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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第二章

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無口と饒舌

 ヘルンさんが家に泊まり、晴れて心地よい空気を感じながら一緒に出勤した。初日と同様にヘルンさんが徒歩で出勤していることに人目は集めたが、道すがらに聞こえてくる声が「あ、プルーシェル博士とイリスさんだ」に変わっていた。


リュカ様と一緒にいることが多くなったからか、いつの間にかイリスのことも認知されるようになったらしい。それらの視線には頓着しないヘルンさんは、頭の後ろで丸めた髪を揺らして、今日も息切れしながら坂を登っていた。



 城に着いて門をくぐると、ヘルンさんは歩きながら、丸めて脇に抱えていた白衣を広げて袖を通した。

そのまま研究室の方に行くのかと思ったが、イリスに着いてきた。


「研究室の方に行かなくて大丈夫ですか?」

「今日は遅くなるって伝えてあるから大丈夫! ちょっとベルガとリュカ様の顔も見とこうかなって」


彼女は白衣をひらつかせ、太陽光を浴びながら楽しそうにしている。それなら良いか、とイリスも気にしないで一緒にベルガ殿下の執務室へと向かった。



「ベルガ、おはよ! 今日も仏頂面してんねぇ」

「……おはよう。何しに来た」

「えー? ちょっと顔を見に?」


 入室して早々、カラカラと笑いながら煽るヘルンさんに、ベルガ殿下は眉間にしわを作った。イリスはとりあえず殿下と、苦笑しながらこちらを見ていた補佐仲間の皆に挨拶した。


「ヘルンじゃん。また飲みに行こうぜ! 今度はテオも連れてさ」

「良いね! 私まだテオと話したことないんだよね」

「だろ? イリスも連れていきたいけど酒は飲めないって言ってたからさぁ」

「あぁ、イリスは本当に飲めないからねぇ。ベルガは仕事ー?」

「当然だ」


ダイさんとヘルンさんの会話しているところを初めて見たが、馴染みすぎていてそうとは思えない。ヘルンさんは朝は弱いので今朝も起こすのが大変だったが、ちゃんと起きると一気に元気になるタイプだ。パッと明るい二人は、ここだけ青空の下で太陽が当たっているようだ。


「何か、眩しいですね」

「あいつらは元気すぎる」


太陽感が一切ないベルガ殿下に共感しつつ、こっちで急用はないのを確認し、ダイさんと何故かハイタッチしているヘルンさんに顔を向けた。


「ヘルンさん、私もうリュカ様のところに行きますけど」

「あ、私も行く! じゃあダイ、今晩ね。テオにも声かけてくるから!」

「ねぇ俺もそっち行きたいんだけど!」

「てめぇは昨日行ったばっかりだろうが。働け」


ごねるダイさんの声を聞きながらヘルンさんと退室し、朝の賑わいのある廊下を歩いてリュカ様の執務室へと向かった。



 リュカ様は、いつも通り挨拶して中に入るイリスに続いて入室したヘルンさんを見て、少し驚いていた。


「おはようございます! リュカ様、お久しぶりですね!」

「……おはようございます。プルーシェル博士、何かありましたか」

「いえ、今日はコーヒー飲みに来ただけです!」

「……そうですか」


ヘルンさんがさり気なくコーヒーを所望したので、朝から休憩は珍しいが、四人分のカップを準備する。

ヘルンさんは先日ダイさんが座っていた席に座り、ニコニコと楽しそうにしていた。


「ここ来るの久しぶりですねぇ」

「……何故かダイと来たことがありましたね」

「ダイが何かとリュカ様の話をするので、お話してみたくて」


コーヒーの準備をしつつ、ちらっとリュカ様の方を見ると、彼はヘルンさんと目を合わせず、かなり無表情だった。顔見知りではあったらしいが、声にも張りがなく、明らかに人見知りを発動している。イリスがどう二人の間に立とうかと考えているうちに、扉がノックされた。


「おはようございま……え、プルーシェル博士?」


テオが入室してきて、ヘルンさんの存在に驚いていた。まだ扉の前にいる彼とは距離があるのに、すごい目が大きくなっているのが分かる。彼は疑問を浮かべた顔をしながら、こちらに近づいてきた。


「テオとははじめましてだね。ダイとイリスから話は聞いてるよ。ってかそんな固くならずに、ヘルンって呼んでよ! ところで今晩、空いてる? ダイと飲みに行くんだけど、テオもどう?」

「え、えっと、ではヘルン様。飲みは行けます」


テオが来たことで、彼自身は緊張気味だが、場は少し和んだ。さっきの今で、今晩飲みに行くことにしたダイさんとヘルンさんは本当に話が早い。ひとまず人見知りのリュカ様への心配はなくなったので、コーヒーを淹れることに集中した。



 ヘルンさんもミルクを入れる派なので、四人分のミルクコーヒーを淹れて席に戻った。


「――で、一緒に来たというわけですよ」

「おぉ。本当に仲良いんですね」

「まぁ家も私が貸してるくらいだし!」


ヘルンさんが昨晩の話をしていたようだ。リュカ様はコーヒーを飲みながら黙って話を聞き、テオは興味深そうに相槌を打っている。


話すのは構わないが、リュカ様に「二人は何故そんなに仲良いのか」とか聞かれたら困る。イリスは大人しく聞くことに徹した。



 突然、パチンッと小さな音がした。音のした方を見ると、ヘルンさんの髪が解けていた。


「ありゃ。髪紐が切れちゃった。イリス、結んでよ」

「え。私がですか」

「これ予備の髪紐。適当に丸めてくれたらいいから」

「あの、それは俺らは見ていいのですか?」

「髪結ぶだけだよ! 何も問題ないさ」


白衣のポケットから出された紐を渡されたが、イリスは手先が不器用だ。ヘルンさんはそのことを知っているのに、ニヤニヤしながらあえて任せてくるあたり、完全に面白がられている。


しかし、言われたからにはやるしかない。立ち上がってヘルンさんの後ろに回り、彼女の紫がかった長い茶髪を指で梳かしていく。

普通、令嬢が髪を結ぶ姿なんて人に見せないので、男性陣はあまりこちらに視線を向けない。


何度か指を通したら髪はサラッとはしたが、丸め方がよく分からない。自分の髪型を変えるのも苦手なのに、人の髪とか難しすぎる。見様見真似で髪を一つに束ねて、まとめていった。


「……こうなりますね」

「え。え? ちょっ、すごいことになってるけど!?」


イリスの声でこちらを向いた男性陣の目が開かれた。頑張ったのだが、ヘルンさんの丸めた髪の毛先が、すごく跳ねた。

頭頂部から暴れた毛先が散らばった髪型はかなり尖っていて、普通の女性ならブチギレである。テオは完全に信じられないという顔だ。


「ちょっとお前、それはパイナップル過ぎるって!」

「んはは! パイナップル……っ!」

「イリス、元凶のお前が笑っていいのか!?」

「ちょっ、鏡! ……あっははは! イリス不器用だねぇ!」

「いやヘルン様も笑うんですかっ! それで良いんですか……!?」

「かなり前衛的ですね……」


ヘルンさんがポケットから取り出した鏡には、目を細めて笑うヘルンさんとイリスが映っている。

人見知りでずっと無言だったリュカ様も、この出来にはさすがにツッコんできた。


面白いけどこれは駄目だろうと、その髪は解いて再度指で梳かした。もう丸めるのは無理なので、イリスにできる髪型を作った。


「これで勘弁してください」

「おー、後ろで編んでくれたのね。ありがと!」


頭の後ろで一つにまとめた三つ編みを作っただけだが、ヘルンさんは満足してくれた。イリスはもうやり切った気持ちでいっぱいで、席に戻ってコーヒーを飲んだ。


「ふぃー」

「いやお前何でそんな誇らしげなんだ」

「すごく満足げですね」

「私なりに全力を尽くしました」


頑張った後なのでコーヒーの美味しさがひとしおだ。髪を結ぶのが上手にできるメイドさんを尊敬する。ぐびぐびと飲んでいると、ヘルンさんが「じゃあさ」と立ち上がり、イリスの後ろに回った。


「お礼に私はイリスの髪を結んであげるよ」

「えっ、ヘルン様、髪を結べるんですか?」

「ふふん、私は手先は器用な方だよ。まぁ見てな!」


ヘルンさんはイリスの髪を指で梳かすと、きゅっと一束にまとめた。首が涼しいなぁと思ってから数秒後には髪が固定された。


「はい完成。いつもの私の髪型!」

「早っ」

「えぇっ、本当にすごいですね」


ほら、と先ほどの鏡を見せてもらうと、先ほどまでヘルンさんがしていた、後ろで緩めに丸めた髪型になっていた。いつもは髪に隠れがちな赤いピアスがよく見える。この早業には男性陣も先ほどとは違う目の開き方をしていた。


「たまにはこういう髪も良いでしょ」

「イリス、そういうのも似合ってんぞ」

「ありがとう、テオ」

「だよね! ってか今日は早く帰らないとだから、そろそろ研究室の方に戻ろうかな。リュカ様、また来ますね! テオは今晩よろしくね! イリスは頑張れ!」


いつの間にかコーヒーを飲み終わっていたヘルンさんは、すこぶる楽しそうな顔で手を振ってスタスタと部屋を出ていった。リュカ様の顔を見ることと、テオを飲みに誘うという目的を果たして満足だったらしい。


「嵐のような人ですね。急に来て、急に帰っていきました」

「俺はダイさんたちと飲む約束がいきなり決まったことに驚いています」

「まぁヘルンさんだからね。そういう人だよ」



 飲み終わったカップを片付けようとすると、テオが「今日はやってやるよ」とイリスたちの分まで洗うのを申し出てくれた。多分、何だかんだで上司たちに飲みに誘ってもらえてご機嫌なのだろう。


ここは大人しく甘えることにして席に戻ると、慣れない人の登場に疲れた顔をしていたリュカ様が、突然いつもより強い目力でこちらを見た。


「イリス、あなた徒歩出勤なのですね。朝はともかく、夜道は危ないです。城の馬車を使っていいので徒歩は控えてください」

「え。いえ、馬車は大丈夫ですよ。というか夜は任務で外に出ていることが多いので、結果的にその移動のための城の馬車でそのまま帰ることもよくありますし」

「そうでないこともあるのでしょう。夜に外に出ること自体が危ないのに、もっと女性であることを意識してください。何かあってからでは遅いのですよ」


イリスがコーヒーを淹れている間に徒歩出勤の話もしていたらしい。任務でもないときに城の馬車は使えないので遠慮するが、リュカ様はじっとイリスから目を離さず、納得してくれない。


「えぇと、では夜は全力疾走で帰ります。もし襲われたら、殺しはしませんが剣も使います」

「それでも危ないというのに。それと、今日は皆でこの部屋で昼食をとれるように手配します。その髪型で人前に出たら、それこそ男を呼び寄せます。人目に触れるのは最小限にするべきです」

「あの、絶対に大げさなのですが」

「駄目です。いろいろと自覚してください」


ツンとそう言い放ったリュカ様は、立ち上がって扉の外で待機している騎士に話しかけに行った。昼食の件を伝えているのだろう。リュカ様なら彼らをこちらに呼んでも良いだろうに。というか髪一つでそんなに心配する必要はないと思うんだけどな。


そしてその話でいくと、ヘルンさんはいつも男性を呼ぶ髪型をしているということになる。そっちの方が危ない。彼女はかなり無防備だ。


「ヘルンさんを守らないと」

「お前、何言ってんだ?」

「毎朝私がヘルンさんの髪を結べばいいのか……?」

「何だか知らないけど、多分違うと思うぜ」

「イリスは人のことより自分のことを心配してください……」


カップを片付け終わったテオと、昼食の話が済んで戻ってきたリュカ様にツッコまれたが、イリスは真剣にヘルンさんの髪について考えた。


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