消せない心
いったい何を考えてるの?
ルシナは小さなテーブルに着いて、目の前で広げられていくパンやチーズやハムの類を不思議そうに眺めていた。
コーネリアスはルシナの服を直したあと、部屋のテーブルやら椅子やらを黙々とセッティングして、ルシナに座るように言った。それから軽食をそろえはじめたのだ。
そういえば部屋の前に配膳ワゴンがあったような、とルシナは頭の片隅で思い返した。
わざわざ部屋に食事を持ってくるなんて。ここに閉じこめておく気? それで――少しずつ毒でも盛るのかも。そんな拷問聞いたことあるわ。
準備が終わったのか、コーネリアスも席に着いた。角をはさんで座る格好だ。ルシナは彼の様子が気になったが、表情をのぞきこむ勇気はなかった。リンゴ酒が金属のゴブレットに注がれていく。コーネリアスは、流れるようにナイフを手にパンを切り分けだした。
無言でテーブルを仕切る彼にルシナの緊張が高まる。神妙な顔で皿を見つめ続けるルシナに、ようやくコーネリアスが口をひらいた。
「食べろ。毒は入ってない」
言い終わると同時にゴブレットに口を付けるコーネリアス。ルシナは心を見透かされたようで気まずくなるが、恐る恐るゴブレットに手を伸ばした。えいっと喉に流しこんでしまうと、かすかな泡が口当たりよく、思わずほっとした。思い出したかのように食欲がわいてくる。
お腹が空いていたんだった。忘れていたわ。
しっとりと冷えたハム、作りたてのやわらかいチーズ、新鮮な野イチゴ。どれも十分おいしく、ルシナなりの大急ぎで胃に詰めこんでいった。例えるなら、村娘の普段の食事くらいのペースではあるが。
そうよ。いつ餓死させられるかわからないし、彼の気が変わらないうちに食べないと! みじめに死ぬわけにはいかないんだから。
一心に口に運んでいると、笑うような息が漏れ聞こえた。ルシナは驚いて、コーネリアスの方に視線を向ける。
「?」
目に入ったものが事実か確かめる前に、ルシナの視線から逃れるようにコーネリアスは顔を反らしてしまった。
……? 見間違いかな?
✧ ✧ ✧
ティーポットから濃い茶色が注がれる。食後のお茶まで用意され、ルシナはいまだに戸惑いが晴れないものの、満腹もあいまって少し気がゆるんでいた。
「いくつ?」
コーネリアスは砂糖のことを聞いているのだろう。砂糖壺に手を伸ばしているから。ルシナはそろそろと答えた。
「2杯」
彼が白い塊をすくいあげ、ルシナのカップに入れる。伏せた目元。落ち着いた手つき。それらはルシナに初恋の少年の仕草を思い起こさせた。
「……コー、ニー」
自分の口からでた音に、ルシナはハッとした。コーネリアスもわずかに不機嫌そうな反応を見せた。
「ごめんなさい……っ、あの、コーニーとそっくりに見えて……当たり前だけど……」
慌てて取り繕うと、コーネリアスは何事もなかったかのように自分のカップに砂糖を投げ入れた。気まずい雰囲気が、ルシナについ口をひらかせた。ずっと気になっていたこと。
「ねぇ、最後に私の部屋に来た?……10年前の」
「……昔のことは忘れろ」
「否定しないってことは、夢じゃなかったんですよね。貴方あの夜、王宮に来たでしょう。どうして? 私、よく覚えてないけど――」
「忘れろ」
「……いやです。私だって忘れようとしました。でも、ずっとトゲのように残っているんです……初恋だったから」
コーネリアスはゆっくりとソーサーにカップを置いた。
「俺が憎くないのか」
ルシナは不安げに彼の様子を見守る。
「君の家族も、必死にしがみついていた国も奪った」
突き刺すようなコーネリアスの言葉に、ルシナは慎重に言葉を選んだ。
「そう、だけれど。でも……王族なら戦争の結果、命を落とすこともあると覚悟しています。もちろん両陛下と王子王女たちのことを大切に想っていましたし、むごたらしく殺されたのも痛ましく思います。それでも私たちは、貴方と貴方の家族とは違う……ギブス家は仲が良かったものね」
コーネリアスはじっと前に視線を向けたままだ。自分のことなのに、ルシナは自信なさげにぽつぽつと話す。
「私に……家族の絆があったとは言えません。だから、奪われても失っても……貴方と同じようには苦しんでいないんじゃないかな」
手持ちぶさたに、ソーサーを手近に引き寄せるルシナ。
「貴方は私を高潔だと言ったけれど、そうじゃない。冷たくて自分勝手で卑怯な人間なんです。私に残ってる王家の誇りなんて、貴方が復讐のために砕くまでもない。だって――」
紅茶に映るルシナは、一瞬言いよどみ、哀しげな顔になった。
「貴方を憎むべきなのに。貴方が生きていたことをどうしてもうれしく思ってしまうの、コーネリアス。私、あの夜、貴方にひどいことを言ってしまったけど――」
ああ、そうかとルシナは言いながら腑に落ちた。
「本当の本当は貴方を愛してる。今も」
「媚びを売れば俺がゆらぐと思ったのか」
「な」
ルシナの大きな告白は、直後にくじかれた。
「プライドがないフリをして俺を欺こうとするな」
コーネリアスがのそりと席を立った。ルシナにふたたび緊張が走る。
「自分から過去を持ち出すのは、君に分が悪いぞ。俺が……忘れていると思うのか」
突如ルシナを腕ごと引っ張りあげる。まつ毛がふれそうなほどの距離で彼は続けた。
「君がどんな人間か俺の方が知っている。俺を騙して復讐から逃れようとするな。手をゆるめる気はない。じっくり踏みにじってやる。まずは……」
コーネリアスの大きな手が後ろからルシナの身体を締め付けた。
「……っ、や」
「つまらない媚び方ができないようにしようか。その気があったようだし」
ぐいっと乱暴に服の裾をまくられる。身体を暴かれる恐怖でルシナの頭はすぐにいっぱいになった。
「んっ、こんなの……っ、いや」
「ルシナ。君をこんな風にあつかう男を好きだと言って通用するのか……よく考えろ」
おおいかぶさった彼が、あらわになった素肌に手を這わせる。執拗に往復する指で、ルシナは目の前が白くにじんでいく。
「……ん、ふ」
首をひねらされ、キスで封じられる。頭に響くのは舌をからめる音か、とろりと太ももを伝う水音か。感覚ぜんぶが白んでいく中で、ひとつだけ思い浮かんだ。
じゃあ、どうしてあんな目で私を見るの?
必死に食事するルシナをうかがうコーネリアスは、確かにやさしい顔をしていた。見間違いかと思うほどに。でも、確かに一瞬だけ。
「っ、は」
ようやく彼の指と唇が離れていったかと思うと、ぴたりとあてがわれ、ルシナは浅く息をした。
「――ッ」
一気に腰を押しあげられ、ルシナのつま先が浮いた。みっちり音を立てて奥まで押しいってくる。
「……ぅ、あ」
おなかは彼の形が浮きあがるほど。ぽっこりと膨らんだその腹を、コーネリアスが支える。ゆっくりと引き抜かれ――
「ひ、ゃ、〜〜〜〜っ」
力任せにつらぬかれた反動でルシナはうつむく。ぱちぱち火花が飛ぶような視界で、さっきまでお茶をしていたテーブルをとらえた。
どうしてこうなるの。落ち着ける場所で、ただ一緒に食事しようと気づかってくれたんじゃないの――……?
✧ ✧ ✧
「これも……違うか」
ルシナはぎっしりと本が詰まった本棚を物色しているところだ。アシュフォード邸での暮らしを数日やりすごし、出入りしてもよさそうな小さな図書室――というより書庫を見つけたのだ。
「10年も前のハンティントン王国の記録が異国で見つかるわけないよね」
肩を落として本を元に返す。コーネリアスは先日から態度を硬化させたままだった。
「昔のことを調べても古傷をえぐるだけだけど……」
ギブス家の事件を今さらでもちゃんと知りたい。そう考えて、ルシナは調べものをはじめたのだった。
ギブス子爵家、そしてコーニーの裏切りが、どれほど前から計画されたものだったのか、どういう経緯で芽生え、どれほど狡猾なものだったのか。それがわかれば、理想の王子様は最初から存在しなかったと納得できる。
――知ろうとしないから、妙な期待をしてしまうのよ。
この屋敷の中で調べても大した成果は得られなさそうだが、ルシナはまた別の本を引っ張り出す。思わずため息がこぼれる。ハッと我に返った。
「しっかりして、ルシナ。初恋を終わりにするのよ」
――そうすれば、今もコーネリアスに惹かれる気持ちにだって決着がつくわ。
✦ 1部終わり ✦
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