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亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 1部

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最後の夜



 冷えた空気が肌にふれたルシナは、窓があいているのかな、とぼんやり感じたが、その視線は目の前にいるコーニーに釘付けだった。



「はは……びっくりさせましたね」



 ごまかすように(から)元気のコーニー。ルシナは、思わず身を引いた。


 処刑されたんじゃないの? どうして私の部屋に? 何をしに来たの?


 黙ったままのルシナの心の内を察してか、コーニーは自虐(じぎゃく)的な笑みでつぶやいた。



「耳にしてますよね、ギブス家のこと」



 なによ。もう知ってるに決まってる。ギブス子爵は王国を思い通りにしようとたくらみ、神殿の財に手を付ける禁忌まで犯していた。コーニーも父親(ギブス子爵)の忠実な駒だった。だから、私に取り入ろうと必死に口説いていただけ。本当はずっと前から私だってわかってたのに。今さらなんなの。


 ルシナの目は雄弁(ゆうべん)に語る。それを見てコーニーのなけなしの笑顔はだんだんと失せていった。



「……それでも」



 やっとしぼりだした言葉と共に、コーニーは手を差しのべた。



「一緒に来て、ルー」



 まっすぐな彼の目にルシナは戸惑う。


 どうして?



「ここから逃げよう、ね」



 どこへ?


 どく、どく、と脈がだんだん大きくなるのを感じるルシナ。固まった彼女にしびれを切らしたのか、コーニーはルシナの手にふれた。すがるように。



「いやっ」



 その手のあまりの冷たさに、ルシナは反射的に払いのけた。


 なんて冷たい手なの。氷のよう。死人みたい――そう、彼は死んだの。私の部屋にいるわけがない。これは悪夢だ。


 そう考えると、コーニーがルシナをどこへ連れていこうというのかは、おのずと明らかだ。ゾッとルシナの肌が(あわ)立った。



「やめて。私は行きません」



 コーニーは、払いのけられたポーズのまま茫然(ぼうぜん)としている。



「どうして夢にまで出てきて私をたぶらかそうとするの。もう十分でしょう。もう、もう……消えてよ」



 一度言葉をはきだしてしまえば、あとは止めようもない。



貴方(あなた)の計画なんて最初からわかっていました。ちっとも傷ついてない。私だって貴方を好きじゃなかったから!」



 ぎゅっとつぶるルシナの両目から涙が伝う。しん、と部屋は静まり返った。



「ルシナ王女殿下」



 沈黙をやぶった声に、ルシナが目をひらく。いつの間にか、コーニーがあいた窓辺に腰かけている。まるで外へ飛び降りようとしているように。


 ――さよなら。


 そう形作った彼の口は、切ないような笑みを残して月明かりの夜に消えた。



  ✧  ✧  ✧



 10年前の夜、私の部屋に現れたコーニー。あれは夢じゃなかったのかしら。ともかく、彼は生きて今ここに――私の目の前にいる。


 おおいいかぶさるコーネリアスから逃れようとルシナが身をひねると、ベッドがやけに大きな音で(きし)み、それが彼女をいっそう焦らせた。



「……本当に貴方なの」



 ルシナの(そむ)けた青い顔を、コーネリアスの指がぐっと戻させる。逃げ場もなく見おろされて、ルシナは体中がじっとり汗ばんだ。



「どうして生きているの。ギ、ギブス子爵家は……」


「家の者は死んだ。屋敷に火がつけられて」



 炎に包まれたギブス邸の話は知っている。王宮にいれば耳に入るから。聖獣信仰を(けが)したギブス子爵の罪は重く、家門ごと――使用人まで処刑された。なら、彼はどうして。



「俺はひとりだけ逃げのびて、アストニアで身分を隠し軍人になった。12歳で家も家族も失ったんだ」



 過酷な身の上を話しているのに、コーネリアスはなぜか笑っているように見える。ルシナは余計に恐ろしく思った。



「身寄りのない国で、末端の傭兵(ようへい)としてあがく日々で――」



 ついに彼の顔から笑顔が抜け落ちた。同時に、ルシナの顔をグッと片手で掴む。



「王家への恨みを忘れたことはなかった」


「やめて……っ」



 反射的に突き放すと、思いのほかあっさりコーネリアスの体は退いた。ルシナは、半身を起こして肩で息をつく。



「家族を亡くしたのも、異国で苦労したのも気の毒に思います。でも……」



 王家の末裔(まつえい)として恐怖に屈してはいけないわ。



「ギブス家が破滅したのは、犯した罪のせいでしょう。逆恨みよ」



 精一杯強い目でコーネリアスを睨むと、今度は彼がルシナを見なくなった。



「復讐だなんて、王家だけでなく聖獣も冒涜(ぼうとく)するようなものですよ。それに……それに、民の信仰を踏みにじったことを(かえり)みないのですか」


「…………」



 正論を言っても彼を怒らせるだけで、ろくなことにならないだろうが、ルシナは様子を見守った。



「……そうか」



 視線を外したままだが、やっとコーネリアスの口がひらいた。



「君は礼儀やしきたりに熱心だったな」



 瞬間、彼の腕がのび、いきなりルシナを引き寄せる。(かた)い腕の中に囲いこまれ、小さく悲鳴をあげるルシナ。コーネリアスは彼女を見おろし口元をゆがませた。



「そのくせに初夜の作法を習わなかったのか」



 ルシナは言葉につまった。コーネリアスの心底あざけった視線に、妖艶(ようえん)な挑発がからまる。そしてルシナの胸元のリネン()に、彼が指を引っかけた。



「夫が部屋を訪ねてきたら自分から服を脱げ」



✦ つづく ✦



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