ジェーンの1日
「父さん。あたし、ミラー工房を王都イチのチャンドラーにするから!」
「そうか、そうか。ジェーンはしっかり者だなぁ」
――幼いあたしを抱きあげて笑っていた父さん。だけど、数年のうちにあたしは現実を知った。
「父さん、いつあたしの徒弟登録に行くの? チャンドラーギルドの。よそじゃ、あたしくらいの歳の子はもうとっくに登録してるよ」
「……ジェーン。それは男の子の話だろう。女の子は徒弟登録なんてしないんだよ」
「それじゃあギルド会員になれないじゃん! 親方の娘なんだから登録に連れてってよ!」
「特別な事情もなくそんなことはできないよ、父さんでも。だけど、ジェーンはミラー工房の一員だろう? ギルドのみんなもわかっているから、それじゃあダメかい?」
ギルドの刻印がない蝋燭は販売できない。刻印を押せるのはギルドで承認された会員だけ。だったらあたしは蝋燭を作っても本物のチャンドラーにはなれないってこと? 男じゃないから?
「……ッあたしのほうがよそのボンクラより役に立つのに!」
「可愛い女の子がそんな言葉を使っちゃいけないよ」
「可愛くなくていい! あたしだって熱いのも臭いのも煤まみれも平気で仕事してるのに!」
「……そうだなぁ」
困った顔をした父さんを見たら、それ以上責めることはできなかった。
――それからまた年月が過ぎ、家内工に加えて経営の手伝いや外回りをこなす日常に追われれば、チャンドラーへの憧れは消え失せ、純粋な生業になっていった。それでも、幼い頃に感じた悔しさは心の底でくすぶっている。
✧ ✧ ✧
「ったく、感謝祭前はただでさえ忙しいってのに」
誰彼となくそんな愚痴をこぼした。チャンドラーギルドは繁忙期に重なったある事件で騒がしい。
王室御用達の大手ライオネル蝋燭店の職人見習いが、中堅フォックス蝋燭工房に大量に移った。ライオネルはフォックスによる引き抜きだと激怒。ギルドの規約違反を主張した。
争いがこじれ、ギルドは感謝祭用の刻印を一時凍結して再検品を命じた。ギルドで権力をふるうライオネルが、フォックスに制裁を与えるための横暴だ。フォックスが感謝祭において納入制限を食らうのは目に見えていて、出禁の噂まである。
巻きこまれた他のチャンドラーも大混乱。繁忙期に再検品の行列、集積倉庫の圧迫、納期の遅れなどなど、いらぬ仕事が増えてしまった。
そんなチャンドラーギルドのある日の早朝。ミラー蝋燭工房に入る男の影があった。
「おう、ジェーン。はやいな。外出るのか」
彼は工房の中で支度しているジェーンに声をかけた。
「うん、ギルド会館に行かなきゃ。日雇いの連中の振り分けするんだ」
「ご苦労だな。フォックスに移った連中、まだ解放されないのかよ」
「事情聴取とかいって、まだ働けないようにしてるみたい」
「『引き抜かれた』なんてライオネルの奴ら面の皮が厚い。あそこがパワハラ酷いのはみんな知ってるし。フォックスに見習い奪われたんじゃなくて、ただ逃げられただけのくせに」
ジェーンは男のほうを見ずに荷造りを進めながらつぶやいた。
「ストライキ、感謝祭までつづくかもね。あたしはそう思う」
「ライオネルの奴らがクソなのはそうだけど、見習いたちも感謝祭にストライキぶつけなくていいのに。ウチもよそも人手足りないっての」
「はは、大ダメージでウケる。よくやるわ」
「? 楽しそうだな。迷惑だろ。お前が日雇いの面倒見なきゃいけなくなったし」
「そりゃそう。でも『職人見習いたちが工房の垣根を越えて団結! チャンドラー業界の横暴に立ち向かう!』なんて面白いじゃん」
「まぁな。新聞からゴシップまで、いいネタにされてら。ライオネルが顔真っ赤にしてんのが笑える」
さっと荷物を抱えて戸口に向かってきたジェーンに男は道をゆずった。
「気をつけて行けよ。会館の階段、短い脚じゃつまづくだろ」
「黙りな、デカいだけのでくのぼう」
言い捨てて中庭に出たジェーンは冷めた顔。
――ひと言多いクソ男が。ライオネルみたいなとこに比べれば、ウチはマシなほうだけどね。
チャンドラーの多くは、女や子どもに任せるのは危ないなどと言いつつ家内工扱いする。さらには祭事や教会への納入のような権威案件のときは、「灯火は穢れのない男の手で作る」などと迷信が根強く残っている世界だ。
「……」
ツカツカと表通りに出たジェーンが目をとめた先。道端でくしゃくしゃになったゴシップビラが風に踊っている。
「さ、取材の時間だ」
ひとりこぼすジェーンの顔はスッキリしていた。
✧ ✧ ✧
チャンドラーギルド会館は日雇いの職を求める人でごった返していた。臨時人員を登録して、必要な工房・倉庫・荷役に回すのがジェーンの役目だ。ギルドは騒動のせいで人の移動にピリついていて、大手のライオネルが当事者のため、老舗かつ中立的な立ち位置のミラー工房が取り仕切ることになった。「ミラーの娘なら顔が利く」と押し付けられたわけだが、ジェーンは気にしていない。
――人が集まるところにネタあり! 美味しい揉めごとが職場で起こるなんてラッキーだ!
名簿に書きこんだり、通行証や手当の受け渡しをしたり。そんな中で、不満や愚痴に耳をそばだて、スモールトークでちょっとした情報を聞き出す。彼女が匿名ゴシップライター・ゴーストの正体だと誰も知らない。
✧ ✧ ✧
『キツネはずる賢い盗人? 弱者を助けるヒーロー?』
『半日に及ぶ執拗な取り調べ! 裏切り者への報復か!?』
夜。ミラー工房の事務室で、ジェーンはゴシップ記事を書きおえてペンを置いた。のびをするとちょうど、あけっぱなしの出入口からカササギが飛びこんでくる。
「来た来た。王女様」
カササギの脚から引き抜いた紙を広げる。ルシナ・アシュフォードからの返信だ。
「ふーん。『大佐はハンティントン王家への復讐のため侵攻を計画』……やっぱり。『しかし捕虜の私を虐待することなく、アシュフォード邸では女主人というより客人扱い』『毒殺未遂事件はもちろん、公の場では保護してくれるが、屋敷では大佐と接点が少なく戦後処理のための婚姻生活と感じる』……」
カササギがジェーンの頭にとまり、束ねた毛先をついばんだ。彼女はカササギにかまわず視線を手紙に落としたまま。
「『大佐は強硬な軍人である評判だが、アストニア王を尊重する姿勢』……『ギブス家令息との婚約は名目上のもの。幼少期に数回文通したが顔を合わせたことはない』……」
ジェーンはつまらなさそうに頬杖をついた。
「ほんとにぃ? こんなイイコちゃんな答えがほしいんじゃないんだけど。パーティーでイチャついといてごまかせると思ってんの?」
イヒヒ、と悪い笑みを浮かべる。
「ま、王女様だってホイホイほんとのこと書くわけないだろうし、時間かけて懐柔しないとね。アシュフォードの屋敷から蝋燭のオーダー入ったし♪」
ジェーンは気まぐれにルシナの文字を指でなぞった。
『秋の気配も深まり、朝夕は肌寒くなってまいりました。どうかお身体を大切にお過ごしください。P.S.キャンドル作り難しいです。表面がへこまないコツはあるのかしら?』
――顔見知りになったとたん、挨拶なんて添えちゃって。甘ったれな王女様だな。こっちはスキャンダルを食いつくすゴーストなのに。
ふふ、とジェーンの口がゆるむ。
「女の子同士の文通ってこんな感じなのかな」
ふたたびペンを持ちあげたジェーンだが、ガサッと中庭からした物音に気をとられる。
「?」
近づいてくる足音。
「誰?」
ジェーンはいぶかしげに腰をあげて戸口に向かう。ひょこ、と中庭に出た彼女の顔に大きな影がかぶさった。
✧ ✧ ✧
「コーネリアスはだめ! 入っちゃ……」
夜もふけたアシュフォード邸。ルシナは私室の前で、コーネリアスの体を押し返そうとしていた。びくともしないのだが。
「なんだ」
「だ、だめっ、見ないで」
「何を隠して――」
ルシナが彼の視界をさえぎることなどできず、コーネリアスの視線は部屋の奥の机にバッチリ注がれた。キャンドルの手作りキットが広げられている。
「……っ、見ないで」
ただよう甘い香りが廊下にまでもれているのが、ルシナの顔をさらに赤くする。
――もうバレバレだわ。
「か、感謝祭になったら見ていいですから……」
コーネリアスはくすっと笑った。
「わかった。見ないよ」
「……片付けるから待っててください」
「いや、ゆっくりすればいい。今夜は俺も仕事が残っているから」
そう言ってコーネリアスはルシナに顔を寄せた。ちゅ、とやわらかいキスがルシナの額に落とされる。そのまま、まぶたや耳元にすべる唇。
――くすぐったい。
「えへ、へ……」
きゅ、と目を閉じると静かに唇が重なった。ふれるだけでもとろけそうな口づけ。
「――おやすみ、ルシナ」
「おやすみなさい、コーネリアス」
✧ ✧ ✧
――バレちゃったけど、いいよね。それよりも、もっと上手に作らなきゃ。
にやにやしながら机を片付けるルシナ。キャンドルの試作品を箱にしまう。ふーっと、明かりに使っていた蝋燭を吹き消す。出窓に向かいカーテンを閉めようとしたルシナは、ふと手をとめた。
「……ん?」
庭に誰かいる。使用人の誰かかな。こんな時間に?
目をこらすと二人組らしく見えた。もたついたような歩き方。彼らは庭を通りすぎてキッチンがある方向に消える。
勝手口に行ったのかしら。侵入者、じゃないよね。コーネリアスに言ったほうがいいかな。
ルシナはドキドキと様子を見守った。しばらくするとひとりが庭に現れた。来た道を戻っていくような動線。
「あ……軍の人だ」
月明かりのおかげで、その男が着ている軍服が今ははっきり見えた。少しほっとするルシナ。
コーネリアスに用だったのかな。もうひとりは? どうして裏口からコソコソ出入りしているの? なんで――こんなに胸がざわつくの。
✧ ✧ ✧
「~~~~」
――やっぱり。ここからかすかに声がする。
キッチンの隣にあるワイン庫の前でルシナは息を殺していた。コーネリアスの部屋をノックしても反応がなく、1階まで降りてきてしまったのだ。使用人も寝静まった屋敷の中だが、ルシナには自分の動悸がうるさいくらい聞こえた。
「……」
レンガ造りのアーチ状になった戸口からそっと、ワイン庫に顔を突っこむ。
誰もいない……。
足音を立てないように歩く。ワインの並んだ細い通路を奥まで行くと質素な木の扉があった。
「~~~~」
低い声が中から聞こえる。ゆっくり扉を押すと、キィと小さな音が鳴り、ルシナはびくっと飛びあがった。少しだけあいた扉の中をのぞく。
階段だ。地下にも保管庫があるのね。
「……」
暗い階段に一段ずつ足を降ろすルシナ。階下に着くと、狭い石壁の奥からほのかに明かりがもれていた。
ドクン。
ドクン。
冷や汗が伝い、心臓が脈打つ。
私、どうしてこんなこと。やめたほうがいいのに――。
「そろそろ認めろ」
――コーネリアスの声だわ。
「俺の妻の誘拐を企てたな。誰に雇われた」
誘拐――!?
ぴたりと石壁に背を張りつけたルシナの耳に別の声が飛びこんでくる。
「知らないって。誘拐はそっちだろ」
「……っ!」
ルシナは思わず叫びそうになり口を押さえた。コーネリアスの相手の声に聞き覚えがあったから。
「いきなり連れてきてなんなんだよ」
――ジェーン。どうしてここに。
✦ つづく ✦




