公爵夫人との対決
1、2、3……公爵夫人と私を含めて8人。
ルシナは教会の涼しい廊下で前を歩く人を数えた。移動しながら貴婦人たちは公爵夫人に落ち着いた調子で話しかける。オーディションの騒がしさとはかけ離れていた。
「ご紹介いただいた仕立て屋、お噂以上でした。おかげで今年の社交に精が出ますわ」
「力になれて嬉しいわ」
「以前お貸しいただいた書物、とても示唆に富んでいましたわ。特に統治者の節度の章が……」
「貴女ならきっとわかってくださると思った」
懇意にしている様子だし、この方たちがお気に入りみたいね。さっきの選別はパフォーマンスだったのかしら。でも。
ルシナの目には集団からわずかに遅れ、紅潮しているひとりの令嬢が映る。ルシナより少し年上くらいだ。
彼女は新参者っぽい。お気に入りになって日が浅いか、もしかしたら選ばれるのがはじめてなのかも。バザーで良い働きをなさったとか?
✧ ✧ ✧
「あら、チェス盤があるわ。前はなかったのに」
公爵夫人は応接間に入るなりぽろっと口にした。お茶会はここで行われるようだ。質素だが居心地のいい部屋。テーブルのすみに年季の入ったチェス盤が据えられている。ゲームが終わったと見える盤面。
「お好きなんですか?」
「嗜む程度よ」
ルシナの質問に公爵夫人はさらりと返したが、他が口を挟んだ。
「そんな。公爵夫人はお強いんですのよ! 夜会で紳士をバッタバタ倒しちゃって爽快でしたわ」
「殿方が手加減してくださるのよ」
「まあ、ご謙遜なさって!」
「アシュフォード夫人も王族ならチェスを嗜んでいらっしゃるのでは?」
皆がルシナに顔を向ける。
「ええ、多少心得ております」
チェスはハンティントンの王宮では教養のひとつで、男性のプレイヤーが多いものの貴族に人気の遊戯だった。アストニア帝国でもそうだろう。
「指しながら話しましょうよ」
言いながら公爵夫人はボードをテーブルの中央に引きずった。貴婦人たちはルシナに席を譲るように椅子やソファに散らばって座った。
「私たちでは公爵夫人の相手にならなくて、いつも退屈させてしまいますの」
「新鮮な対局になりそうですね」
外にいたときから、わざと王家だの爵位だの格の違いを強調したり……挑発しているみたい。非常識な結婚をしたけど、これ以上教会に敵対する気がないと示してほしいんだわ。そもそもバザーに私を招待したのはそれを確かめたかったからでしょうし。
ルシナは公爵夫人の正面に腰をおろして、夫人が駒を並べ直しているのを見ながら思案した。
向こうから接待のチャンスを振ってくれるなんて運がいい。みんなの前で従順なところを見せれば公爵夫人に満足していただけるはず。でも――
「花嫁に白を譲るわ」
「ありがとうございます」
満足したらきっともう私に用はない。また私的な集まりに呼んでもらうには従順なだけではダメ。さっきの様子だと、つまらないと思われた貴婦人は相手にされないみたいだし。
「はじめましょう」
――ゲームをお膳立てして楽しませないと。
白の♙から指しはじめたルシナに公爵夫人もつづく。ふたりは序盤の形を交互に組み立てていった。
「強い駒を前線に出すために、ああやって弱い駒を進めて道を開けるのよ」
「へぇぇ」
見ているひとりが、隣の貴婦人にヒソヒソと説明しだした。チェスに不慣れな貴族女性も多い。
「どっちが強いんですの?」
「あはは、まだわからないわよ、もう。でもアシュフォード夫人は、正統派ね。盤の真ん中に駒を集めてるでしょう」
そう、まずは様子見。私がゲームをコントロールできるかどうかは、公爵夫人の実力次第。お強いと言われていたし……。
ルシナの心臓はドキドキ重たく鳴る。公爵夫人は黒の♝をななめにすべらせた。
「チェック? もう……?」
♝が白の♔に狙いを定めたのを見て、観戦席から声があがった。
「序盤だからチェックメイトできないけど、次はアシュフォード夫人が防衛するだけね」
そのとおり、ルシナは♝の道を阻んだ。次の手で公爵夫人は♞で♙を獲る。ルシナはじっと盤を見守った。
私の陣地に踏みこんできた。初心者だと怖くて踏みこめないことが多いのに。前評判どおり公爵夫人は自信があるみたいね。
「アシュフォード夫人は手堅く守ってばかり。守備は大事だけれど……」
ルシナの一手を見た貴婦人がもらす。黒の♝が白の♘を奪った。公爵夫人はルシナが中央に集めた駒を剥がしていく。解説する夫人の興奮した声があがる。
「白の守りを根こそぎ奪うのね。公爵夫人はゲームの流れを掴む気だわ」
手で口元を隠すようにしてルシナは考える。
獲る判断が早いわ、公爵夫人。これは強い人の指し方――……よかった。持ちあげられているだけじゃなくて。
ルシナの表情が変わったのに気づかず、貴婦人たちはヒソヒソしながら戦況をながめた。
「アシュフォード夫人は♞を邪魔に思ってるのね。さっきから白の♙が黒の♞を何度も追い払って、前線から退かせてる」
「ねばってるけど攻めに入らないとダメじゃないの? ポーンで♞を追ってばかりいるわ」
「終盤に持ちこむか、引き分け狙いかしら」
――違う。このゲームは私が支配する。
ルシナの手が伸びる。
黒を先に勝たせておいて、白が逆転して優位に立つ。そして白がミスをしたところを公爵夫人が攻めて逆転――〝スリルのある展開で黒の勝ち〟にゲームを導いてみせる。
ルシナの伏せたまつ毛の奥で人知れず、瞳に光が満ちていく。
「……」
ここからは私の優勢よ。
コツ、と白い♗が盤に降りた。
幸い誰にも知られてない。私は――チェスが大の得意だってこと。
✦ つづく ✦




