

「今日も良い飲みっぷりだなぁ」


爽快感で天井を見上げたヘルンに、ダイはカラカラと笑い、テオも楽しそうにこちらを見ていた。本当、酒って何でこんなに美味いんだろうなぁ。もう気分は最高だ。


「ヘルン、いつもと髪型が違うな。それもいい感じだぜ」

「ありがとう。髪紐が切れちゃってさ、イリスに結び直してもらったの。そんで私はイリスの髪を結んであげたのさ」

「えー、俺見てないんだけど!」

「そっちもよく外に出てるから、すれ違いがちだもんね。ってかイリスの髪型が変わったら少しは噂になるかと思ってたけど、何も聞かなかったなぁ」


イリスはいろんな意味ですでに城内で目立つ存在になっているし、客観的に見ても、あの髪型の彼女も可愛かったと思う。食堂とかで人目に触れたら話題になりそうだし、そしたら噂好きの所員が教えてくれそうなんだけどな。

その会話にテオがこちらを見て、食べていたポテトを飲み込んだ。


「あ、イリスは今日ほとんど城内は歩いてないです。昼食も皆でリュカ様の執務室で食べました。何か、手配していただきまして」

「え? ……あっははは! そうきたか!」

「ぶふぉっ、やるなぁ!」


あっけらかんと言われたその言葉は、予想外だった。ヘルンは思わず肘を机に乗せてその手で顔を覆った。ダイは机に突っ伏して肩を震わせている。


今日は噂のリュカ様とイリスの様子を見てみたくて押しかけたが、やっぱり面白いことになっていた。


突然のヘルンの存在に人見知りのリュカ様は無言が続いていたが、イリスが動いたら何か反応するだろうと、彼女に髪を結ぶのをお願いした。


案の定、懸命に髪を結ぶイリスの様子を窺ったり、その後のコーヒーを飲む彼女を面白そうに見ていて、明らかに彼女に関心を向けていた。


ついでにイリスの髪型も変えたらどんな反応をするか気になったのだが、彼は眉を寄せて何だか落ち着かない様子だった。あれは他の男の目を気にしてたのか。それで自分の部屋に籠もらせるとは、分かりやすすぎる。


だけど、多分イリスは、肝心の彼の気持ちには気づいていない。あの子は昔から、人の心の機微に非常に敏いのに、自分に向けられるその気持ちだけには、何故かとても疎い。


しかもテオもよく分かっていないらしく、こちらの反応に戸惑いながら「楽しかったですよ?」と執務室での食事の感想を言っている。彼は天然なのか。


横で突っ伏しているダイがこちらに目だけ向けてきた。


「髪型一つでそれかぁ。この先あいつら大丈夫かぁ?」

「うーん、今日のはうなじが見えたのが気になったのかも」

「あー、それはあるかもな。男っつーのは、女の子の普段見えないところが出てるとソワソワするもんよ」

「なるほどね」


小声でこそっとダイと話し、それぞれ体勢を戻した。テオが戸惑い続けているので、いったん仕切り直そう。今日はせっかくだから、昔の話もしたいのだ。


「ごほんっ、そういえば昔はダイとテオってどんな関係だったの?」

「えっ、普通に上司と部下ですよ。俺は役職もついてませんでしたし、総隊長のダイさんはちょっと遠い存在でした」

「俺は全員ちゃんと見てたけどな。テオは後方支援が多かったし、俺とのやり取りは少なめだったかもな」

「そうですね。なので、こんな風に一緒に飲む日が来るとは思っていませんでした」

「嬉しいか? 嬉しいな?」

「もう、酔っぱらいの絡みやめてくださいよ!」


にんまり煽るダイに、テオは面倒くさそうに返事しつつも、顔は満更じゃなさそうだ。


テオとはまだ短時間しか話していないが、面白い子だなと思う。気さくな感じだし、全方位に好かれそうなタイプだ。リュカ様たちと早々に打ち解けたのも分かる気がする。

そのテオは照れ隠しなのか、酒をぐびぐび飲むので、顔が赤くなってきている。


「おいおい、お前そんなに酒強くねぇだろ。昔の飲み会で早い段階で潰れてたの、俺覚えてるぞ?」

「俺の酒の強さは普通ですよ。周りの奴らが強すぎたんです。ダイさんは最後の方まで残ってましたね」

「俺は酒は強いからな。うちの連中もだけど、ベルガもヘルンも飲める方だし、軍人って何かそういう奴多いよな」

「まぁね。まぁベルガは仕事ばっかりで、昔も今も全然付き合ってくれないけど!」

「あいつクソ真面目だからなぁ。リュカ様といい、その弟王子たちといい、うちの王子は勤勉だよな。他国だともっと遊んでる王族もいるっつーのに」


それにはヘルンも大いに同意した。向かいでテオもこくこくと頷いている。

他国だと王族が隠れて夜遊びしたり、賭博場に出向いている噂は聞くし、いっそ堂々と女を侍らせたり、仕事を怠慢する王族は決して珍しくはない。


それが、うちの王族は歴史上も、今現在もそういった話がほぼない。そのおかげか、比較的治安も良いし、結構しっかりした国だよなぁと思う。


「どうせ貴族なら、この国で良かったわ」

「だな。俺も他の国なら爵位なんて貰わなかったわ。貴族なんて面倒くせぇ」

「ダイさんは平民から、仕事の功績を積んで爵位を賜ったんですよね。そういう人は多くはないですし、すごいです」

「だろー? 頑張ったんだぜ! まぁ前世の経験があるからっつーのは大きいけどな」

「ダイは能力もだけど、昔からベルガの側うろうろしてたのもあるんじゃない? ってかあんただけだよ、そんな度胸ある奴は」


ダイは「まぁな!」と誇らしげにするが、テオは不思議そうな顔をしていた。城内では定番のこの話を、テオはまだ知らないらしい。ダイがウィンクしてきたので、ヘルンはテオに向き直った。


「テオ。戦場に立つことがないベルガが『武力最強の王子』って呼ばれてる理由は知ってる?」

「え? 知らないです。あ、そういえば昔の印象でベルガ殿下がお強いのは当然のように思っていましたが、うちの国はしばらく戦争とかがないので、殿下も戦う機会はないですね」

「そう。なのにそう呼ばれるのはね、ベルガが子どもの頃から、剣の先生である凄腕の騎士たちを叩き潰しまくってたからだよ」

「……なるほど。ベルガ殿下は前世で、ものすごくお強い総隊長でしたもんね」

「そうそう。五歳とかで騎士隊長たちの鼻っ面を折りまくって、ものすごい剣の才能がある王子ということで、そう呼ばれるようになったわけ。まぁ周りから見たらただの子どもだもん、そうなるわ」


当時の騎士隊長たちは、子どもに負けてどんな気持ちだっただろうか。そう考えるのはヘルンだけではないはずで、テオも気の毒そうな顔をしている。酒を飲みながら話を聞いているダイはニヤニヤとしているけど。


「まぁその頃は私もまだ城にいなかったから、聞いた話だけどね。それで、騎士では相手にならないってなった頃に現れたのがこいつよ」

「あのベルガが王子になってんだもん。前世ぶりじゃんって会いに行ったんだぜ」

「城の訓練場に、同じく子どもだったダイが乱入したんだって。あり得ない話よ」

「え……何かの機会で会いに行ったとかではなく、いきなり押しかけたのですか?」

「おうよ! 平民が王子に会う機会なんてそうないからな。城の警備をくぐって、無理やり突入したわ」


テオはあんぐりとしている。そりゃその反応になるわ、とヘルンも頷く。どこにそんなことできる奴がいるんだって話だが、隣のこいつがまさに実行したのだ。

ダイは鼻をこすっているが、これは別に誇らしい話でもない。


「さすがにベルガもびっくりしてたな。『てめぇ、何しに来た』ってめっちゃ睨んでてさぁ。護衛たちも囲ってくんの。こっちも子どもだってのに」

「いや、そうなりますよ。あんた何してるんですか」

「まぁ良いから手合わせしようぜって、その辺にあった練習用の剣を掴んだら、あいつも乗り気でさ。いきなり斬りかかってきたわ」

「それは前世での諸々の恨みが晴れてなかったんじゃないですかね」

「だがこの俺だからな、きっちり受け止めたぜ。そんで、そのまま打ち合ってさ、いい戦いになったわけよ。周りで見てた奴らも、これには歓声をあげて見入ってたわ」

「まぁ、ダイさんですからね。子どもだったとしても、前世での総隊長同士の戦いは見応えあったでしょうね」


ヘルンは聞きながら、テオの呆れと驚きと困惑を器用に混ぜた顔が面白くてニヤニヤしてしまう。この子の顔、素直すぎる。気持ち良さそうに話すダイの調子を崩さないよう黙っているが、ずっとテオの顔が気になって吹き出しそうだ。気を逸らそうと、ぬるくなってきた酒をあおった。


「結局、勝負つかずだったんだけど、その一件で俺が唯一、ベルガの剣の相手になれる存在だって認知されてな。以降は堂々と城に通って、あいつの剣の訓練の相手をして、その流れで補佐にもなったってわけ」

「……いろいろ言いたいことはあるのですが、その度胸も腕も、やっぱりダイさんはさすがです」


何だかんだで結果を残したダイに、テオはオレンジ色の瞳をキラキラ輝かせて、尊敬の眼差しを送っている。ダイも「まぁな!」と嬉しそうにひげを触っていて、この二人の関係性も良いものだなと思う。うちのイリスも忠誠心はすごいが、こういう感じではないので新鮮だ。


「まぁやり方は強引だったけど、結果的に良かったよね。剣もだけど、ベルガって昔から怖がられがちだし、ダイみたいにまったく怯まない奴が側にいた方があいつにとっても良いと思うし」

「無愛想すぎてしょうがない奴だわ。もはや幼馴染たる俺がちょっかいかけてやらないとな。息抜きも大事だぜ」

「やり過ぎてしょっちゅう怒られてんじゃん!」

「あいつ俺の頭はたきすぎだわ。毎回ちゃんと痛いんだけど」


まったく、と言いつつ嫌そうではないダイが、ぐっと酒をあおった。まだ彼を見続けていたテオも、思い出したようにコップを傾ける。今の話はダイに呆れる人と感心する人で分かれるが、テオは完全に後者だ。

ダイは思い切りコップを傾けて喉を鳴らし、飲み終わったそれを机に力強く置いた。


「っあー、酒追加するか!」


いい笑顔の彼に乗って三人分の酒を追加し、すっかり冷めた料理も食べる。しなしなのポテトでも、楽しい場では美味しく感じるものだ。



 酒を追加しながら、イリス大出世の裏側や、テオの家族、今世でのヘルンとベルガの再会など、いろいろと話した。


何杯飲んだか分からなくなってきた頃、テオがゆらりと頭を前に傾けた。彼の肩は規則的に動き、静かな寝息が聞こえる。


「お、寝たか。こいつもまあまあ飲んだな。たしかに酒が弱いわけではなかったな」

「ちょっと皿に突っ込みそうで危ないから、後ろに寄りかからせようか」

「お前も酔ってきてるだろ。俺がやるぜ」


顔色すら変えていないダイが立ち上がって、テオを深めに腰掛けさせて、そのまま背もたれを使わせるようにして体勢を安定させた。すやすやとした寝顔は見えてしまうが、そこはご愛嬌だ。


「しかし素直な子だね。話している間も表情ころころ変わるし、見てて全然飽きないわ」

「そうだろ。何の因果か知らないが、一緒に転生したのがこいつで良かったぜ」

「ふふっ、可愛がってんねぇ!」

「そっちもだろ? グレイと何かやってんなと思ってたら、わざわざイリスを探させてたとか」

「まぁね。ダイもすっかりイリス可愛がってるじゃん?」

「そりゃあな。あー、せっかく仲良くなったし、一度くらいは前世メンバーの皆で飲みてぇな。イリスってそんなに酒弱いの?」


肘をつきながら単純に疑問だという感じで聞くダイに、ヘルンは力強く頷いた。

イリスは意外と弱点が多いが、特に酒は駄目だ。前世の王族主催のパーティーで、あの子も酒を飲まざるを得なかったときのことを思い出した。


「数口で酔うよ。しかも酔うと完全にぼんやりして、隙だらけになるからね。危なっかしいんだよ」

「なるほどな。あの見た目と色気でそれはまずいな」


ただでさえ美人で、肌を露出しなくても不思議な色気のあるイリスだ。酔って抵抗力のない彼女が人に見られるとか、恐ろしい想像しかできない。結局あのパーティーも速攻で切り上げて、ベルガとともに真っ赤な顔のイリスを回収した。ほんの一瞬で王族をはじめとする男たちの視線を集めまくっていて、あれは焦った。


ダイとテオなら信用できるが、それでも彼女の酔った姿を見せるのはいかがと思う。リュカ様もブチ切れるだろうし。あの王子が怒った姿を見たことはないが、今日の感じからして、そんな状況はまず許さないだろう。


「まぁそれなら、イリスには茶で乾杯してもらうか。飲み屋じゃなければ、それはできるだろ」

「うん、それなら良いね。イリスは私たちだけ酒を飲んでても別に気にしないし」

「そのときはベルガも参加させねぇとな! ヘルン、あいつ説得してよ。お前の言うことなら聞くだろ」

「私の言うことも聞かないよ。どうせ仕事だって言うし」

「どうかなぁ?」


ダイがニヤニヤとこちらを見てくる。急にこっちに話が流れてくるとは思っていなかった。

話を逸らすため、ヘルンは咳払いをして、テオの寝顔の前でダイと再び乾杯した。


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