夜ふけのコンタクト
「旧領残党の足取りはつかめません。潜伏……というよりもう残っていないのでは」
アストニア帝国軍本部の執務室では、ある諜報員がコーネリアスに報告していた。
「追跡の手はゆるめるな」
「了解しました」
「後手に回るしかないのが歯がゆいな」
「別件で頼まれていた伯爵家の資料です。自分が動きましょうか」
「いや、いい。ご苦労。こういった手合いにハンティントンの影はないだろう」
言いながら受け取った紙束にコーネリアスは目を落とす。内容はある人物のスケジュールだった。リストを追う指が途中でとまる。対象が社交クラブに入り浸っている時間帯を示していた。
「……」
✧ ✧ ✧
人形のように立たせられたルシナのまわりをテーラーと針子が行き来する。今日も仕立てのために屋敷を訪れた彼ら。仮縫いのピンを打つ工程だ。ルシナが夜会で着るドレスの色は、動きで表情の変わる深い青に決まった。針子は真剣に作業しながらも、じっとしているルシナに尽きずに話しかける。
「まったく貴族のご令嬢ときたら。家名にモノを言わせてVIP席に横入りですよ! 憎らしいけど羨ましいです。あーあ、私も立ち見から抜けだせたらなぁ。庶民には叶わぬ夢ですよね……」
針子の彼女はエリーという。彼女の趣味は劇場に通うことで、贔屓の役者がいるらしかった。
「でもね、私は幸い衣裳係とコネがあって。彼の衣裳の切れはしをもらったんです」
エリーの明るいマシンガントークが耳に心地よく、ルシナのまぶたが落ちてくる。
「……お疲れですか?」
「あっ……ごめんなさい、大丈夫です。手紙の返事に追われて夜ふかししてしまって。それにいい香りがするものだから」
ちょうど昨夜、公爵夫人から件の夜会の招待状が届いたのだ。
「ご婦人たちにリラックスしていただけるように衣装箱に香り袋を入れて、ドレスに香りを移しているんです。今日は逆効果でしたね」
「今夜はよく眠れそう」
えへへ、と笑うエリーにルシナも笑い返した。
「そういえば気になると言っていたお菓子を用意できましたよ。帰りに持って帰って」
「そんな! 申し訳ないけど……やったぁ! 奥様、ありがとうございます」
素直なエリーに癒されつつ、ルシナはちらりと視線を流した。侍女のセリーナは壁際の椅子に静かに腰をかけている。
エリーとばかり打ち解けてしまって気まずいわ。こんなはずじゃなかったのに。でも、気がねのない話し相手って久しぶりだし……。
✧ ✧ ✧
「針子に菓子を渡したですって?」
アシュフォード邸のキッチン。一日の仕事を終えた使用人たちが遅めの夕食についていた。セリーナがポロっと口にした日中のルシナの様子に、侍女長が苦々しげに反応する。
「旦那様が捕虜を娶ったうえに、その奥様は職人と馴れあうなんて」
侍女長の愚痴にぶっきらぼうなシェフがつづく。
「旦那様が奥様にかまわないから、外の人間に飢えてんだろ。旦那様は奥様といっしょに食卓についてもだんまりだし。監視してるみたいで気味悪い」
セリーナは内心「それはどうかしら」と反論した。
旦那様は奥様の元によく通っているし、日が高いうちからふけっている跡を見ることもある。ただ、たしかにあの夫婦にはただならないものがある気がするわ。
興味がありつつも、若い彼女にとっては上司の顔色を窺って身の振り方を考えるほうが大事だった。
「針子も針子で断らないなんておこがましいですよね。それに役者の追っかけなんて口が軽そうで……」
セリーナがふたりに加わると、シェフはスープを口に流しこみながら忌々しげに言った。
「なれなれしいのは営業だよ。奥様に取りいって御用達になりたいんだろう。ついでにゴシップの種にもなるしね。奥様も旦那様も悪評まみれだから。なのに奥様ときたら相手しちゃって……さみしいね」
「いいえ、奥様の方も針子を贔屓にして……屋敷の衣装係を飛ばす気じゃないかしら」
侍女長がセリーナに視線を流す。
「やめてくださいよ」
「気をつけなよセリーナ」
シェフは冗談めかして笑った。
「しおらしいお姫様かと思えば、最近好き放題だ。味方を引き寄せていよいよ屋敷を乗っ取るんじゃないか?」
「……」
✧ ✧ ✧
同じころ、ルシナは自室で机に向かっていた。手元の燭台の明かりを頼りに書き物にいそしむ。コーネリアスに手紙を捨てられることはなくなり、彼女の元に毎日なにかしらの封筒が届くのだ。
あんなに怒っていたから、外とやりとりできなくなると思っていたのに。やっぱりあの人、何を考えているのかわからないわ。
「あ、シャノン様から……サロンの紹介ね」
ひらいた便箋のリストからめぼしい読書会をピックアップしつつ、過去の新聞と照らしあわせながら熟考する。
主催者が公爵夫人と対立していないほうがいいものね。それにしてもシャノン様、ちゃんと手紙をくださるなんてマメな方だわ。
✧ ✧ ✧
「えーと……これは商品案内で」
サロンへの返事を書きおえたルシナは不要な手紙を整理して、背のびする。
「……よし」
冷めたハーブティーを飲んで喉を潤す。ほっと息をつくと眠気が急に襲ってきた。
「ふぁ……流石にもう寝ねようかな」
フッと蝋燭を吹き消すと、コツンと窓から音がした。
「?」
見れば窓の外に白と黒のコントラストが特徴的な鳥がとまっている。
「カササギ? 夜に? ふふ、夜ふかし仲間かしら」
微笑ましく思いながら窓をあけるルシナ。
「……!」
鳥の足に結ばれた黄色いリボン。ドキリとルシナの心臓が跳ねた。
――まさか。
動悸をさせながらルシナはそのリボンをほどく。滲んだインクで書かれた文字――
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失われたプリンセスへ
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✦ つづく ✦




