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亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 1部

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2/35

初夜



 ちゃぷ、と響く水の音。


 ルシナはぼんやりと意識を取り戻した。そして、自分が一糸(いっし)まとわぬ姿であたたかいバスタブの中にいることに驚いた。


 あれ? いつの間に? 湯あみさせられているということは、ここはアシュフォード閣下(かっか)のお屋敷ね。


 浴室にいる侍女(じじょ)らしき2人は、ルシナの目覚めに気づいたそぶりを見せず、もくもくと仕事に集中しているようだった。若い侍女がルシナの豊かなクリーム色の髪に(くし)をとおす一方、ベテランと(おぼ)しき侍女は綿(めん)タオルをたたむなどして手持ちぶさたをごまかしている。お湯の中を泳ぐ花びらをながめながら、ルシナは経緯を思い返す。


 誓いのあとから覚えていない。気を失ったのね……情けない。生かされた以上、王家の威厳(いげん)をおとしめてはいけない。国は(ほろ)んでも(たみ)は生きているのだから。


 ルシナは、湯気(ゆげ)がのぼっていく白い天井をみあげ、それから自分の背後に視線をながした。


 ――……それにしても、寝ているうちに支度(したく)を進めるなんて少し強引じゃないかしら?


 なにもおかしくないです、とでも言い聞かせるかのようにルシナの髪をとかしつづける若侍女。そして、ベテラン侍女はルシナと目があわないように背を向けつづけている。暗黙(あんもく)の意思を感じとり、ルシナはあきらめた。


 まぁ、アシュフォード閣下(屋敷の主人)が家の名を汚すような結婚を強行(きょうこう)したら、気力を失って投げやりになるのも理解できる。私はこの家でどう扱われようと、王族としての品格を保たないと。生かされ、ここに行きついたのも運命なのだから。



  ✧  ✧  ✧



 夜。時計の針は9時をだいぶ過ぎている。ルシナは用意された自室のベッドに腰かけ、げんなりした顔。



「まだ来ないの!? 初夜なのに」


 待ちくたびれて、ついツッコミつつ腰をあげたルシナは、扉を開けて廊下に顔をのぞかせ声をかけた。



「あの、もう休んでいただいて結構です」



 暗い廊下でじっと立っているのは、ルシナの支度を進めた侍女たちだ。不愛想に去っていくふたりの背中を見送り、ルシナは考えをめぐらせた。


 アシュフォード閣下、初夜を無視して私を(はずかし)めるつもりだったのね。


 パタン、と閉めた扉を背にしてルシナはため息をついた。


 恥をかかされたと広まれば、ハンティントン王国の民に失望されるかも。でも……彼が来なくてホッとしている自分もいる。


 間近に見たコーネリアスの瞳を思い返せば、ルシナはふたたび動悸の気配を感じた。


 彼が言っていた復讐って? 初夜を無視するだけで済むわけがないんじゃ――……。



「……ッ」



 痛み出した胸をあわててグッと押さえる。昔の病弱がぶり返したみたいだ、とルシナは思った。



「少しは丈夫(じょうぶ)になったと思ってたのに」



 力なくベッドまで足を進め、ぽすっと倒れこんだ。もう寝てしまおうと目をぎゅっとつぶる。そして自分に言い聞かせた。


 ――……ここは敵国アストニア。気が休まることはないのよ、ルシナ。明日からは王家の末裔(まつえい)として嫌がらせに屈さず、人前で倒れないようにしないと。



  ✧  ✧  ✧



「誓いの最中で気絶したうえに、初夜に寝込むとはどういう了見だ?」



 声とともに沈みこむベッドの感覚で、ルシナは眠りから引き戻された。



「アシュフォード閣下……!」



 青ざめて飛び起きたルシナは、ベッドのふちに腰かけているコーネリアスを確かめた。真っ暗な部屋の中で、カーテンの隙間から差しこむ月明かりが彼をふちどっている。深い黒髪が際立った。



「あいかわらず虚弱(きょじゃく)だな」



 知り尽くしているかのような彼の口ぶりを奇妙に感じたルシナだが、同時に恐怖でいっぱいになった。(おび)えを(さと)られてはいけない、となんとか冷静に話をしようとする。



「軍事に関係ない私の昔のことまで、よく調べているんですね」



 コーネリアスは(こた)えず、じっとルシナを見つめた。無表情にじっと。


 何を考えてるの? 怖がらせようとしてるだけ?


 気をまぎらわせようと、ルシナは髪を整えながら自分から切りだすことにした。



「この結婚が復讐とおっしゃっていましたね。ハンティントン王国を恨むにしても、戦争に勝ってなお何を求めるのですか、アシュフォード閣下」


「夫を家名(かめい)で呼ぶのか」


「……」



 せせら笑うコーネリアスに、ルシナは思わず詰まった。呼び名なんかを気にする場面ではないだろうから。



「…………コーネリアス様」



 戸惑いつつ口にしたルシナを、彼はまたじっと見つめる。ルシナはいたたまれなくなった。



「失礼でしたでしょうか?」


「ハハハハ」



 顔をおおって笑い出したコーネリアスに、ぎょっと固まるルシナ。



「ハハ、鈍いな」



 そう言ってコーネリアスの腕がのびた。トサ、とルシナをベッドに押し倒し、ふたりの顔が近づく。



「婚約者の顔を忘れたのか?」



 彼の影が濃く落ちているルシナの表情は、動揺を深めた。



「私に婚約者なんて――……」



 言いかけて、彼女は唇をつぐむ。


 ――……コーネリアス様。コーネリアス様……?


 カチっと大きく鳴った時計の針とともに、ルシナにひらめきが落ちてきた。



「コーニー……?」



✦ つづく ✦

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