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亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 2部 ✧ 2章

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39/51

――蜂に刺される



 カラン、と水差しが床につく。



「――そろそろ答える気になったか」



 ジェーンが頭にかぶせられている薄い布袋からしずくが落ちる。彼女の首の後ろで濡れた布がすぼむように掴んでいたコーネリアスは、その手をゆるめた。



「っひゅ、ゴフッ」



 ぴたりと顔に張りついていた布から解放され、ジェーンは必死に息を吸う。



  ✧  ✧  ✧



 壁ごしに水責めの音を聞いていたルシナは、根が生えたように動けなかった。


 ――ジェーン。私に会いに来たのは誘拐するため? ゴシップのためじゃなかったの? 彼女の正体がゴーストだという秘密を明かしてまで近づいたのに……それが、そもそも油断させるためだったのかな。私の調べ物に協力したのも懐柔(かいじゅう)するためで、脅しまがいに様子を伺いに来たのもコーネリアスに密告しないか確かめるため。



「ハァ……ハァ、見当違い……だよ、この、マヌケ……」



 疲弊(ひへい)しきったジェーンの声がして、ルシナはぎゅっと胸を押さえた。


 辻褄(つじつま)があう――けど、彼女が言ったように、ジェーンならもっとスマートな方法を使えたんじゃないかしら。コーネリアスの目を盗んで文通する仲なのだから、ジェーンが私をこっそり連れ出すのは簡単なのに。私は――彼女とのやりとりを好ましく思っていたから。


 ルシナの頭に、以前ドレスの仕立てに来ていた針子のことがよぎる。


 私、人の本心を見抜くことはできないんだわ。だって――



「貴重な休憩だ。悪態(あくたい)をついている暇があるのか」



 コーネリアスの平然とした声が、ルシナの耳には重たくこだました。


 さっきやさしく「おやすみ」と言いにきた彼が、その足で地下に向かったんだ。こんな残酷なことをする素振りを少しも見せないで。



  ✧  ✧  ✧



 コーネリアスは、空になった水差しに樽から中身をつぎたしていた。ワイン樽に見えても中身は水らしい。ぐったりと椅子にもたれるジェーン。布袋の下から声を絞りだす。



「そんなに……っ王女様が心配なら、あの子を手放してただの捕虜(ほりょ)にしてあげれば。あんたを倒せないから身内を狙うんだよ。妻帯(さいたい)なんてわかりやすい弱点作って……」


「口をひらくなら別のことを話せ」



 コーネリアスは注ぎ口をきゅっと閉めた。



「金を積まれているなら倍額出す」


「馬鹿に……すんな」


「……まぁいい。次は10秒追加しよう」



 コツ、とジェーンのほうに足を進めるコーネリアス。その足音にジェーンはビクッと体をゆらした。



「……やめっ」


「小娘には酷だろう。早めに音をあげてくれると俺も助かる。お仲間はもう少し頑張っていたがな」



 グッと、コーネリアスの手が布袋の口をまとめて掴んだ。ジェーンの頭の形がハッキリと浮かぶ。



「~~~~ッ」



 縛られた手足をジタバタさせるジェーン。



「息が吸えないと記憶が壊れることもあるらしい。飛ばすなら日常の些末(さまつ)な記憶にしてくれ」



 つぶやいたコーネリアスは、冷めた顔で水差しを傾けた。



  ✧  ✧  ✧



 ビシャビシャと水が床にはねる音。もがく物音。こもった呻(うめ)き。ルシナは真っ青な顔で震える身を抱きしめた。


 こんなの聞いてられない。早く終わって。ジェーン、お願いだから早く口を割って。いいえ、やめさせないと。でも、ここにいるのがコーネリアスにバレたら?


 ぐるぐると想いが駆けめぐるが、ルシナはふいにハッと目を見開いた。


 ジェーン、私との秘密の協力関係を明かせばいいのに。潔白の証明にはならないけど、詰めの甘い誘拐計画を立てる必要がないことは示せるかも。


 ちょうど、カランと金属の音がする。水責めが終わったらしい。



「……どうだ。気は変わったか」



 お願いジェーン。無実なら何か言って。そうなったら私は道連れだけど、かまわない。



「……ゲホッ、けほ、ゲホッゲホッ、はっ、は」



 ゴシップライターだとバレても罪じゃないし、死にかけるよりはいいわ。拷問されても言わないのは――言っても無駄だと彼女自身に心当たりがあるから? やっぱりジェーンはコーネリアスの敵なの? コーネリアスの〝仕事〟を台無しにしちゃったら……どうしよう、確信が持てない。


 ルシナの足が震えて、膝同士がぶつかる。小さな音でも彼女にはつんざくように聞こえた。



「クソ……クソ野郎が」



 朦朧(もうろう)としたジェーンの声。



「ゲホッ、あんたじゃ王女様を護れない。戦鬼だって……? ハァ、ただの人殺しのくせに王子様気取り」


「……命が惜しくないようだ」


「ハッ、あんたは生き汚いね。ハァ、10年前に死ねばよかったのに――」


「もういい。望み通り――」



 カチャ、と重たい金属を引きずる音。


 ――!? 剣の音!? だめ!! 間違っていても、ジェーンは――



「死ね」



 ガキン、と鋭い音と地下に反響する衝撃。少しして、ドサッと何かが倒れる鈍い音が追いつく。


 ルシナは悲鳴がでかけた口を押さえて凍りついた。



  ✧  ✧  ✧



 しん、としたワイン庫でコーネリアスは肩で息をつく。目の前に転がる女は、四肢(しし)を投げだして動かない。


 ――何か……声がしたか?


 出入口になっている石壁のアーチに視線がとまる。のそりと歩いていき、そっと薄暗い通路をのぞくコーネリアス。ほこりっぽい空気が舞っているだけだった。



「……気のせいか」



  ✧  ✧  ✧



 ――私は彼のことを何もわかっていなかった。


 地下からベッドに忍び戻ったルシナは、シーツをかぶってガタガタ震えていた。


 結婚したばかりのころのようなコーネリアスの残忍な一面。昔みたいにやさしいコーニーに戻ってくれるかもと思っていたのに。



「10年も離れてたんだし、別人になっていてもおかしくない……のかな」



 アストニアに亡命して傭兵(ようへい)から軍まで渡り歩くのは過酷な日々だったはず。今だに周りは敵だらけみたいだし。最近の穏やかな態度もお芝居なの?



「別人……じゃないわ。はじめからそうだった」



 コーニー。甘い言葉で、やさしい笑顔で。裏では悪いことをしていた。今夜は――



「……ジェーン」



 見殺しにしてしまった。彼女はたしかに怪しかったけれど。私が止めに入ればよかったのに……!


 ふと、ルシナの目は私室の机に注がれた。



「……」



 そっとラグに足をおろすルシナ。ベッドを抜け出した彼女はフラフラと机に向かった。


 何もわからないから、迷って、それで何もできない。



「私もずっと変わらないじゃない」



 いつも傷ついたときは、それ以上傷つくのが嫌で逃げ出してしまう。逃げた結果が今の私。過去を清算せずに今の彼と向き合おうなんて無理だったんだ。


 引き出しの取っ手にルシナの震える指がふれた。


 ――コーネリアスのこと、知りたい。



✦ つづく ✦

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