黒い真実
「一緒に来て、ルー」
10年前のあの夜。私の部屋に現れたコーニー。ふれてくる冷たい手。
「どうして夢にまで出てきて私をたぶらかそうとするの。もう……消えてよ」
怒りと哀しみにまかせて彼に言葉をぶつけた。
「貴方の計画なんて最初からわかっていました。私だって貴方を好きじゃなかったから!」
「ルシナ王女殿下――さよなら」
月明かりの夜に消えた寂しそうな笑み。
✧ ✧ ✧
「――……夫人、アシュフォード夫人!」
肩をゆさぶられ、ルシナは呼びかける声にようやく気づいた。
「……あ」
「大丈夫ですか」
顔をあげると、シャノンがこちらを不安げに見ている。ルシナの手からバサッと紙束が落ちた。避難室で見つけた書物をもって床下からあがったルシナは、そのまま王の私室でそれらに目を通し今に至る。
「……はい、だいじょう、ぶ」
地べたに座りこんだ彼女はシャノンになんとか返事をしたものの、青ざめた顔で唇を震わせた。
――献金着服は存在しなかった。こっちが本物の帳簿。ギブス子爵は無実の罪を着せられたんだわ……!
手の中の冊子を見れば、禁書庫にあったものが偽物の帳簿だと想像がつく。10年前も例年通りだった献金を、架空の寄付を捏造して横領があったように見せかけたとしか考えられない。だから審問記録もごまかしてあった。そして――本物の帳簿を国王が隠し持っていたということは。
国王陛下は冤罪を知っていた。知っていたどころじゃない。陛下が大神官と共にギブス家を消したんだわ。
「……っ」
呼吸が乱れたルシナは、思わず胸を押さえる。
コーネリアスからすべてを奪ったのは王家と神殿――ハンティントン王国そのものだった。彼が復讐を決意するのはもっともだわ。なのに私――
『ギブス家が破滅したのは、犯した罪のせいでしょう。逆恨みよ』
――なんてことを。
「……夫人」
シャノンに差しだされたハンカチ。我に返ったルシナは自分の涙に気づき、慌ててぬぐう。
「あ、すみません……っ」
「……」
シャノンは黙ってルシナにハンカチを握らせた。
「……王家が悪事を働いていたんです。だから国が滅んだんだわ」
ぽつりとこぼしたルシナの背に、シャノンは手を添えた。
「……知りたくなかったですよね。こんな結果になるなんて。余計な世話をしました」
「い、いえ……知らなければならなかったことです」
のろのろと手をのばすルシナ。散らばった別の冊子を手に取る。
「……っ夫人、もうここを出ましょう」
シャノンの焦った声に、ルシナは首を振った。
「いいの……来たからには……」
ブツブツと口にしながら開いた冊子。
私はまだ知らない。陛下と大神官がギブス家を陥いれた理由を。ギブス家に何があるの? 一瞬で家門を根絶やしにするほどの理由は――
「……日記?」
古びた紙をめくるルシナの指が震えた。
✧ ✧ ✧
「最近ボヤが連続していて。浮浪者による焚火が原因かと思いますが。警備をゆるめたら入りこんでいるようで」
ザっと早足で歩くふた組のブーツの脚。
「残党が浮浪者をよそおっていたらと思い、報告しました」
「警備がゆるもうが奴らは王宮には近づかないだろう。罠だと思うはずだ」
「残念だなぁ。まあ、いずれにしろ、よそ者はつまみださないといけませんね」
ふたりの男は西日の当たる石階段を昇っていく。
「……それよりボヤが気になるな。たぶん地の息だろうが」
「地の息?」
「温室の設備が壊れたまま、まだ動いているんだろう。温まった腐葉土の空気が無人の城でどこにも流れていかず、地下にたまってちょっとしたことで火がつく」
「へぇぇ」
詳しいんだな、と男は前を歩くもうひとりの背中をながめた。きらりと軍服の肩章が反射する。
「設備を見にいって風の通り道をつくってやろう。ランタンは置いていけ」
「はい、大佐」
ちょうど城門にさしかかったコーネリアスと部下の男は、脇にランタンを置いた。
✧ ✧ ✧
『████年█月。事案:神官血統以外の預言者による幻視。対応:当該者を即時処分。大神官の聴取。不貞の疑いなし。異常兆候として処理』
『████年█月。事案:聖堂への導線が部外者に露見。対応:発見者・同行者を聖域汚損として即時処分。導線の封鎖・移動』
――宗教に関わる危機対応マニュアル? 処刑リストさながらだわ。
ルシナは嫌な汗が背中を伝うのを感じた。シャノンは「部屋の外で待ちます」と気を利かせてくれ、ルシナは部屋にひとりきりだった。日記のように見えたその書物をめくれば、記入した日付はまばらで年代もバラバラ。記入者は歴代国王らしい。
陛下の私室にあるなら王位継承者だけの秘伝の書かしら。こんな物騒なものが? 宗教事件の記録なら神殿で管理するものじゃないの?
「!」
さかのぼったページの項目は、10年前を示している。
『████年█月。事案:誓約が部外者に露見。対応:当該証人は聴取不要。関係家門の処分。▓▓▓▓年▓▓号に基づき例外なき処分』
関係家門――これがギブス家のこと?
「▓▓▓▓年……」
ページをめくる指先が冷たい。
「あった」
かなりページを飛ばした先には――。
『▓▓▓▓年▓月。事案:▓▓▓▓門下による▓▓▓▓神官の殺害。誓約に触れた▓▓▓▓師の処分に対する報復。対応:▓▓▓▓門下を即時処分。――備考:同様事件の予防のため、誓約の漏洩が疑われる場合、関係者一同の処分を実施せよ』
ギブス家が家門ごと粛清されたのは、このときと同じ……? 子爵が〝誓約に触れた〟から? そもそも――
「誓約って何……?」
ドクン、と動悸がした。
陛下と大神官は〝誓約〟を部外者に知られないようにしていて、誓約に触れたギブス子爵を消すために冤罪を仕組んだ。コーネリアスはぜんぶ知って――
ドクン。
「なんで言わなかったんだろう」
ぽろっとつぶやき、書物から顔をあげたルシナ。宙に視線を泳がせて考えこむ。
ドクン、ドクン。
どうして無実だと私に言わないの? 真実を知らないとか? そんなはずないよね。たとえ父親の無実を信じられなくても、少なくともコーネリアス自身の潔白は当然わかっているはず。
「――違う。ぜんぶ知ってるんだ」
だから復讐に走ったんだ。コーニーは――コーネリアスは、浅はかな逆恨みなんてするわけないのに。私は――彼を信じずにハンティントン王国を信じた。
「……ぅ」
乾いたはずの涙がまたあふれだす。ルシナは慌ててハンカチで顔を丸ごとおおった。部屋の外のシャノンに泣いていることを気づかせたくなかった。
――『一緒に来て、ルー』
10年前の夜。コーニーとの最後の夜。あれは何だったの? どうして何も言ってくれなかったの?
「私、ずっとひどいこと――」
ボン!!
突然の爆発音と振動。
「きゃあっ」
ゴゴゴ、と地鳴りと振動はまだ収まらず、ルシナは身を縮めた。そこへシャノンが飛びこんでくる。
「夫人! 下から火が!」
✦ つづく ✦




