初恋は灰になった
「何を見た?」
見おろしてくる色のない顔。
――知ってるんだ。冤罪だったこと。
確信したルシナは、しゃくりを押さえつけ口をひらいた。
「へ、陛下の部屋に10年前の神殿帳簿が隠してありました。それが本物で、表に出ているのは改ざんした偽物だと思う。審問記録が見当たらなくて、審問をしてないだろうこともわかったわ」
「……あとは」
心の中まで探り当てるような彼の鋭い目付き。
「……王位継承者が受け継ぐ指南書のようなもの。宗教的な危険因子への対処法が記されていました。そこに――ギブス家の記述も」
「……」
コーネリアスの瞳がほんの少しゆれるのがルシナにもわかった。
この緊張は何? 怒りだけじゃないみたいな。何を考えているの?
「〝誓約〟に触れた家門は例外なく処分だって」
「……」
じとりと汗がにじむルシナ。
「誓約って何? 貴方はどこまで真実を知っているの?」
「質問があるのは俺のほうだ。どうやってホルム公爵家を抜け出した」
威圧的にさえぎられ、ルシナはビクッと身を固める。かぶっている上着を思わず強く握りしめた。
「セリーナか? 君に同行したはずだが。あいつは何をしている」
「違う! あの子は何も知らない!」
「誰の手を借りた。公爵家の人間か。協力者がいるだろう」
「ひ、ひとりで抜け出したの……だからこうして貴方に見つかってる……!」
「……まぁいい。いずれわかる。このところ自由にさせすぎたな」
青ざめて口を閉ざすルシナからコーネリアスは視線を反らして、鼻で笑った。
「忘れてたよ。君が何度でも俺を裏切ること」
「う、嘘をついてごめんなさい。10年前に何があったのか確かめたくて。昔はただショックで知ろうともしなかったから……」
「手紙がほしかったのも嘘か」
「……ッ」
しまった。そんなつもりはないけど、そう見えても仕方がない。
「ち、違う……!」
「燃やしてもあまり意味はなかったな。ハハ……情報収集も嘘で俺から逃げるつもりだったんじゃないか?」
コーネリアスは苛立った笑みを見せはじめ、ルシナはすっかり怯えてしまった。
「違う……内緒で抜け出したけど……でも……っ、貴方のこと知りたくて……! 本当はずっと変だと思ってたから。復讐するって言っても、貴方がときどき何か隠してるみたいに感じて……ここへ来て、それが正しいとわかった」
「……」
「ギブス家はハンティントン王国を裏切ってなんかいなかった。貴方たちに仇なしたのは王国のほう。それに――私だった」
ルシナはへたりこんだままでも、コーネリアスをまっすぐ見あげた。
「最後に私の部屋に来たとき、助けを求めにきたんだよね。なのに私、ひどいことを言って。本当にごめんなさい、コーネリアス」
彼はふたたび氷のような表情に戻って立ち尽くしていた。
――聞かなきゃ。
「どうしてあの夜、冤罪のこと言わなかったの? 知ってたんでしょう。それに結婚したあとも、私が逆恨みなんて罵っても黙ってたのはどうして……?」
「質問が多い。謝る態度じゃないな」
すげない声が降ってきて、思わずうつむくルシナ。
「……っごめんなさい。あ、貴方が好きだから、ずっと一緒にいたいから……っ。今度こそぜんぶ教えてほしくて。10年前、言ってくれたら――」
「信じたのか?」
コーネリアスがグッとルシナの腕をひっぱりあげ、力ずくで立たせた。ルシナを射貫く黄金色の瞳。
「……っ」
ガタガタ震えだすルシナ。
「わ、わから、ない。ごめん……なさい」
「ルシナ、君自身がどう思っていようと――」
コーネリアスはルシナの耳元で呆れたようにゆっくりと息を吸って吐いた。
「君は俺を愛してなんていない。信じてなんていない。ただの一度も」
ルシナの見開いた目から涙があふれた。
「……ぅ」
「ハハ、何も言わなくて正解だったよ。滑稽だったからな。温室育ちのお姫様が身内の不正を知らずに筋違いな説教をしてくるのが」
「ぅう……コーニー……ごめん……ごめんね」
コーネリアスは、ずるりと力の抜けたルシナの体が腕からすべり落ちるのをそのままにさせた。崩れるように座りこんでルシナは泣きつづける。彼女を見おろすコーネリアスの唇がわずかに震え、それから引きつった弧を描いた。
「黙っててやったことは山ほどある。君の国がどれだけ醜悪かも……君が毒に侵され子を流したことも」
「……え」
「君がいつ何を知るかはすべて俺が決める」
「う、そ……うそ、うそ」
うろたえて言葉をこぼすルシナ。恐々とコーネリアスを見あげると、彼は歪んだ笑みを浮かべていた。
「詫びる気持ちがあるなら、いちいち嗅ぎまわって俺の愉しみを取りあげないでくれよ」
「~~~~っ」
声にならない叫びをあげ、ルシナはうずくまった。フロアにくすぶる火種がパチパチと音を立てる。コーネリアスは廊下の状況に目をやり、ため息をついた。
「……話はもういいだろ。立て。焼け死なれても困る」
「~~ぅ」
コーネリアスは黙ってルシナの腰に腕を回した。うつむいたルシナが小さく口をひらく。
「い、や……」
「……」
「置いてって……ここに」
「~~~~ッいい加減にしろ!!」
吐き捨てて、乱暴にルシナを担ぎあげたコーネリアスは炎に挟まれた長い廊下を駆けた。よどんだルシナの目には、彼女の手のひらに残った黒い紙片が熱い風に散っていくのが映った。
――コーニー。ぜんぶなくなっちゃった。私のせいで。
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親愛なるルシナ王女殿下へ
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先日はお加減の悪い中お会いしてくださり
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胸がいっぱいになりました。
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どうかご自分を責めないでください。
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貴女はただそこにいるだけで
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私を勇気づけてくれるのです。
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この手紙を退屈な療養の合間の
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小さな薬としてお読みください。
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貴女を敬愛する
コーネリアスより
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✦ つづく ✦




