↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 2部 ✧ 3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/51

血塗られた王冠



「聖獣が望むときに兄の血を受け継ぐ子を捧げれば、彼らの願い――権力と繫栄はもたらされる。そして彼らのもうひとつの願いにもとづき、供物として捧げられるのは成人した子に限られました」


「それが誓約……?」


「ええ。聖獣は兄にこの誓約を結ばせ、弟をその証人に指名したのです」



 シャノンの語りを聞くルシナは完全に青ざめて、かろうじて立っていられる状態だった。



「神体を手にかけた兄弟は畏(おそ)れ多くも『聖獣に選ばれし者』を自称したのです。ふたりはそれぞれ王と神官になり、600年以上に渡り民を欺(あざむ)いてきたのですよ」


「ハンティントン王国は……はじまりからすべて嘘だったの……?」



 シャノンは肯定を意味してうすく笑った。



「……皮肉なことに、誓約によって王宮と神殿は互いを監視しあい、聖獣を殺(あや)めた秘密を隠すことによって結束を強めました。さらに、いつ望まれても供物(くもつ)を捧げられるように後継を残した結果、国を堅実に治めることができた……これが兄弟の願いが叶った形なのでしょうね」



 ――なんてことなの。


 祭壇の鹿の首からは絶えず血が流れ落ちる。水音にあわせてルシナの心臓がドクドクと脈打った。



「神聖なる王権の証(あかし)は、神殺しの罰だったとは王女殿下も驚きでしょう」



 口を挟んだ次席神官は、いまだに落ち着いた態度だったが、それがルシナをいっそう恐ろしくさせた。



「なにしろ王族だろうと継承者でなければ知らぬこと」


「では……陛下だけが秘密を抱えて……」


「大神官とふたりでですよ。世襲の上級神官一族も同じく、大神官になってはじめてこの真実にふれる。我々のような一般の神官にとっては一生ふれることもない……戦争が起こる前までは」



 次席の口調に興奮が混じりはじめた。ルシナはいよいよフラッと姿勢を崩したが、その背をシャノンが支える。



「……っ」



 見あげたシャノンの顔は何かを伝えようとしているように見えた。


 なに? この違和感。


 ルシナが慎重に考えをめぐらせる間も、次席は語りをやめなかった。



「大神官はアストニア辺境軍に破滅させられる恐怖で、次席神官である私に秘密を明かしたのです。『誓約を果たせなかったから国が滅びる』と。くわしく聞き出すと、私は怒りに震えました。神を冒涜(ぼうとく)して英雄を騙(かた)った一族の手伝いをさせられていたなんて」


「神を冒涜した一族の生き残りが……私……」


「恥に思うのももっともです。御神を愚弄した血だけが、神聖な誓約を果たせるのは不快ですが……貴女が最後の一人ならば、役目を果たすことでその罪を雪(すす)ぎましょう」


「……」



 シャノンの放つ違和感と反対に、次席が何を言おうとしているのかは、ルシナにとって簡単に予想できた。


 神官たちの目的は――いいえ、誓約の正体がわかった今、私がハンティントン家に生まれた意味は。



「なに、元から聖獣の供物になるはずだったのですから。本来の形に戻ったと考え、身を捧げればよろしい」



 黙っているルシナを見て、シャノンが後ろからささやいた。



「……ルシナ王女殿下、お父上としての陛下を恨むことはありません」


「どういう、こと……でしょう」


「聖獣に捧げられるために、ご自分の誕生から仕組まれていたとお考えでしょう」


「……」


「聖獣がいつ供物を求めるかに決まりはないのです。しかし……貴女が幼い頃、陛下が神託(しんたく)を受けてしまった。『血肉を捧げよ。誓約を果たすときだ』なんてね。陛下にとっても苦渋の決断だったのです」


「どうだかな」



 次席は忌々しげに割って入り、すっかり下卑(げび)た笑みを浮かべていた。



「病弱な第四王女……貴女ほど生贄にふさわしい者はいない」


「生贄なんて言い方、御神の前で……」



 シャノンが眉をひそめたが、次席はつらつらとつづけた。



「たしかに記録によると、100年以上も聖獣が沈黙していたこともあれば、たった数年で次の神託がくだったこともある。陛下のお立場にも少しは同情しましょう。王位を継承すれば一大事だ。その血が背負う禍々しい秘密を託され、生贄にする子をもうけて成人させなければ国が傾くかもしれない……と知らされるのだから」



 次席はルシナを支えるシャノンの手を払いのけ、自らの手を彼女の肩にかけた。



「実際に神託を受けた陛下は、ルシナ王女殿下を生贄にすると決めたのでしょう」


「……っ」



 ぐいっとルシナの肩を引き寄せた次席は、彼女を無理やり歩かせるように引きずった。



「男児は継承者として優先するとて、神託を受けてからすぐ、成人していた第二王女あたりを惜しまずに捧げれば、戦争で国が滅びることもなかったでしょうね。統治者としての器が当代の王にはなかったようだ」


「……っなんてことを言うの」



 抵抗するルシナだが、足は祭壇に向かわされる。



「しかし、聖獣との誓約はまだ生きている。王女殿下をここへ導くのには苦労したが、我々は成し遂げた。御神は貴女を望んでいる!」



 次席に背を強く押され、ルシナはつんのめるように弾かれた。



「きゃ……」



 倒れこんだ先で、縁石に手をつくルシナ。ふと顔をあげると、泉の中心からルシナを見つめる鹿の瞳。ドクン、と大きく心臓が跳ねた。


 なんて。なんて、美しいの。目が反らせない――。


 ルシナの背後に立った次席は、そばに控えていた神官が差しだす――重厚な鉾(ほこ)を神官杖と持ち替えた。次席のむき出しの歯が金属の光を映す。



「……王も大神官も亡き今こそ、信仰を取り戻すときだ」



 含むようにつぶやいた次席は、鹿の首に向き直る。鉾を胸の前でかまえ、深く息を吸った。



「聖獣よ! 最後の血を捧げよう! ハンティントンの血はここに絶える! 御神は罪人との誓約から解放される!」



 響く声が耳に届いているのに、へたりこんだルシナは凍りついたように動けなかった。



「我々は新たな誓約(・・・・・)を望む! これこそが〝ふさわしい者による白い鹿との約束〟だ!」



 次席は鉾を振りかぶった。空を切る音。



「正統な誓約により! この私が! 真の指導者となる!」



 ――ああ。私、ここで死ぬんだわ。コーニー。


 ゴッ、と鈍い音とともにルシナのスカートに血が飛んだ。ほんの少し遅れて、ドサッと何かが脇に落ちる。



「……え?」



 腕だった。意匠をこらした鉾を握る腕。


 私……斬られて……ない?


 ルシナは自分の首元を確かめるように手でふれ、ゆっくりと振り返った。



「……シャ、ノン様」



 目の前に転がる腕を刎(は)ね落としたのは、シャノンが手にもつ細剣らしかった。真新しい血が刀身を伝う。



「ルシナ王女殿下……」



 ルシナの元にひざまずいたシャノンは、澄んだ翠緑でまっすぐに彼女を見つめた。



「貴女を供物にはさせません」



✦ つづく ✦

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i000000 i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。