悪役百様
「絵になるわぁ……!」
羨望のまなざしが向けられるほど完璧なエスコート。ルシナはコーネリアスの腕に黒いロンググローブをした手を添え、ほんのりと顔を赤らめた。
「ゴーストの新刊、読んだ?」
「アシュフォード夫人の毒殺未遂事件でしょう」
「『冷徹な戦鬼の献身的な看病』とか『凶刃から愛妻を守り抜く大立ち回り』とか!」
「黒い噂もあったけど、ロマンス劇も顔負けのカップルね」
「敵味方を超えた愛を引き裂こうとするなんて身のほど知らずだわ」
「ご体調は大丈夫なのかしら。王女殿下はご苦労も多いしお可哀想」
ルシナの耳に入ってくる声は、手のひらを返したように同情的で複雑な思いがした。
でも、これだけ話題になっているならゴーストも満足してくれるよね。それにしても――
ちらりと隣のコーネリアスを見あげる。彼はまっすぐ前を見据えている。
コーネリアスったら一度もこっちを見ない。いつもしつこいくらいジロジロ見張ってくるのに。馬車の中でも無反応だったし。せっかく耳飾りつけたのに……!
「あら遅かったじゃない。アシュフォード大佐」
頭上から声がして、ルシナの内心の文句はさえぎられた。
「貴方のための会だってお伝えしたはずよ」
幅の広い階段から優雅に降りてくるのはホストのホルム公爵夫人だ。身を包むのは黒紫の重厚な絹サテンに鈍く光るスパンコールを点々と縫いこんだドレス。大きくひらいた胸元をガーネットが飾る。ルシナは彼女のオーラに身を固くした。
「こういった場は不慣れなもので」
コーネリアスはさらりと返した。
「国を牛耳るより難しくないでしょう」
「なんのことだか」
「とぼけなくていいのよ、戦争屋さん」
階下に到着した公爵夫人とコーネリアスの間にあからさまにピリッとした空気が走る。
「アストニア帝国は陛下の采配のみにゆだねられております」
「やぁね、褒めたのよ。お勤めご苦労さまですわ」
公爵夫人はルシナに視線を寄こした。
「アシュフォード夫人、ドレスは気に入っていただけたかしら」
「はい。お気遣いありがとうございます。助かりました」
「よかった。私の友人に手を出す不届き者は許せませんわ」
「家の不始末にご配慮いただき恐縮です」
コーネリアスも言葉を添えると、公爵夫人はニヤリとした。
「私にまた借りができたわね、大佐」
「……」
「いいのよ。噂のカップルを引っ張りだすためですから。見てごらんなさい、大佐のエスコートにご婦人方の目がハートよ。今夜は貴方たちをダシに人を集めたようなもの。それを許してちょうだいね。これからも助け合いましょう」
公爵夫人が差しだした手をコーネリアスがとる。軽く身を屈めて大ぶりの指輪に口づけた。
「……公爵夫人のお力には及びませんが、国のため尽力させていただきます」
「まぁ! 社交が不慣れなんて噓つきね! うちの息子たちにも見習わせたい」
これは……嫌味の応酬に見えるけど、仲直りってことよね? コーネリアスは社交嫌いで通ってるみたいだし、今日はきっと公爵夫人に譲歩する姿勢を見せに来たんだわ。だから――妙に私に甘い態度なのかも。
「アシュフォード夫人、時間が合えば一局指しましょうね」
「はい、ぜひ」
「ゆっくり楽しんで」
さらりと手をあげ離れていく公爵夫人は、招待客の波に消えていった。すかさず数人の紳士がコーネリアスの前に出る。
「大佐閣下、失礼。今夜は商人も多い。港の顔を立てる話を二言三言だけ」
「私も英雄にぜひご挨拶を」
などと、あっという間にアシュフォード夫妻は人に囲まれてしまった。
✧ ✧ ✧
ホールの一角ではひとりの令嬢と取り巻きがグラスを片手におしゃべりに興じていた。
「準貴族から学者や職人まで……爵位のない者が社交界に足を踏み入れるなんて」
「金さえ出せば同じ席だと勘違いする人がいるのが滑稽ですわね」
「低俗な顔ぶれと同じ空気を吸うくらいなら欠席のほうが品があるってものよ。お父様が行けとおっしゃるから仕方なく来たけど……もう帰りたいわ」
――お父様、最近私に当たり散らすんだから。私の縁談が決まらないのはお父様がえり好みするせいじゃない! 私は役立たずじゃないわ!
不満げにぐいっと飲み干したワイン。令嬢がおかわりを求めてテーブルに目をやる。しかし、彼女の視線は一点にとまった。
「……」
そうよ、荒れだしたのはアストニア城に行ったあたりから。お父様、私を未来の総司令官夫人にするって……もう話はついてるって言ってたのに……なんなのよ!!
彼女は、フンと足を踏み出した。
「……敵味方を超えた愛ですって? 冗談じゃない」
✧ ✧ ✧
ひとりで壁際に立つルシナ。コーネリアスは「人の目があるところにいろ」と言い残してルシナにグラスを持たせると、紳士たちに引っぱられて行ってしまった。
「ぜんぜん帰ってこない……」
遊びに来ているわけじゃないし、わかってはいるけど……もっといっしょにいてくれないの。期待ばかりさせて。昔は……きれいだ、きれいだ~って恥ずかしいくらい言ってくれたのに。
「……飲んじゃお」
くいっとグラスを煽ったルシナだが、すぐに「?」と口を離す。
「レモネード??? お酒じゃないじゃない……!」
あの人ったら、まったく。待たせるならお酒持たせてよね……!
ルシナはぷくっと怒ってドリンクのテーブルに向かった。
「あら、戦利品の元王女様じゃない」
人影が立ちふさがった。
「公爵夫人からお招きいただくためにどんな汚い手を使ったのかしら」
その令嬢は黒髪と強気な瞳が美しかったが、表情は忌々しげにルシナを見くだす。後ろに付いている娘たちは彼女の取り巻きであろう。ニタニタと笑みを浮かべている。ルシナのほうはといえば、皮肉だらけの社交界でストレートな悪意が珍しく、ぽかんとしてしまった。
ど、どなたかしら……?
「何よその顔。言い返す必要もないってこと? まさかまだ王族の気分でいるんじゃないでしょうね。捕虜の分際で」
「い、いいえ……今の私は大佐の身内としてアストニアのために――」
令嬢のスイッチがカチッと入ったのがルシナにもわかった。
「コーネリアス・アシュフォード大佐閣下はね、この私ヴィヴィアン・ナリクレストと縁を結ぶはずだったのよ!」
「え」
「ナリクレスト伯爵家が相手なら彼に傷がつくこともなかったのに! 貴女が命惜しさに彼をたぶらかしたんだわ!」
彼女――ヴィヴィアンは手近なテーブルにガッと手をのばした。
バシャッ!
「きゃ……」
ルシナの顔に浴びせられたワイン。落ちるしずくが白いスカートに赤い染みをつくる。
「あははっ! いい気味!」
「人の男を獲るとこうなるのよ!」
取り巻きが笑う中、ルシナは茫然と立ち尽くした。
「……」
「ハッ、これでもっと人目を惹くんじゃなくて? 殿方が放っておかないわね、ビッチ」
ヴィヴィアンはおまけとばかりにグラスをルシナに向かって投げつけた。
「っ!」
ぎゅっと身がまえるルシナにグラスは――当たらなかった。サッとのばされた腕が防いだのだ。
「おっしゃるとおり、放っておけませんね」
ヴィヴィアンとルシナの間に立つ青年。彼の登場は、直前の揉めごとにそぐわない澄んだ風を呼びこんだ。
「シャノン、様……?」
✦ つづく ✦




