炎の中の邂逅
プライベートエリアを抜けだし、階下へ急ぐルシナとシャノン。熱気が近づくのを肌で感じる。
――さっきの音、爆発!? 王宮が攻撃されてるの!?
2階まで降りてきたところでふたりは煙に阻まれた。
「火元が近いらしい。夫人、迂回できますか」
「ええ、反対の階段を使えば」
ルシナはシャノンを先導するように走る。長い廊下を駆けるルシナの足はだんだんと遅くなる。
「……はぁ、はぁ」
すっかり小走りになっているルシナの腰が、ひょいと浮いた。
「! シャノン様……っ」
彼がルシナを抱えあげて走る。
「掴まって」
「す、すみません……っ」
風のように廊下を突っ切るシャノン。階段を飛び降り踊り場にさしかかった。
「まだ誰かいたのか。誘導してやれ」
「はい!」
1階から男の声。
――まさか。
ルシナとシャノンはこわばった顔を見合わせる。必死の形相でルシナが首を振ると、シャノンは意図を察したのか抱えていた彼女を降ろした。地面に足をつけたルシナはそっと階下を覗く。
――コーネリアス。どうして。
夫の姿を目にして一気に体中の汗がふきでる。ルシナは黙ってシャノンの袖をぐいぐい引いて上階に導く。
「……シャノン様、手近な窓から飛び降りられますか」
「え、ええ」
ふたりは小声でささやきあった。
「先に降りてうけとめます」
「いいえ、貴方ひとりで」
「な、夫人はどうなさるのですか」
「私はここから。ふたてに分かれましょう」
「大佐閣下に見つかってもいいのですか!? 一緒に――」
「ッ貴方殺されるわ! 私と一緒になんて絶対ダメ!」
鋭い声音にさえぎられ、シャノンはビクッと肩をゆらした。
「で、でも……貴女、彼に内緒でここへ……」
「ふたりよりひとりのほうが隠れて逃げやすいですし、有事の際は夫に連絡がいくと言ったじゃないですか。見つかれば叱られるでしょうけど、大丈夫です」
引きつりながらも懸命に笑って見せるルシナ。
シャノン様までジェーンのようにしたくない。彼だけはコーネリアスに見られずに逃がさないと。
「はやく!」
「……ッわかりました。夫人、ご無事で」
シャノンはサッと踵を返すと、階段近くにある部屋を適当に選び扉の中に消えた。見守っていたルシナは束の間ほっとした。
「……」
今来た廊下の奥はぼんやりと煙に包まれている。焦げた臭い。ルシナはごくりと息をのんで階段に足をおろした。ギシっと床板が鳴る。
ここから降りるしかないわ。たとえ――
「誰だ」
ルシナの足は迷わずにステップをくだる。
「ここは危険だ。住むなら別の場所に――」
――彼に見つかっても。
踊り場を抜けると、ひらけた空間にうねるように伸びる階段。その下にたたずむコーネリアスとルシナの目が合った。
「――ルシナ?」
その瞬間の彼は、きょとんと幼い顔つきだった。
「――……」
だんだんと表情が険を帯びていく。
「……ッ手紙を取りに来たの」
彼が何か言う前にルシナは口をひらいた。
「貴方の手紙。昔のものだし……言えば怒ると思って」
ルシナが言葉をつむぐ間に、コーネリアスはのっそりと階段を昇りはじめた。重たい足取りでうつむいたまま。
「黙って来たのはごめんなさい……でも私にとっては大事な――」
「それで」
ぐっとゼロ距離でルシナに詰め寄るコーネリアスの冷めきった瞳。
「手紙は」
「ま、まだ……」
「君の部屋か」
コクコクとうなずくルシナ。コーネリアスは彼女の肩に腕を回すと、有無を言わせず階段を昇らせた。
「……っ」
つんのめるように足を交互に出すルシナは、完全に血の気を失っていた。
✧ ✧ ✧
バン、とコーネリアスが足蹴にしてひらいた扉。その向こうは国王の私室と同じく荒らされたルシナの部屋。
「何も残ってないだろう」
コーネリアスはルシナの肩を押さえたまま低くつぶやいた。小さな火種がこのフロアにもぽつぽつと広がってきている。ルシナの真っ白な唇が震える。
「……か、隠してる場所があって」
どん、とルシナは部屋の中に突き飛ばされた。
「っ……」
「持ってこい」
もはやコーネリアスの顔を見る勇気はなく、ルシナはふらふらと壁際に向かった。しゃがみこんで壁と床板の隙間に指を突っこむ。しばらく手探っていたルシナは、ピンときた表情になった。
「ん」
引きあげた数枚の封筒。少しだけほっとしたルシナは手紙を両手で包みこんだ。
――よかった。誰にも盗られてなかったんだ。
ルシナが腰をあげて戸口を振り返ると、コーネリアスはルシナに興味がなさそうで、軍服の上着から腕を引きぬいているところだった。
「あ、ありました」
作り笑いで歩み寄ってくるルシナを、彼は無表情で見おろす。
――すごく怒ってるよね。何も言わないのがかえって怖い。
うつむくルシナの頭に、コーネリアスがバサッと上着をかぶせた。
「着ろ」
「……っ」
慌ててずり落ちる上着を押さえるルシナ。ゆるんだルシナの手からコーネリアスがバッと手紙の束をひったくった。
「!」
ゾッとルシナの瞳が揺れる。
「だ、めっ」
「これで――」
彼の手が封筒を投げ放す――火の中へ。
「――ここに来る用はなくなったな」
「ゃ」
ボゥっとあっけなく燃えあがるセピア色の紙。
「ぃやぁぁあああっ!!」
手紙だったものを追いかけて、ルシナの手が火種に突っこんだ。ジリッと肌が焼けるのも厭わない。
「ふざけるな!!!!」
怒鳴り声とともにコーネリアスがルシナを突き飛ばす。
「こんな物のために!!」
「……ぁ、あ……ああ」
へたりこんだルシナは、手のひらに残る黒い残骸を見てひどく取り乱した。
「立て!」
容赦なく命じるコーネリアス。
「……う……ぅう、う」
嗚咽の止まらない口を手で押さえるルシナ。ぽた、と床に涙が落ちる。
「立て」
「……っふ、うう……」
しびれを切らしたコーネリアスが膝を折った。ルシナの脇の下に手を差しこむ。ルシナはその手を拒んだ。
「や……っ」
コーネリアスは苛立って眉を寄せ、ぐっと無理やりにでもルシナを抱きあげようと腰を落とす。
「……っぎぶ、ギブスししゃ……っ、子爵はっ」
ぴたり、とコーネリアスが動きをとめた。
「け、献金着服なんて……っしてなかった。陛下と大神官がでっちあげたの」
しゃくりをあげながら、ルシナは言葉を吐き出す。
「ギブス家は……ハンティントン王国に葬られたんだわ」
ルシナが泣きじゃくった顔をなんとか持ちあげた。ふたりの視線がかち合う。
「知ってるんだよね。コーネリアス」
ずるっとルシナを放すコーネリアス。
「……」
ゆっくりと立ちあがった彼は、静かに長く息を吐いた。
「……何を見た?」
低く重たい声が王宮を飲みこむ炎を波打たせた。
✦ 2部2章おわり ✦
読んでいただきありがとうございます
ブクマ追加をよろしくお願いします
★や感想で応援をいただけたら励みになります
リアクションほしい…です…;;




