蜜を欲せば――
「放せ! あたしになんの――」
硬い木の椅子に無理やり座らされたジェーンは、視界をさえぎる布袋を乱暴に外されて眩しさに目を細めた。
「! アシュフォード大佐……」
目下でジェーンの脚を椅子に縛りつけている男――コーネリアス・アシュフォードを見て、驚きと納得がまじる。周りを観察すれば、ひんやりした小さな空間。ワイン庫らしい。
「何ここ。軍部じゃなさそうね。まさかあんたの屋敷?」
「質問はこちらがする」
ジェーンの拘束を終えたコーネリアスは、樽に腰かけて彼女と向き合う。膝の上で手を組み、淡々と口をひらいた。
「ジェーン・ミラー。ミラー蝋燭工房の娘だな」
「……だったら何」
「手短に話そう。うちの屋敷に侵入者を送りこんだのはお前だな」
「はぁ? なんのこと?」
「お前の仲間は吐いたぞ」
「仲間……?」
どきりとするジェーン。
ライター仲間のこと? 王女様、まさかあたしの正体がゴーストだって大佐にバラしたんじゃないでしょうね。
「2日前に拘束した。うちに出入りしているチャンドラーの配達人だ」
「……?」
「納品ついでと言い、やたらと屋敷を訪問して堂々と敷地内の下見をしたり、使用人に探りを入れて妻の予定を知ろうとしたり。買収までもちかけた。拘束時、その男が荷馬車に隠していたのは、手枷に猿ぐつわ、覆い布……」
「奥様を誘拐しようとしてたってこと?」
ジェーンは眉をひそめた。
「お前がだろう。ずいぶんお粗末な計画だったが。それともあいつは捨て駒か?」
「知らないけど、そんなバカの言ってたこと信じるの? あたしが仲間だって?」
「チャンドラーギルドの通行証は偽造ではなかった。渡したのはお前だ。日雇いを仕切っているそうじゃないか。仕事を隠れみのにして犯罪の手引きをしているな」
「……日雇いにヤバいヤツがいるなんてフツーだろ。あたしが仕切ってるからって黒幕扱いは、それこそお粗末なんじゃない?」
「心配するな。お前も駒のひとつだと思っているさ。裏にいる者の情報を吐け」
「残念だけどぜんぶバズレ。なんも知らないよ。これ外して」
ジェーンは後ろ手に縛られた腕をぶんぶんと振る。コーネリアスは鼻で笑った。
「立場が分かっていないようだな。口を割らなければ家には帰れないぞ。そろそろ認めろ」
じ、とジェーンを見据える彼の瞳。
「俺の妻の誘拐を企てたな。誰に雇われた」
✧ ✧ ✧
冷たい壁に背をつけたルシナは、地下のワイン庫から聞こえるジェーンとコーネリアスの声に激しく動揺していた。
――ジェーンは誘拐するつもりで私に近づいたの!?
伝う汗がルシナの体をさらに冷やす。
「知らないって。誘拐はそっちだろ」
「ではなぜ、うちに届いたミラーの蝋燭がフォックス工房の品と入れ替わっているんだ」
ミラーの蝋燭? ジェーンから営業されたものだわ。どういうこと?
✧ ✧ ✧
「妻と家令が相談のうえ、蝋燭の発注をミラー工房に変えた」
コーネリアスは腰をあげ、ジェーンに歩み寄る。彼女は身を固くしたが、彼はジェーンの横を通りすぎて壁際に向かった。
「チャンドラーを大勢呼び寄せたときに来たお前が、この屋敷にうまく取り入ったんだろうが……」
ワイン庫をほの明るく照らす蝋燭のうちひとつを、コーネリアスが燭台から取りあげた。
「これはフォックスの蝋燭だ。ミラーとは芯の編み方が違うらしいな。ミラー工房から届けられたものなのに。どういうわけだ」
「……ちゃんと理由あるって」
窮屈そうに後ろを振り返ったジェーンは緊張で唇を舐めた。
「へぇ」
興味がなさそうなコーネリアスの声。
「あんた、偉い人なのに新聞読まないの? チャンドラーギルドの騒動知らない?」
「職人の取り合いで工房同士が揉めているんだったか。それで?」
コーネリアスは燭台を元通りにして戻ってきた。ジェーンは早口でまくしたてる。
「その揉めてるのがフォックス。喧嘩相手のデカい工房からの嫌がらせで市場から締めだされてるの。だからフォックスにミラーの名義を貸して納品先を立ててあげたんだよ。そのひとつがアシュフォードの屋敷ってわけ。ウチの得意先を渡すわけにはいかないし。あんたに何も言わなかったのは悪いけど、蝋燭の質はぜんぜん悪くないよ」
「それらしい口実を用意しているものだな。お前があのお粗末な誘拐犯をフォックス工房の日雇いにまぎれさせて、アシュフォード邸に送りこむために根回ししたように見えるが」
ジェーンの椅子の横に立ったコーネリアスは、おもむろに腕まくりしはじめた。ジェーンは気持ちだけは負けじと彼を睨みあげる。
「ただのチャンドラー同士の助け合いで裏はないってば」
「……ギルドの騒動から仕組まれていたのかもしれないな」
「話聞いてる? 妄想もいいかげんにしなよ。あたしがなんでそんなややこしいマネすんの? やるならもっと怪しくないようにできるし!」
「お前がすべて仕組んだのではないだろうと言ったんだ。ひとつ考えられるのは……老舗店の娘で素性がはっきりしているお前が、わざわざ自分の庭で悪さをするのは選択の余地がないから。弱みを握られたか金に釣られたか……」
ぎゅ、と袖を留めたコーネリアスが、ジェーンの背もたれに手を添えて身を屈めた。巨躯に気圧され、ジェーンはついにうつむく。
「ジェーン・ミラー、お前に命じたのは誰だ。奴らはどうやって接触してきた? 話せばお前の罪は問わない。奴らの大元を捕らえなければ意味がないからな」
「……」
コーネリアスはジェーンの言葉を待つ。少しの沈黙の後、彼女の乾いた唇がひらいた。
「――奴らって誰のこと?」
「……」
「ただの政敵じゃなさそう。そいつらが、奥さ――王女様を暗殺しようとしたり誘拐しようとしたりってわけ? そのためにチャンドラーギルドの一大騒動も仕組める連中だって? なにそれ」
ジェーンの目は一変してギラギラしはじめた。彼女を見おろすコーネリアスの眉がぴくりと動く。畏れと興奮でこわばり、笑っているようにも見えるジェーン。
「無実のあたしに尋問なんて頭おかしいのかと思ったけど、あんた――正気なら、状況は相当おもしろいね。そうだ、答えてよ。なんで大佐クラスが自分で尋問してんの? 自分の家で。使える人手は山ほどあるだろ。ああ、身内が信用できないんだ。スパイでもいた?」
極度の緊張がそうさせるのか、よどみなく喋りつづけるジェーンをよそに、コーネリアスは静かに深く息を吸った。
「なるほど」
吐息まじりにつぶやくと、彼はワイン庫の中をふらりと歩いた。
「この状況で大した度胸だ」
石床に無造作に投げてある布袋。くすんだ金属の水差し。コーネリアスは膝を折ってそれらを手に取った。
「……お前と話すのは骨が折れそうだな」
✦ つづく ✦




