歪んだ復讐鬼
「初夜の作法を習わなかったのか。自分から服を脱げ」
なんですって?
反省するどころか、さらに礼を軽んじる目の前の男の態度に怒りが沸きあがったが、相手のペースに乗らないように必死で抑えこんだ。
ルシナは涼しい顔を作り、ネグリジェに手をかけ肩口を落とす。
「仇の妻に落とされても気丈だな」
コーネリアスがルシナを抱く腕をゆるめると、布地が彼女の美しい背骨を滑りおりていった。
「よかった。思ったとおり、君がまだ誇りを失っていなくて」
どういう意味?
ルシナがコーネリアスの表情を読もうとすると、彼はルシナの頭を支えた。吐息が近付いてルシナは身をすくめる。
「ん……」
意外にやさしく唇がふれた。
「……確かに、俺は戦争に勝ってハンティントン王家も国も滅ぼした。だが、それでも俺が失ったものに釣り合わない」
ルシナはやわらかいキスの余韻と彼の言葉に混乱した。
「君にはもう何も残っていないはずなのに、君は腹立たしいほど高潔だ。だから――」
瞬間、今度は噛みつくようなキス。
「~~~~ッ」
抵抗しようとするルシナだが、むなしく力が抜け、されるがままになった。長すぎる数秒が過ぎ、解放したルシナの口元でコーネリアスがささやいた。
「君もすべて失え、ルシナ」
苦しそうに息をするルシナの前で、淡々とコーネリアスは続ける。
「この手で君の誇りをすべて砕いて、ハンティントンを地に堕とす」
「貴方、おかし……い」
びく、と口をつぐむルシナ。脱ぎかけのネグリジェの裾に、無遠慮な手が滑りこんできた。誰にも許したことがないところにふれられ、一気に顔に熱が集まる。
「……っ」
恥ずかしさのせいか、彼から与えられる刺激のせいか、うつむくルシナ。その首にコーネリアスが吸いつき、ルシナはシーツに転がされた。マウントをとる彼が黙っているのを見て、ルシナはどうしていいかわからず狼狽えた。
「……こんな復讐をしても……ギブス家の名誉は戻りませんよ」
耐えきれず、つい口をひらいてしまった。
「そうか? だとしても」
コーネリアスが言いながらボトムの前をくつろげ出すのが目に入り、ルシナは思わず顔を反らした。
「そもそも政略の駒だったよな、君は。ギブス家の道具になるはずだったなら、本来の形に戻ったと考えればいい」
コーネリアスの手がルシナの膝裏を持ちあげる。
「逆らわずに俺のものになれ」
「いや……っ」
身をよじらせるルシナの脚を難なくあしらい、押さえつけるコーネリアス。ふたりの距離がぐっと近づく。
「ん……っ」
ルシナの顔が歪む。コーネリアスが深く息を吐く。
「…………ルシナ」
彼はルシナを身体の下に閉じこめて、ここではないどこかを見ているようだった。一方、ルシナは初めて経験する圧迫感をやり過ごすのに必死だった。弱弱しく身じろぎしていると、コーネリアスの胸板が離れて少しだけ楽になったが、次の瞬間、思いきり身体をゆさぶられた。
「あっ、ま……、や、ぃた……っ」
腰が何度も深く押し込まれ、ぎゅっとつぶった目からぽろぽろ涙がこぼれる。シーツの上を跳ねるルシナを見おろす男の目は狂気じみた光を宿していた。
「痛い……っ、いたい、よ……ぅ」
「……ッ君は俺のものだ、俺のものになれ……!」
コーネリアスの手はルシナの細い腰を、ひっかかったネグリジェごとがっしり掴んで離さない。
「その役だけ与えてやる。他はぜんぶ奪ってしまえば――」
ルシナはもはや彼の言うことが耳に入っていなかったが、次の一瞬だけ、にじんだ視界で哀しい少年の顔をとらえた気がした。
「俺を拒まないよな……ルー」
✧ ✧ ✧
アシュフォード邸は朝を迎えた。ルシナはぐったりと束の間の眠りから覚めた。乱れたベッドにひとりきり。抜け殻のようにぽっかりと空いた隣の空間はすっかり冷えきっていた。ルシナの気分と対照的に、カーテンの隙間からは明るい光が差しこむ。
コーニー。10年前に死んでしまったと思い込んでいたのに、こんな形で再会するなんて。
無理やりにでも体を起こし、膝を抱えると、昨夜のコーネリアスの正気とは思えない言葉や、冷たく狂気めいた表情が嫌でも思い返される。
やっぱり最初からあれが本性だったんだ。
つー、とルシナの目から涙が流れる。
「わっ」
慌てて頬をぬぐう。
なんで泣くの。ずっと前に納得していたことでしょう。でも――見間違いかしら。暗闇で見えた哀しそうな顔。見覚えがある。最後にコーニーが現れたあの悪夢の中で。
「夢じゃなかったのかな……」
それなら、あのとき彼の手をとるべきだった?――どうして今さら、彼を信じればよかったなんて思っているんだろう、私。コーニーが――コーネリアスが最低の人間だって思い知ったばかりなのに。
膝に顔をうずめたルシナは、ぐるぐると自問自答をくり返した。
✧ ✧ ✧
「閣下、お支度にあがりました」
コーネリアスの私室の前。アシュフォード家の従者はドアごしに主人に声をかけた。返事はなかったが耳をすませば、部屋の中からかすかに水の音がする。主人が起きていると察し、従者はノックを少しばかり大きくした。
「閣下、失礼いたします」
「いい、今日はさがってくれ」
室内からの声で、従者はドアハンドルにかけた手を止める。
「かしこまりました」
✧ ✧ ✧
足音が遠ざかるのを意識の外で感じながら、コーネリアスは洗面台でうなだれていた。汲み置きで顔を洗ったばかりの様子で、顎から水滴が落ちる。
「……」
むき出しの背は、銅像のようにじっと動かない。
「……クズが」
唐突に彼は壁を殴りつけた。白い漆喰に拳が埋まる。鏡に映るのは、苛立ちと後悔がまざった険しい男の顔だった。
✦ つづく ✦




