戦車と愚者
王都を見おろす丘の上。アストニア城は、いくつもの円塔をつなぐ城壁を四方に伸ばし、広大な敷地に横たわっている。
城内の謁見室では、定例の報告が行われていた。
「半年で戦費の回収が可能かと」
光沢の美しい石床の中央に長く敷かれた厚い絨毯にひざまずいているのはコーネリアスだ。
「旧ハンティントン領の鉱山の稼働は……」
続けて数字を淡々と並べる彼を、深紅のビロード張りの王座から見おろすアストニア王カール4世は、はじめのうちはうなずきながら聞いていたが、だんだんと心ここにあらずになっていった。横に控える細長いシルエットの男――ソキントン枢密顧問は内心呆れながら、国王を横目で見た。
陛下、わかってないだろうな。
「――そこで、旧領の治安維持費を軍で立替させていただきたく」
切りだしたコーネリアスの声音はなにげないが、ソキントンは軽く驚き思わず口をはさんだ。
「軍用費から?」
「はい。引き続きの和平のため」
「旧領の組織的反乱は沈静化しているとの報告でしたが」
「大事をとってです。それよりも第一は、他国への資源流出を管理するため駐屯配置が必要です」
「……まぁ、そうですね」
「旧領収益を一時的に軍で預からせていただければ、見込み違いがおこっても国庫を圧迫しません」
筋は通っているものの危うい。ソキントンは焦った。
旧ハンティントン領の金も人も軍の自由ではないか。ますます軍部が力を増してしまう。しかし、どう牽制すれば……。
ソキントンのためらいも知らず、国王はぽそりとつぶやいた。
「余の知らぬところで国を動かすつもりか? また軍の名ばかりが目立つ。アシュフォードは調子に乗りすぎではないか?」
そうだけど! ここで拗ねるな!
「いえ陛下、すべては陛下のお許しあってこそ。軍は陛下の名で動くことになります」
コーネリアスが淡々と返す。思ってもいないのが丸わかりだ。ソキントンは頭をフル回転させた。
これ以上、国王が軍を統制できないのは困るが、軍部の肥大化はすでに手が付けられない。事実、ハンティントン侵攻も辺境軍の独断を事後承認したにすぎない。ここで軍と衝突すれば他国に内乱の芽と見られ、せっかくの戦勝も無駄になってしまう。なにより「王が戦後処理に失敗した」という事態は避けねばならない! 軍はすでに旧領を押さえている。拒否したところで形だけだ――ならば! 王命という体面を保った方がマシだ! 私は有能な側近! 行け!
ソキントンは国王の耳元で進言する。
「陛下。国庫を旧領に正式に回すと、議会の承認も必要でしょう。教会側の貴族は、異教徒のハンティントン側への出費に反対するやも……」
「うーん、会議は面倒だしのぅ」
よし、キタ!
「それに! 国庫は戦勝記念や外交に使い『余裕のある勝者』を国内外にアピールするのはいかがですか?」
追い打ちだ!
「うまくいけば『王の賢明な財務判断』として記録されます。民が尊敬しているのは、決断した国王陛下ですよ……!」
「陛下のお許しがあれば、責任はすべて私が負います」
ナイスアシスト、アシュフォード閣下! 軍部の要望を通すためだろうけど。
二人がかりであれこれ言われた国王は、目を見ひらき深くうなずいたあと、満足げにビシッと指を前に指した。
「よかろう。賢明な余が許可する」
✧ ✧ ✧
「怖かったのぅ」
プライベートエリアに戻る廊下を歩きながら、カール王とソキントンはふたりきりのくだけた会話をしていた。
「にこりともしない。新婚さんのくせにハッピーオーラのない男だ」
国王はぶつくさと続けた。
「しばらく顔を合わせたくないのぅ。辺境司令官らしく辺境に戻ればいいものを」
「ダメですよ! アシュフォード閣下が陛下の手の内にあれば、軍部に陛下の権威を示せるって言ったじゃないですか」
……というのは建前で、彼を王都に置いて少しは大人しくしてもらわないといけないだろう!
「ほら、英雄を王都にとどめれば、社交界も華やかになりますし、終戦のお祝いムードにもぴったりですよ! 貴婦人たちは戦鬼と亡国の姫のロマンスでもちきりで……」
「なぬぅ!? 大佐の結婚は、軍の不祥事ではなかったのか?」
しまった! 余計なことを。
「なぜ奴が社交界の華なのだ! 余の知らぬところで戦争しだしてマジ焦ったけど、奴が王女にうつつを抜かすバカをやらかしてラッキーだったのに!」
案の定、国王は地団駄を踏みはじめた。
「やっと軍の威光が薄れると思ったのに! 終戦を飾ったのは、ハンティントンの血を生かした余の慈悲なのにぃ! なぜスケベ大佐が慈悲深き余より人気者なのだぁぁああ!」
「下品なゴシップになってるだけですって!」
なだめるソキントンの手を拒む国王。ぐすんと泣き言を言う。
「悪名でも無名よりマシじゃ」
うぐ。一理ある。て、納得してる場合か。
「ともかく! 偉そうにしていてもアシュフォード閣下は陛下の意のままです。結婚を許したのも陛下ですし!」
説得しながら、ソキントンは心の中で失礼なことを考える。
お前にも立派な悪名があるから十分だろ!
「王都に引きとめておけば、軍部には彼を謹慎させているように見えるし、民には新婚の功臣を休ませてやるように見えます。はい、名君名君!」
「確かに……余は慈悲深い名君じゃ!」
ガハハ、とガニ股で歩いていく国王を見てほっとするソキントン。
|Simple Carlめ。扱いやすいんだから。まぁ、それも名君の資質なのかもしれない。
✧ ✧ ✧
中庭の陽がさしこむ回廊。城門塔を目指して歩くコーネリアスの前方にたたずむ人影があった。
「アシュフォード閣下」
金の刺繡がイヤにまぶしいジャケットを着た中年男が発した。誰だろう、とコーネリアスは記憶をさぐりながら近づいていく。
「伯爵家のナリクレストだ」
男の方から手を差し出した。袖口で光る宝石の飾りボタンが目に痛い。
「通商大臣でしたか。お顔を拝見するのは初めてですね」
「思いがけず会えてうれしいよ」
コーネリアスは握手を返しながら、書面上では何度もやりとりした相手と目の前の男を一致させた。偶然をよそおって待ちぶせていたのだろう。
「旧ハンティントン領の交易は、しばらく軍と我々の二人三脚だろうね。部下をいじめないでくれよ」
「耳が早いですね。それとも盗み聞きですか」
「いやいや、港の空気が少し変わってね。勘が働いただけさ」
やわらかく牽制しあう二人。カマをかけられたのか、とコーネリアスは決まりが悪くなった。
油断できない相手だ。でなければ〝成金伯爵〟は務まらないか。だが、旧領統治はすぐ知られてもかまわないことだ。
「旧領の収益は辺境軍が管理します。明日にでも軍部と通商担当で話をまとめましょう」
「それがいい。陛下も納得させるとは、さすが閣下」
このあたりで、ナリクレスト伯は声音を変えた。
「王都暮らしはどうかな? 新婚だろう」
表情を変えず黙っているコーネリス。伯爵はそれを見て、勝手に納得した様子でつづけた。
「やはり戦争に収拾をつけるための政略婚だったか。『戦鬼の恋』など建前だろうに。貴族にも軍部にもわかっていない連中がいるだろうが、私はそうだと思っていたよ。縁談は政治でしかないからな」
親しげにコーネリアスの肩を叩く。
「うちの娘もどこに嫁がせるべきか悩みどころなんだ」
話の流れが読めてきたところで、コーネリアスの耳にヒールの足音が届いた。
「お父様!」
向こうからやってくる若い女。その黒髪の艶。
「どうかな? アシュフォード閣下の役に立つぞ」
✦ つづく ✦




