夜会まで
王都中心の職人街は夜も眠らない。表通りは酒場や宿屋の明かりが活気を生み、裏通りも作業音や荷車のきしむ音、夜警の足音がたえまなく行き交う。
通り沿いにレンガ造りのタウンハウスが連なる一角。3階の窓にカササギがとまる。窓をあけた人影がカササギの足元から丸まった羊皮紙を引き抜いた。
「……へぇ、やるじゃん」
✧ ✧ ✧
「ねぇ、これご覧になって! 『アシュフォード大佐夫人毒殺未遂事件』!」
「私も屋敷で読んだわ! 『ロマンス劇に狂った観劇マニアの凶行!』でしょう!」
とある伯爵家でひらかれたお茶会で貴婦人たちを沸かせるのは『Ghost Whisper』の最新ゴシップだった。
「『毒のドレスが亡国姫を蝕む!』『狂気に満ちた目で恋敵に振りおろされる切っ先! 魔女はどちらか』――……まるで実際目にしたかのような臨場感!」
「新聞より2日も早いなんてゴーストは何者なのかしら!? 治安局の人間!?」
「『夜を徹した愛の看病! 戦鬼の口づけで姫は目覚めた』ですって♡」
「そんな健気な一面があるのね♡」
「明日のホルム公爵家のチャリティーパーティーに大佐夫妻がいらっしゃるって聞いたわ」
「身分の混じるパーティーなんて気乗りしませんけど、楽しみができましたわ。ホルム公爵夫人のご招待となればお断りしづらいうえに……ほら最近、夜の王都は人目があっても物騒でしょう? ████伯爵家のご令息が社交クラブの前で暴漢に襲われたじゃない」
「ちょっと前のゴシップでしょう。あれ……うふふふ、可笑しかったわぁ、身ぐるみ剥がされて素っ裸で路地に……っ」
「っ笑いごとじゃないわよぉ! あっはははは! 伯爵クラスを追い剝ぎするなんて、ずいぶん度胸のある盗人がいたものねぇ! こわぁい!」
貴婦人たちの噂話と笑い声は尽きない。テーブルのお菓子は手つかずのまま時間がすぎた。
✧ ✧ ✧
「奥様、ご入浴の準備ができました」
侍女のセリーナの声に、ルシナは眺めていたビラを机に戻した。夜会当日の貴婦人というものは昼すぎから身支度で忙しい。成人したばかりのルシナにとって、正式に夜会に行くのははじめてで、準備に手間どるのはなおさらだ。
――病みあがりでもカササギに間に合ってよかった。記事になったということはゴーストの合格ラインではあるはず。ゴーストも満足するくらい世間も興味を持ってくれたらいいけれど……。
『アシュフォード大佐夫人毒殺未遂事件』のゴシップはもちろんルシナが提供したネタだった。コーネリアスの過去以外で切り売りできるネタが手に入ったのが不幸中の幸いだ。
針子のエリーまでイジられているのは悪いけど、死にかけたんだから許してもらおう……。それにしても私が教えた情報よりずいぶん盛りに盛っているような……。
「これじゃあロマンス小説みたいだわ」
つぶやいて立ちあがったルシナは浴室へ向かう。
私は彼が朝、そばにいたことくらいしか覚えてないのに。大げさなセリフまでつけちゃって、何よキスって……。でも、事実とかけ離れていたほうが彼に私が情報源だと疑われないよね。
「あ」
しまった。「大佐は王女に情があるから結婚した」と断定させるのはまずいんだっけ? ホルム公爵夫人も言っていたし、彼も夫婦仲をどっちつかずにごまかしたがっているみたいだった。
「――なんて、取りこし苦労ね」
みんなパーティーで私たちが不仲なのを見るだろうし、相殺できるわ。
ルシナを浴室で迎えたセリーナは、彼女が浮かない顔をしているのが気がかりだった。
✧ ✧ ✧
ツヤを抑えた漆黒のトップスが肌を際立たせ、腰の切り替えからストンと落ちるスカートは月白のベルベットがやさしく光沢を放つ。襟元にはスカートに合わせて白の細いパイピングをぐるりとほどこしてある。ルシナの今夜の装いは、統一感をもたせたバイカラーのドレス。モノトーンでまとめたシンプルなものになった。
彼女にドレスを着せたセリーナは、たじろぐほどのルシナの美しさと、過去の無礼を恥じる気持ちがまざりあい勝手にどぎまぎした。
「お、奥様に大変よくお似合いです。お綺麗で……」
ぎこちないが、はじめての世辞を口にしたセリーナに、ルシナははっと表情を明るくした。
「ありがとうございます。私も気に入っているの、このドレス」
「い、いえ。奥様ご自身がお美しいと申しあげました」
「……ありがとう」
ルシナのやわらかい笑みにセリーナは視線を迷わせた。
「し、仕立てが間に合って安心しましたわ。特急でお願いはしましたけれど、ここまで早く仕上がるものなのですね」
「ホルム公爵夫人が手配してくださった仕立て屋だもの」
「たしか配達にきた方がヘロヘロでひどいクマがあったような……」
「言われてみればお針子も……無理をさせてしまったのかしら……」
「公爵家の贔屓でも下っぱはブラックな体制なんですかね……」
はは……と苦笑いしあうふたり。セリーナはブラシを手に切り替えた。
「ヘアセットに移りましょう、奥様」
ルシナはドレッサーの前に座り、セリーナに髪をゆだねた。
――公爵夫人にまた借りを作ってしまったわ。毒殺未遂事件が広まるなり別の仕立て屋を寄こしてくださるなんてフットワークが軽い。あいかわらず豪快な方だわ。
ルシナが鏡に映る自分の顔をみつめていると、扉のひらく音が差しこんできた。
「まだかかるのか。女の支度は長いな」
「ごめんなさ――」
振り向いたルシナは、息を呑んだ。
キャーーーー! コーネリアスーー!!
向かってくる彼は、濃紺のロングコートの三つ揃いでドレスアップしていた。銀糸のひかえめな刺繍とそろいの銀ボタンが陽光を拾う。明るいブラウンのスカーフが黄金色の瞳とよく合っていた。
いつも飾り気ないのにスカーフまでして王子様みたい……! いつにも増してピシッとした髪型も顔立ちがくっきりして……って、なに見惚れてるの!……うぅ、かっこいい……♡
思わず口を両手で押さえたルシナだが、コーネリアスはかまわずまっすぐやってきて、ぐいっと彼女の首にふれた。セリーナは体だけは彼にルシナをゆずった形だが、怪訝な顔をしていた。
「首が熱くないか」
「……っ」
「顔を見せろ」
そろりと手をおろすルシナ。じっと見てくるコーネリアス。
「赤い」
キャーーーー!
「ゆ、湯あみしたせいです……っ」
「熱があるなら隠すな」
「体調はすごくいいですから……!」
「旦那様! お支度残ってるので出てってください! せかしておいてジャマ!」
「な、邪魔……」
見かねたセリーナにわめかれたコーネリアスは、面食らった顔ですごすごと引き下がった。
「まったく。夫婦と言えど女性の着替えに入ってくるなんて……」
ぶつぶつ言うセリーナの陰でルシナは、ぽーっと顔を赤くしてはぎゅっと手の甲をつねって自分を戒めた。
✧ ✧ ✧
シュ、と甘く爽やかなネロリの香りが広がる。香水をふってもらったルシナは霧が落ち着くのをまぶたを閉じて待つ。
「……」
さぁ行こう、と目をあけると――ふと扉の横にくっつけてある細長いコンソールテーブルに意識が引っぱられた。花瓶の横にぽつんとある見知らぬ小箱。
宝石箱? あんなところに置いたかしら。
不思議に思って手にとる。パカ、と軽くあいた小箱。
「え」
ふたつぶの真珠がにじむような光を見せた。
✦ つづく ✦




