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亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 2部 ✧ 3章

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囚われて



「助ける? 私を?……ここは……」



 シャノンを見つめるルシナは、戸惑って考えをめぐらせていたが、ふいにゾッと青ざめる。



「だめっ! あの人のところに戻らないと! 帰して!」



 走っている馬車から降りようと腰をあげるルシナを、シャノンがぐっと肩を押しつけて座らせる。



「アシュフォード夫人! 気を確かに!」


「放して……っ! コーニーといないと、私……っ」


「ふじ――ルシナ王女殿下!!」



 シャノンの大きな声でさえぎられ、ビクッと瞳をゆらすルシナ。彼はルシナの手に金属のスキットルを握らせた。中で液体が跳ねる音がする。



「飲んで。気分がすっきりします」



 そう言って、シャノンは半(なか)ば無理にルシナの唇に飲み口をふれさせた。ハーブの香りがスッと立ち昇る。ルシナは素直に飲みくだした。



「……」


「落ち着いたでしょう」


「……すみません、私」



 ルシナの放心した表情を見て、シャノンもほっとして切りだす。



「大佐閣下はアストニア王を手にかけ、貴女を黒幕に仕立てあげるつもりだったようです。暗殺は防がれましたが、彼のそばにいては危険です」


「コーネリアスがアストニア王を殺そうと……!? ど、どうして」


「王族というものを見境なく憎んでいるのでしょう。アストニア王もルシナ王女のことも。彼――コーネリアス・ギブスはずっと前から正気を失っています。家名を奪われた恨みで」



 ギブス。その名を口にしたシャノンに、ルシナは衝撃を受けた。



「シャノン様、どうしてそれを……?」


「わかりますよ。旧領に行った際、貴女はくわしくは言わなかったけれど、学者根性とでも言うのでしょうか……つい、気になってしまい。私も10年前ハンティントン王国で起きたことを知ったのです」


「そう、ですか。でも……悪いのは王国でしょう。コーネリアスを変えてしまったのは私だわ」



 ――あの人はやさしく笑っているときも、憎しみを抱えていた。あの人は壊れてしまった。私が家も家族も失った幼い彼にひどい仕打ちをしたから。当然だわ。



「……私は許されないの」



 暗い目でうつむくルシナ。シャノンは席を隣に移して彼女の背を支えた。



「貴女の罪は許されます。ほら……飲んで」



 スキレットを持つ手ごと彼に包まれ、ルシナが顔をあげると、浅い翠緑の瞳がこちらをじっと見ていた。吸いこまれそうに美しくみずみずしい色。不思議な力に導かれるように、ルシナはスキレットを飲み干した。



「貴女はきっと救われる。私が案内します」



 ここが洞窟の中かと錯覚するほど、ぼぅっと響くシャノンの声。ルシナは心地良い馬車のゆれに身をゆだね、目を閉じた。


 本当かな。許してもらえるの。



「真の赦(ゆる)しを与えられるのは聖獣だけでしょう?」


「……はい」



 私の罪が許されるなら――。



  ✧  ✧  ✧



「アシュフォードめ、やはり敵国の姫に魅入(みい)られて余(よ)の命を狙っておった! 女の次は王座か! 欲深い奴め!」



 感謝祭の大混乱からアストニア城に戻ったカール王は、怒りが冷めやらないままドスドスと長い廊下を歩く。その後ろを付き従うソキントン枢密顧問(すうみつこもん)。ソキントンは、「大佐が暴走し陛下に刃を向けた」と聞かされたときは耳を疑ったが、どうやらそれが本当らしいと知ると、普段は内心呆れていた国王の癇癪(かんしゃく)も当然だと思った。



「ご無事で何よりでございます陛下」


「明日にでも処刑じゃ! あの場で首を斬り落としてやってよかったものを! 奴が生きたままでは恐ろしくて夜も眠れぬわ!」


「アシュフォードは独房に拘禁(こうきん)しております。ご安心くださいませ」


「奴は丈夫だからの。存分に弱らせておけ! 逃げた王女も即刻捕らえて牢に入れよ!」


「はい。仰せのままに」



 控えの間まで付き添ったソキントンは、私室へ向かう国王の背を見送りながら考えをめぐらせる。


 ――事件を目の当たりにした民は、「王権の転覆を目論(もくろ)む軍部のクーデターだ」なんて騒いでいるらしい。何かと恐れられるアストニア軍といえど、こんな強引なクーデターを仕組むはずはない。



「……あのアシュフォード閣下が乱心したのか。本当に?」



 王女も消えたとなると、〝大佐の反逆〟は真実なんだろうが信じられないな。司令官の暴挙と投獄に対する軍部の反応も気になる。当然、軍部はアシュフォードひとりを切り捨てるだろうけど。



「……」



 ソキントンはふとひらめき、顎をなではじめた。



「〝大佐の反逆〟――使えるぞ」



 軍部の不祥事を利用すれば、このところ力を増すばかりだった軍をコントロールして、王室の権威を回復できるかもしれない! バカ王なのは確かでも、あんまりナメられちゃたまらないからな!



  ✧  ✧  ✧



「足元に気をつけて」



 シャノンがルシナの手を引く。爆発の影響を受けたハンティントン王宮は一部が焼け跡になり、以前よりさらに荒廃していた。そのぶん視界はひらけ、かえって歩きやすくもあったが、ルシナは彼の手を借りて導きのままに付いていった。



「神殿は燃えていなくてよかった」



 王宮神殿に踏みこむシャノンが、ぽつりと口にした。



「聖獣が護ってくださったのでしょう……御神(みかみ)の力はまだ消えていない」



 ルシナはシャノンの横顔を不思議そうに見あげた。彼の言葉にぼんやりとした疑問が頭をかすめるが、水路に挟まれた石畳を進む足は止まらない。たどりついた祭壇を通りこして、シャノンは一番奥の壁に手の平をそっとふれさせた。小さな砂埃がわずかに舞う。壁面に刻まれた鹿のレリーフ。ルシナにとっては幼い頃から親しみのあるはずのそれが、なぜか新鮮に映った。シャノンはおもむろに、胸元から銀に光るナイフを取りだした。



「王女殿下、失礼します」



 ルシナの親指に刃を添えたシャノンは、スッとうすく傷をつけた。あまりに自然にそうするものだから、ルシナはぷくりとにじんだ血を見てはじめて反応した。



「え」



 戸惑うルシナにかまわず、彼女の指をレリーフのくぼみに押しつけるシャノン。いつもの涼しい顔に高揚が浮かんだ。ゆっくりと指をスライドさせれば赤い跡がつき、彫りこまれた聖句があらわになった。



『我らは約束を違えず』



 瞬間、ゴゴゴ……と地鳴りがして神殿がゆれた。目の前の石壁が地表に飲みこまれるように下がっていく。



「何が――」



 ぽっかりと姿を現した空間に、ルシナは唖然として言葉を切った。地下へつづくらしき階段が伸びている。冷えた空気が肌にふれた。シャノンは目を細めて感激の声を漏らす。



「ああ、王家の血だけが聖域をひらく鍵になる……美しいですね」


「聖域……?」


「参りましょう。貴女に赦しが与えられますよ」


「……」



 ――私の罪が許されるなら。


 おぼろげな視線を石階段に戻したルシナは、自分からふらりと足を踏みだした。シャノンが後からつづき、カツカツと足音が反響する。ぐるりと回るようにステップを降りると、急にひらけた景色が顔を出す。


 そこは小さな神殿だった。地上の王宮神殿と揃えた造りらしく、白い石柱に囲まれた中心にある泉が、澄んだ水音を立てていた。ルシナの目はある一点に吸い寄せられる。



「……!」



 泉の中央に祀られている――白い鹿の首。


 ――あれは、まさか。


 彫像ではないと直感でわかった。首の断面から絶えずあふれている生々しい血。祭壇を濡らす鮮血は静かに泉へ流れ落ちるが、水面(みなも)は不思議と透きとおっている。常識では考えられない光景に、霞(かすみ)がかっていたルシナの思考は急に晴れた。



「あれは……『白い鹿の約束』の……?」



 ドクンと痛いくらいに心臓が脈打ち、ルシナは叫びだしそうな口元を押さえた。



「あれが本物の聖獣……!?」



✦ つづく ✦

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