蜜月に影
『冷徹戦鬼、王女には陥落!? 薔薇の庭園で熱い情事!』
例のごとく下世話な『Ghost Whisper』の最新ゴシップは巷の話題になっていた。王都のショッピングギャラリーの帽子店では、買い物にきた令嬢たちがゴシップビラ片手に女店主とおしゃべりに興じる。
「『ダンスよりキスがお好き?』……ふふ、そういえばお姿がいつの間にか見えなかったわね、アシュフォード夫妻」
「すっかり人気のカップルだわ。ねぇ、ゴーストって公爵家で働いているのかしら」
「招待客の中にいるのかも。あのパーティーは貴族も平民もごったになっていたから」
✧ ✧ ✧
「大佐と王女の仲が深まっているではないか」
古びた排水路にビラが打ち捨てられる。石の低いアーチと湿った壁で閉ざされたそこに、苛立った声が反響した。
「『夜を徹した看病』だ『公爵邸での密会』だ次から次へと……早く引き離してしまえばよかったものを」
「彼らが結びつくのは想定どおりでしょう」
なだめる声がまじる。石の隙間ごしに地上からの光が点々と落ちると、数人の人影が浮かびあがる。男たちがまばらに集まっているのだ。
「私は最初からずっと反対だ。毒を盛るなど。万が一……王女が死んでしまったら……」
「万が一にも起こりえませんよ。疑念を植えつけるためと納得したはずでは」
「回りくどいマネを……次の星の暦まで時間がない」
「せっかちですな」
「気がせいて当たり前だ。便りの途絶えた同志は数えきれない。アシュフォード……蛇のようにしつこい奴め」
「……こちらも蛇を放っている」
一同は口を閉ざした。ひとりが淡々とつづける。
「疑念の芽は今、王女の心の内ですくすくと育っている。我々が膳立てた甘い蜜を吸って」
わずかな日差しが陰り、石に閉ざされた空間は暗くなった。
「俗世の幸せが壊れたとき、彼女は進んで身を捧げるだろう」
✧ ✧ ✧
夜のアシュフォード邸。静かにひらく扉の音で、ルシナは寝る前の読書の手をとめた。廊下からコーネリアスが顔を覗かせる。彼はベッドの上のルシナと目が合うと、少し驚いた顔をして固まった。
「あ……入りますか?」
「いや……その、寝てるかと。起きていたのか」
なんとなく歯切れが悪い。戸口に突っ立っている彼を不思議に思ったルシナは、ベッドから降りて扉に向かう。
「どうしました? 入らないんですか」
ほんのりどきどきしながら尋ねるルシナ。
「今夜は片付けることがあるから……顔を見にきただけだ」
「そう、ですか」
――寝てると思ってるのに、顔を見にきたなんて、変なの。
変、と思いつつ、ルシナは鼓動が大きくなった。
「ゆっくり寝ろよ――」
コーネリアスがルシナの額にキスを落とす。
「……っ」
――お、おやすみのキス!! きゃ~~っ♡!!
暴れる心を抑えて、ルシナはしどろもどろに応える。
「お、やすみなさい」
「おやすみ」
ふんわり笑って離れようとする彼。だがルシナはその腕をくいっとひいた。
「コーネリアス」
背のびしたルシナが、引き寄せた彼の唇に自分のを重ねる。
「……!」
目を丸くするコーネリアス。数秒、軽くふれるだけのキスだった。
「貴方も、なるべく早く寝てくださいね」
熱くなった顔のルシナが視線を落としてつぶやく。瞬間、ぐいっと顔を上向きにされた。息を奪うように口づけされ、ルシナの胸は空気の代わりに甘いときめきでいっぱいになる。
「……ん♡」
「はっ……」
唇が離れても至近距離にある彼の目元は、赤く染まって見えた。
「……おやすみ、ルシナ」
ぎゅぅっと閉じこめるように抱きしめられて、頭の上からささやかれる。
「ほんとに、今夜はこれだけ」
そう言った彼の腕はしばらくルシナを逃がさなかった。
✧ ✧ ✧
「ふへへ……♡」
ルシナはゆるんだ顔でベッドにぽすっと倒れこんだ。
――おやすみ、だって♡ ぎゅ~ってされちゃった……♡
「へへ……」
にまにましながら寝返りをうつと、今度はコンコンとノックの音がする――扉と反対の方向からだ。
「!」
ハッとして起きあがったルシナの視線は、窓辺に吸い寄せられる。駆け寄ってカーテンをかきわけると、外でカササギがホバリングしていた――4羽も。
「え……」
ふぉ、フォーマンセル!?!?
内心ツッコミながら窓をあけると、「もう限界」とばかりにカササギが飛びこんできた。ドサッと机に大きな荷物を投げだすとバサバサ羽をせわしなく動かす。
「あっ、あっ、外すねっ」
脚にくくりつけられた紐を解くルシナ。
「重かったでしょう」
自由になるなり、カササギはルシナの指にがぶっと食いつく。
「いてて、なんで怒るのぉ……っ」
憂さを晴らしおわったのか、カササギたちはあっという間に夜空に飛び立ってしまった。
「あ、ありがとうね……!」
見送るルシナの声は届いていなさそうだ。ふぅ、と息をついたルシナはまじまじと机を見る。
ゴーストからだわ。頼んでいた調べものをしてくれたのね。
荷物のうすい包装をはがすと、分厚い紙束が顔を出す。
「……」
コーネリアスとの関係は変わった。過去を知ることで彼への未練を断ち切りたいって私の気持ちも……変わった。これから先もこの初恋と付き合っていく、という覚悟がなんとなくできつつある……でも。
「苦労して手に入れたものだし、目を通すくらいはしましょう。ゴーストのリサーチ力も気になるわ」
ルシナは、よし……と長い夜になることを覚悟して椅子を引いた。
✧ ✧ ✧
――これだけよく集められたものね。ゴーストは何者なのかしら。
ルシナは整理したスクラップを目の前にして感心した。ゴーストには10年前のハンティントンの神殿に関する王国新聞や評論誌の記事を集めてもらった。もちろんギブス子爵家粛清事件について知りたかったのだが、「ハンティントンの宗教建築の研究」を表立った理由としてゴーストに依頼していた。調査の目的を隠したかったのだが、ゴーストの手腕ならリサーチ中にルシナの真の目的に勘付いたかもしれない。
「散々私をゴシップネタにしたんだから、守秘義務みたいなのを守ってくれないかしら……甘いかな……」
少し頭を抱えつつ、ルシナはペラっと片方の紙の山から抜きとる。ギブス事件の審問の流れや、神殿献金着服の計画性などが書いてあれば当たりだ。今度はしっかりと内容に目を通していく。
〝財務大臣補佐一家粛清〟に関する当時の新聞の社説や投書欄。突然の処刑に「正義の執行だ」「管理体制の怠慢。粛清はやりすぎだ」などと対立する意見。国民感情も荒れていたことがわかる。
ギブス家の嫡男が末の王女の婚約者であったという小見出しも少しばかり発見し、ルシナはさらに顔を曇らせた。
「やっぱり大事件だよね……王室に近い新聞はギブス家の批判ばかり……国賊だもの。でも事件後もギブス家を擁護する声があったんだ……三流誌……いや、それ以下の記事だけど……」
当時は政治をよく知らなくて、ギブス家について私自身は実直で有能だと紹介されたし、一方で腹黒い野心家だという噂もあった。利害がぶつかれば悪評、一致すれば称賛の評判になるのだろうし、王室や神殿の目を恐れただけで、実際はもっとギブス家の味方がいたのかも。
「私――」
婚約者なら庇うべきだったのかしら。事件を聞いた直後はすごくショックで、彼らが大罪人だとすぐに思いこんだ。だって、他ならぬ王室と神殿が決定したことだもの。
「審問はどんな様子だったのかな……これは」
『消えた神殿献金』――ハンティントンのゴシップだわ。こういうの、どこにでもあるのね。
呆れ半分に手に取ったルシナだが、一瞬でゾッと背すじが凍った。
そこには、炎に包まれたギブス子爵邸や焼け跡の遺体などが悪趣味に描写してあった。
「こ、こんなの、実際には見てもいないくせに……」
センセーショナルな脚色だと思いこもうとしても、心はずしりと重くなる。それでも彼女の手はのろのろと紙の山へ分けいった。
✦ つづく ✦




