大人になったら
コーニーにプロポーズされてちょうど1年。ハンティントン王宮のロイヤルガーデンパーティーが開かれる日がやってきた。前年は出席できなかったルシナも、今回はハレの日を迎えることができた――彼といっしょに。
「風が香りを運んで気持ちいいですね、ルシナ王女」
可愛い、きれいとコーニーに散々褒めちぎられて茹であがったルシナは、彼のエスコートで庭園を散策していた。腕に置く手が緊張で汗ばむ。
「ええ、いいお天気でよかった」
ふいに大きな歓声が聞こえた。離れたところにできた群衆の中心に、スラリとした令嬢が佇む。
「お姉さ……だっ第一王女殿下、大人気ですね」
「成人されたばかりで話題になっていらっしゃいますから」
足をとめて第一王女をながめるルシナとコーニー。ルシナはうっとりと口をひらいた。
「すてき。真珠の耳飾りがお顔に映えていらっしゃって……あの真珠は王家の女性が節目を迎えたときにつける品なんです。ほんとうにすてき……」
「輝くようにお美しいですね」
ルシナはハッとコーニーを見あげた。第一王女を見つめる彼の横顔。話を振っておいてルシナは慌てた。
――どうしよう、お姉様のほうがコーニーとお似合いだわ。彼、大人っぽいし、今日はいつにもましてホンモノの王子様みたいだし……!
きゅっと彼の腕を引く。
「い、いくらきれいでもよそ見はダメですよ……っ大人な女性が好きでもあきらめてください……! コーニーには私がいます」
「装いを褒めただけですよ……?」
びっくりした彼の顔がだんだんニヤけてくるのを見て、ルシナはかぁ~っと赤くなった。
「ふはっ、ヤキモチ妬いたんですか」
「ぁ……わ、その……はい」
うぅ、嫉妬深いと呆れられちゃう……っ。よけいに子どもっぽいじゃない。
身をよじって明後日のほうを向くルシナ。その手をコーニーがやさしく包む。
「ルー」
「……」
「こっち見て」
甘くささやかれると、体が勝手に言うことを聞いてしまう。真っ赤で泣きそうな顔のルシナの前で、彼が膝をついた。両手をそっととられて、まっすぐ視線が合う。
「焦らなくてもルシナ王女なら、きっと真珠の似合う女性になりますよ」
どきどきしてたまらないのに目をそらせない。
「ずっといっしょにいますから、ゆっくり大人になりましょう、ね」
「……はい」
風でこぼれたルシナの髪をコーニーがすくう。耳にかけなおしてくれる彼の指がふれ、どきっと肩が跳ねた。
「よそ見してごめんね。僕には可愛いルーがいるもんね」
「……っ」
✧ ✧ ✧
覚えてるのかな。成人祝いの真珠。昔のことは忘れろと言うくせにどうして……? たまたまなのかしら。
ルシナは鏡に映った赤い顔と向き合っていた。耳には大粒の真珠の耳飾り。セリーナが宝石箱からあれこれ首飾りを出してはルシナの胸元にあてる。宝石を付け替えることにしたからだ。
「これにしましょう」
華奢なシルバーの飾りがパチンと留まった。
こんなの期待しちゃう……。彼にとってはパーティーに出向くのも政治か何かのために決まってるのに。はっきり私が嫌いだと言われてしまったのに。
✧ ✧ ✧
「やっぱりホルム公爵邸に集まると、社交界にやってきた感じがしますわ」
「この天井画、昼と夜で印象が変わるのよね」
計算された蝋燭の配置が美しい影を落とすグレートホール。ホルム公爵邸に集まりはじめた招待客は思い思いに歓談の時間をすごしていた。さりげなく奏でられる弦の音がやわらかく響く。
「あの楽団、王立劇場付きじゃないか」
「この距離で聴けるなんて!」
ホールの出入口は受付をさばくのに忙しい。客は寄付金として一定額以上の参加費を払う。こんな会話も聞こえる。
「こういう形の支援なら参加しやすい。さすが公爵夫人の采配だ」
「正直、寄付だけしてパーティーにまで来るつもりはなかったの。チャリティーなんて入口がゆるむでしょう? いつもなら招待状すら来ない方と同席するのは不安で……」
チャリティーパーティーは賛否を呼んでいる様子だ。
「ある程度のふるいにはかけているだろう」
「そうかしら。ほら……」
ある貴婦人が視線を流す先で、はしゃいだ声がする。
「こんな立派なホールはじめて……なんだか落ち着かないわ」
「大丈夫、公爵夫人の名の元にご招待いただいたのだから、追い出されたりしないわ。そんな無粋なことをしたら恥をかくのは上流の方よ。楽しみましょう」
ホールの四隅に配置された長テーブルには給仕がひっきりなし酒や料理を運ぶ。
「ホルム領の鴨の自家製ハムでございます」
「自家製!?」
「燻製のいい香り♡」
ダンス前の腹ごしらえをしようと人だかりができる。
「ホルム公爵家の料理長、王都の有名店を仕切ってたやつらしいぞ」
「王城の宴席にも呼ばれてたって。それを公爵家が引き抜いたんだな」
「パーティーの最後には必ずトライフルが出るんですって」
「聞いたことあるわ。公爵家のトライフルは絶品って!」
「リキュールが染みこんだスポンジと薔薇の美しい層にたっぷりのクリーム……♡」
「まぁ薔薇を食べるの?」
「ええ、それを食べるまでは公爵家に来たとは言えないっておっしゃるご婦人もいるのよ」
食べ物を前にすれば、身分の差による不穏な雰囲気も多少やわらぐ。華やかな喧騒の中、ひと際大きなどよめきが広がった。
「来た」
皆が息を呑み、一瞬静まりかえるホール。コツ、と格子模様の床についた足音が凛と響く。
「アシュフォード大佐夫妻だ」
麗しい男女に視線が集まった。
✦ つづく ✦




