正体
「ドレスに毒を仕込んだな」
「……毒? なんのことですか」
エリーは水差しを抱えたままコーネリアスに向きなおる。
「慌てて水を求めておいてぬけぬけと」
「変なことするから飲んだだけですけど」
口調こそ同じものの、エリーの声や表情はルシナの知っているそれではなかった。じり、とコーネリアスはエリーに向かって歩を進めた。
「ふれただけで害があるんだ。口に含めばどうなるかよく知ってるよな」
「知りませんよ。それが毒なら私に飲ませるなんてひどいわ」
「俺の妻に毒を盛ってタダで済むとでも?」
「奥様に何があったのか知らないし、私は何も――」
「気づいてないのか」
コーネリアスがさえぎった。
「『ご無事だったんですね』と言ったな。事情は屋敷の外には伏せてある。お前は何を案じたんだ? 今さら知らないフリはよせ」
「……!」
エリーがサッと青ざめた。戸口で様子を窺っていたルシナの背にも冷や汗が伝う。
たしかに。そうだったわ。じゃあ、ほんとにエリーが私を――?
「……その手袋も妙だ。手仕事の邪魔だろう」
「だ、だから素人にはわからないって言ったじゃないですか。そっきのはただの挨拶だし、私は何も……。そうだ、誰かが勝手に――」
「いずれテーラーにも話を聞くが、実作業を任せる針子に気づかれずに細工はできない。仕立て屋が暗殺集団なら話は別だが」
コーネリアスはせせら笑った。が、すぐ無表情にエリーを射貫く。
「彼の手を離れるタイミングでドレスに細工したな」
「……」
「お前なら作業速度も思いのままだ。じっくりと時間をかけて」
ルシナはエリーと過ごした時間を思い返した。
あれも。あれも……彼女が――!?
「な、なんで……」
壁際でうつむいたエリーはぶつぶつと口の中で言った。
「なんであの女の前でバラすのよ……これじゃ台無しだわ」
「誰の差し金だ」
「……ッ貴方が言ったんでしょ!!」
その言葉にコーネリアスとルシナはぎょっとした。
「なんでよ! 台本通りやったじゃない! 私がちょっとセリフをトチったからってそんなに怒らないでよ!」
「何を――」
「いいかげん目を覚まして! トリスタン!」
しん、とドレッシングルームが静まり返った。
「トリス、タン? お芝居の……?」
ルシナはぽろっとこぼした。
エリーが夢中になっていた町娘と騎士のロマンス劇? コーネリアスが黒騎士に似てると言っていたけど。彼女、異常だわ。どうしちゃったの――!?
「その魔女にあやつられてるのはわかってる。でも貴方だって心の奥底では魔女の死を望んでるのよ! 私にはわかる!」
キッとエリーに睨まれ、ルシナはビクッと肩をゆらした。コーネリアスが体でエリーの視界をさえぎる。
「自白したならもういい、来い」
エリーの腕を掴むコーネリアス。だが、彼女はうっとりとコーネリアスを見あげた。
「トリスタン……私の愛を試してるのね」
ガシャン!
前ぶれなく水差しを叩き落としたエリーは鋭い破片に手をのばす。
「いっしょに魔女を殺しましょう! それで私たち、結ばれ――」
瞬間、コーネリアスが彼女を床に抑えこんだ。
「させるか」
「放して! 殺す! 殺す! 自由にしてあげるから! トリスタン! トリスタンーーーー!!」
コーネリアスの膝の下で暴れるエリー。ルシナはゾッと身を抱きしめた。バタバタと足音がして見れば、廊下を走ってくる従者とフットマン。
「連れて行け」
コーネリアスの指示で、半狂乱のエリーが二人がかりで引きずられていく。壁に張りついたルシナはドクドクと動悸をさせながら目の前の出来事が現実か疑った。
✧ ✧ ✧
「あら、なんか今月は重たいですね」
巾着袋をゆすって中年のメイド長がぽつりとこぼした。
「旦那様よりチップをいただいております」
家令がさらりと応えた。アシュフォード邸の使用人たちは調理場の奥のスペースに勢ぞろいしていた。家令により給金が配られる日だった。
「ボーナス?」
「やった」
一同が浮き立つが、次のひと言で空気は重たくなる。
「奥様の件で皆の力添えに礼がしたいとおっしゃられました」
「……」
「疑ってごめんってこと?」
一番若いメイドが口をすべらせたのを、隣のメイドが肘でこづく。はしのほうで唇を結んでいたシェフがボソッとつぶやいた。
「愚痴ったって主人に毒を盛るようなやつ、あたしらの中にはいないのに」
「疑われるように振る舞ったのはたしかじゃないですか」
きりっとした声が貫く。若侍女のセリーナが発した。
「……私はもうやめる、こんなの」
他の者はセリーナから距離を置くように身じろぎした。セリーナは家令の前に進み出る。
「家の格を貶めているのは私たちですよね。奥様を孤立させたあげく、屋敷の中で彼女が殺されかけるなんて。傍観も同罪ですよミスター・クロウ。家令なら正すべきでしたわ」
「年長者になんてことを」
家令の隣から侍女長が口を挟む。セリーナはひかなかった。
「大旦那様に敬意があるなら、彼がアシュフォード家を任せると認めた旦那様にしたがうのが筋ですよね」
「急に善人ぶってなんですの。奥様のこと垂れこんできてたじゃない。そもそも毒なんて専属の貴女が気づくべきでしょう。職務怠慢のくせに上長に意見するなんて」
「クビにするならそうすれば? 侍女長」
「……っ」
「私もセリーナさんが辞めるなら辞める」
離れて見ていたメイドのひとりがしれっと手をあげた。
「え、わ、私もやめる!」
今度は空気を読んだ新人メイドもつづく。
「貴女たち……」
侍女長が頭を抱えだす。その肩を家令が支えた。
「ありがとうマギー。セリーナも。私が悪かったよ。恥ずかしいかぎりです。皆、この屋敷にとどまってもらえませんか」
「ミスター・クロウ……」
「我々が改めましょう、マギー。若い人は柔軟だ。旦那様がなんというか……ああなのは今にはじまったことではありませんし、奥様は異国からいらっしゃったのですから。まだおもてなしのひとつもしていないのでは?」
「そう、ですわね。貴方がおっしゃるなら……」
侍女長はまだ不満げだったが、口をつぐんだ。セリーナと若いメイドたちは離れていてもニコッと目くばせしあった。二人のメイドは顔を合わせてコソコソ話しだす。
「ねー、旦那様って奥様をすっごく大事にしてるよね。よそのお屋敷で妻の看病する夫なんて見たことないよ」
「聞いた? 〝ルー〟だって。もう愛称で呼んでる」
「きゃー♡」
一方、ほっと息をつくセリーナの前を、シェフがぶすっとした顔で横切る。彼女は調理場のほうに向かうようだった。
「あ、ジョーンさん……っ、まだ休憩ですよね」
「ああ?」
不機嫌丸出しで振り向くシェフ。セリーナはたじろいだ。
「も、もう仕事に戻るんですか? 私が先に出ていきますから。生意気なことを……申し訳ありません」
「はあ? あたしに悪者押しつけないでおくれよ」
「???」
「どのハーブが好きなんだい?」
「私ですか……?」
「奥様だよ! このすっとこどっこい!」
「ひぇっ」
「旦那様が王室御用達を取り寄せるくらいだから何がお好きなのかって!」
「き、聞いてまいります」
まごつくセリーナにさっさと背を向けて、シェフは腕まくりした。
「口より仕事だろ。あたしは料理人なんだから」
果物かごからプラムを選びだす彼女は、口を曲げてあいかわらずの表情だった。
✦ つづく ✦




