↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 2部 ✧ 2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/50

煙幕



「もっと厳重に警備してあるものかと……意外ですね」



 陽が傾きかけた湖畔(こはん)に身を潜めるルシナは、隣のシャノンに向けてつぶやいた。ふたりの視線の先にはこじんまりとしたハンティントン王宮が静かにたたずむ。



「旧領のレジスタンスが残っていたとしても、王宮にノコノコ現れたりしないからですかね」



 そう言って欠けた石道に踏みだしたシャノンは、ルシナを振り返って手を差しだす。



「手を。浮浪者の出入りは多少あるかも」


「大丈夫、ひとりで歩けますから」


「……」



 硬い表情で断ったルシナだが、シャノンは特に気を悪くした様子もなく先を歩きだした。



  ✧  ✧  ✧



 荒廃した王宮内は静まりかえっているが、ところどころ生々しい血痕や剣戟(けんげき)の痕(あと)が残っていた。雨風をしのいでいるのであろう浮浪者の姿もぽつぽつあったが、彼らのほうもルシナたちから隠れるようにしている。


 ――650年つづいた王朝があっけないわ。すっかり別の城みたい。


 変わり果てた王宮でも、足を進めれば、ここで生活していた日々をルシナに思い出させた。


 王室が子宝に恵まれるのは良いことだが、臣民から寄せられる期待は様々だ。第31代ハンティントン王の元には第一王女、第二王女と生まれ、その次に待望の第一王子が生まれた。次も男児が望まれたが、生まれたのは第三王女。そしてつづく第四王女がルシナだった。ルシナの次に生まれたのが第二王子。第一王子の有事(ゆうじ)に備え王太子候補として丁重に育てられる第二王子と対照的に、末の王女かつ病気がちなルシナは軽んじられていた。


 もっと虐げられていたなら、すべてを憎めたのに。何度もそう思ったわ。


 王妃は王子たちの教育を優先し、ルシナを囲む侍女は十分な働きぶりでも無味乾燥だった。真綿で首を締められるような閉塞感(へいそくかん)。それでも王族に生まれたからには、とルシナは宮廷教育に励んだ。


 中庭を通りすぎ温室の入口にさしかかると、幼い日に出会った婚約者の影が重なる。


 ――コーニー。「いつか誰かが私を見てくれるかも」という淡い期待と「自らの行動に見返りを求めてはいけない」という想いの板挟み。そんな中、現れたのが彼だった。


 ルシナだけを見て、欲しい言葉をくれる存在に彼女はすぐに夢中になった。会えない間も彼のことばかり考えて暇があれば手紙を書いて――コーニーと出会ってからルシナの世界は彼一色になった。


 パーティーの夜、コーネリアスは私を好きだと言ってくれた。あの言葉を信じてる。それでも彼のこと、ぜんぶが知りたい。


 目的の場所を目指すルシナは、いつの間にかシャノンを先導する形で歩いていた。温室を背にして、王宮の奥へ、奥へと――。



  ✧  ✧  ✧



 ぴしゃん、とかすかに水音が響く。白い石柱が左右にずらりと並ぶ水路。その中央には細く石畳が敷かれ、奥の祭壇(さいだん)までつづく。ハンティントン王宮の王宮神殿は人が踏み荒らした形跡はあるものの、不思議と神聖さを失っていない。


 ルシナの姿は神殿に併設(へいせつ)された書庫にあった。戸口に立つシャノンは視線を迷わせ上ずった声を出す。



「まさか自分がこんなところに踏みいるなんて。学者仲間が知ったらなんて言うか……」


「ふふ、ここは禁書庫ですから物珍しいでしょう。国が亡くなってしまえば禁書も何もという感じですけど」



 自虐的な笑みを浮かべるルシナ。シャノンは慌てて口をひらく。



「失礼。つい興奮してしまいました。ここで待ちますからゆっくりお調べになってください」



 ルシナは書棚に手をのばした。まばらに並ぶ冊子。地面に落ちている冊子もある。


 ――新しい記録はアストニア軍が回収したのかしら。古いのは放置されてるわね、助かった。ギブス子爵事件の審問記録を探しましょう。きっとここにある。ゴースト――ジェーンの調べでも審問の内容はわからなかったから。



  ✧  ✧  ✧



「『該当記録は王命により移管(いかん)。閲覧禁止』……ですって?」



 ルシナは開いたページに近づけていた顔を離して疲れた声を漏らした。しばらく書棚を探して見つけた10年前の審問記録。ギブス子爵事件を示す見出しには、そっけない文言が添えられていた。


 ――何よこれ。神殿献金の着服は単なる盗みじゃなく信仰を穢す大罪。何か理由があって審問を非公開にしたにせよ、その内容も残さないの? 〝家族ぐるみの謀反(むほん)〟がよっぽどあくどい内容だったのかしら……? 禁書庫はここなのに。どこに移動させたの?



「神殿帳簿は……これだわ」



 混乱しながらも、ルシナは別の冊子に手をのばす。



「とりあえず見られるものはぜんぶ見ておこ……あら」



 分厚い冊子が目についた。抜きだすと案の定10年前の帳簿だ。たわんだ冊子はひとりでにひらく。



「献金の受領書(じゅりょうしょ)? こんなにいっぱい挟まって……」



 献金着服のためにギブス子爵が改ざんした部分を、事件が収束した後に修正したからかしら。たぶん横領されたぶんをギブス家の財産から回収して収支を再確認したのよね。大問題だから事後処理も大変でしょうね。


 ルシナは、近しい年度の帳簿をつまみだすと、それらを地面に広げた。ひんやりした地べたに腰をおろして数字とにらめっこする。



「……? 10年前だけ献金の集計が多いわ……多すぎる」



 他の年と違って10年前だけ小口(こぐち)の献金が多い。だから帳簿が分厚いんだわ。



「遠方の修道会や下級貴族からの寄付……ずいぶんお金に余裕があった年なのね。変ね……それまではまったく影のない献金元ばかり」



 それで――ギブス子爵も魔がさしたの?



「え!?」



 ついに大きな声をあげたルシナ。シャノンがこちらを窺う。



「アシュフォード夫人?」


「い、いえ……なんでもありません。もう少しかかりますから……」



 作り笑いを浮かべるルシナだが、心臓はバクバクと鳴っていた。冊子に視線を戻し、夢中でめくっていく。


 これも、これも……受領のサインは大神官の名前だわ。献金は重要とはいえ、受けとるのは雑務でしょう……!? どうして神殿の最高位がサインするの……? それなら、ギブス子爵はわざわざ大神官の目の前でお金を盗んだようなものじゃない。



「……」



 おもむろに立ちあがったルシナ。



「夫人?」



 シャノンが声をかけるのとほとんど同時に、ルシナはダッと駆けだした。



「夫人、どこへ!?」


「……ッお父様(国王陛下)の私室へ!」



 ルシナは振り返らずに叫んだ。



  ✧  ✧  ✧



「ハァ……ッ、ハァ」



 息を切らせて踏みこんだルシナの足音を、厚い絨毯が吸いこむ。タペストリーや肖像画が飾られていたであろう日焼け跡が残る濃い色の壁。破れた天蓋(てんがい)付きのベッド。低い長椅子。


 ――陛下のお部屋……家探(やさが)しはもうされてるみたいだけど……私的な隠し場所は必ずあるわ。


 あたりを見渡すルシナ。床の木目に流れた血の痕が目に入る。



「……っ」



 思わず顔を歪めるルシナ。だが、ハッと目を張る。


 ! ここ、血がまっすぐ途切れてる……。


 そこへ、タッと足音が近づいてくる。追いかけてきたシャノンだ。



「……はぁ、夫人、足が速いですね」



 戸口で軽く息を整えるシャノン。ルシナは彼に目もくれず床に這(は)いつくばった。備え付けのキャビネットの下に腕を突っこむ。



「何を……!?」



 ――カチ。


 小さな音と一緒に、床板に隙間ができた。



「……これは」


「避難用の小部屋です。王族の私室にはよくあるんですよ……」



 言いながら、ぐっと隙間に指をかけて引きあげようとするルシナ。



「代わりましょう」



 ルシナの隣に腰をおろすシャノン。ルシナは彼にスペースを譲った。シャノンが腕に力を入れると――ミシッと鈍い音をあげて、床板の一部が扉のように持ちあがった。パラパラと砂埃が舞う。



「……」



 現れたシンプルな梯子(はしご)。その下には薄暗い空間が広がっている。無言で階下に進みだすルシナ。シャノンは戸惑いの表情で彼女を見守る。しばらくして、薄闇(うすやみ)の中からぽつりとルシナの声が届いた。



「――あった」



✦ つづく ✦

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i000000 i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。