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亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 2部 ✧ 2章

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炎の中の邂逅



 プライベートエリアを抜けだし、階下へ急ぐルシナとシャノン。熱気が近づくのを肌で感じる。


 ――さっきの音、爆発!? 王宮が攻撃されてるの!?


 2階まで降りてきたところでふたりは煙に阻(はば)まれた。



「火元が近いらしい。夫人、迂回(うかい)できますか」


「ええ、反対の階段を使えば」



 ルシナはシャノンを先導するように走る。長い廊下を駆けるルシナの足はだんだんと遅くなる。



「……はぁ、はぁ」



 すっかり小走りになっているルシナの腰が、ひょいと浮いた。



「! シャノン様……っ」



 彼がルシナを抱えあげて走る。



「掴まって」


「す、すみません……っ」



 風のように廊下を突っ切るシャノン。階段を飛び降り踊り場にさしかかった。



「まだ誰かいたのか。誘導してやれ」


「はい!」



 1階から男の声。


 ――まさか。


 ルシナとシャノンはこわばった顔を見合わせる。必死の形相(ぎょうそう)でルシナが首を振ると、シャノンは意図を察したのか抱えていた彼女を降ろした。地面に足をつけたルシナはそっと階下を覗く。


 ――コーネリアス。どうして。


 夫の姿を目にして一気に体中の汗がふきでる。ルシナは黙ってシャノンの袖をぐいぐい引いて上階に導く。



「……シャノン様、手近な窓から飛び降りられますか」


「え、ええ」



 ふたりは小声でささやきあった。



「先に降りてうけとめます」


「いいえ、貴方ひとりで」


「な、夫人はどうなさるのですか」


「私はここから。ふたてに分かれましょう」


「大佐閣下に見つかってもいいのですか!? 一緒に――」


「ッ貴方殺されるわ! 私と一緒になんて絶対ダメ!」



 鋭い声音にさえぎられ、シャノンはビクッと肩をゆらした。



「で、でも……貴女、彼に内緒でここへ……」


「ふたりよりひとりのほうが隠れて逃げやすいですし、有事(ゆうじ)の際は夫に連絡がいくと言ったじゃないですか。見つかれば叱られるでしょうけど、大丈夫です」



 引きつりながらも懸命に笑って見せるルシナ。


 シャノン様までジェーンのようにしたくない。彼だけはコーネリアスに見られずに逃がさないと。



「はやく!」


「……ッわかりました。夫人、ご無事で」



 シャノンはサッと踵(きびす)を返すと、階段近くにある部屋を適当に選び扉の中に消えた。見守っていたルシナは束の間ほっとした。



「……」



 今来た廊下の奥はぼんやりと煙に包まれている。焦げた臭い。ルシナはごくりと息をのんで階段に足をおろした。ギシっと床板が鳴る。


 ここから降りるしかないわ。たとえ――



「誰だ」



 ルシナの足は迷わずにステップをくだる。



「ここは危険だ。住むなら別の場所に――」



 ――彼に見つかっても。


 踊り場を抜けると、ひらけた空間にうねるように伸びる階段。その下にたたずむコーネリアスとルシナの目が合った。



「――ルシナ?」



 その瞬間の彼は、きょとんと幼い顔つきだった。



「――……」



 だんだんと表情が険(けん)を帯(お)びていく。



「……ッ手紙を取りに来たの」



 彼が何か言う前にルシナは口をひらいた。



「貴方の手紙。昔のものだし……言えば怒ると思って」



 ルシナが言葉をつむぐ間に、コーネリアスはのっそりと階段を昇りはじめた。重たい足取りでうつむいたまま。



「黙って来たのはごめんなさい……でも私にとっては大事な――」


「それで」



 ぐっとゼロ距離でルシナに詰め寄るコーネリアスの冷めきった瞳。



「手紙は」


「ま、まだ……」


「君の部屋か」



 コクコクとうなずくルシナ。コーネリアスは彼女の肩に腕を回すと、有無を言わせず階段を昇らせた。



「……っ」



 つんのめるように足を交互に出すルシナは、完全に血の気を失っていた。



  ✧  ✧  ✧



 バン、とコーネリアスが足蹴にしてひらいた扉。その向こうは国王の私室と同じく荒らされたルシナの部屋。



「何も残ってないだろう」



 コーネリアスはルシナの肩を押さえたまま低くつぶやいた。小さな火種がこのフロアにもぽつぽつと広がってきている。ルシナの真っ白な唇が震える。



「……か、隠してる場所があって」



 どん、とルシナは部屋の中に突き飛ばされた。



「っ……」


「持ってこい」



 もはやコーネリアスの顔を見る勇気はなく、ルシナはふらふらと壁際に向かった。しゃがみこんで壁と床板の隙間に指を突っこむ。しばらく手探っていたルシナは、ピンときた表情になった。



「ん」



 引きあげた数枚の封筒。少しだけほっとしたルシナは手紙を両手で包みこんだ。


 ――よかった。誰にも盗(と)られてなかったんだ。


 ルシナが腰をあげて戸口を振り返ると、コーネリアスはルシナに興味がなさそうで、軍服の上着から腕を引きぬいているところだった。



「あ、ありました」



 作り笑いで歩み寄ってくるルシナを、彼は無表情で見おろす。


 ――すごく怒ってるよね。何も言わないのがかえって怖い。


 うつむくルシナの頭に、コーネリアスがバサッと上着をかぶせた。



「着ろ」


「……っ」



 慌ててずり落ちる上着を押さえるルシナ。ゆるんだルシナの手からコーネリアスがバッと手紙の束をひったくった。



「!」



 ゾッとルシナの瞳が揺れる。



「だ、めっ」


「これで――」



 彼の手が封筒を投げ放す――火の中へ。



「――ここに来る用はなくなったな」


「ゃ」



 ボゥっとあっけなく燃えあがるセピア色の紙。



「ぃやぁぁあああっ!!」



 手紙だったものを追いかけて、ルシナの手が火種に突っこんだ。ジリッと肌が焼けるのも厭(いと)わない。



「ふざけるな!!!!」



 怒鳴り声とともにコーネリアスがルシナを突き飛ばす。



「こんな物のために!!」


「……ぁ、あ……ああ」



 へたりこんだルシナは、手のひらに残る黒い残骸(ざんがい)を見てひどく取り乱した。



「立て!」



 容赦なく命じるコーネリアス。



「……う……ぅう、う」



 嗚咽(おえつ)の止まらない口を手で押さえるルシナ。ぽた、と床に涙が落ちる。



「立て」


「……っふ、うう……」



 しびれを切らしたコーネリアスが膝を折った。ルシナの脇の下に手を差しこむ。ルシナはその手を拒んだ。



「や……っ」



 コーネリアスは苛立って眉を寄せ、ぐっと無理やりにでもルシナを抱きあげようと腰を落とす。



「……っぎぶ、ギブスししゃ……っ、子爵はっ」



 ぴたり、とコーネリアスが動きをとめた。



「け、献金着服なんて……っしてなかった。陛下と大神官がでっちあげたの」



 しゃくりをあげながら、ルシナは言葉を吐き出す。



「ギブス家は……ハンティントン王国に葬(ほうむ)られたんだわ」



 ルシナが泣きじゃくった顔をなんとか持ちあげた。ふたりの視線がかち合う。



「知ってるんだよね。コーネリアス」



 ずるっとルシナを放すコーネリアス。



「……」



 ゆっくりと立ちあがった彼は、静かに長く息を吐いた。



「……何を見た?」



 低く重たい声が王宮を飲みこむ炎を波打たせた。



挿絵(By みてみん)



✦ 2部2章おわり ✦



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