女帝
「公爵夫人のご登場ですね」
わずかに瞳をゆらしたルシナに、青年は軽く会釈した。
「私は自分で窓口に向かいますから。健闘を祈ります、アシュフォード夫人」
「ありが、とう、ございます……あ」
離れていく彼の背中を見送りながら、現れた淑女に気を取られていたルシナは、彼に名前を聞いていなかったことが引っかかった。が、呼び止めるには遅かった。
一方で、その場の貴婦人たちはいっせいに出入口の方に歩みだしていた。公爵夫人に群がる彼女たちは口々に挨拶を添えた。
「ご機嫌麗しゅうございます、ホルム公爵夫人」
「すばらしい奉仕の機会をご用意してくださりありがとうございます」
「今回の寄贈品、公爵夫人のお考えを意識して用意しましたの」
公爵夫人はゆったりと深い声で労った。
「皆さん、今日はよくお集まりくださいました。こうして寄せられた善意が、どれほどの力になるか……」
そこで言葉を切り、彼女は近くのブースの品にそっと手を置いた。
「このレース編みはどなたが?」
取り巻きの中から、ある夫人が興奮したように飛び出してきた。
「私です!」
「まあ。すてきね……職人のような腕前ですこと」
チクリとした声に、その夫人は青ざめた。他人に編ませたのが簡単に想像できる。クスクス笑う貴婦人たち。今日のバザーが慈善の名を借りた社交と値踏みの場だと誰もが理解していた。
離れた場所でひとり静観していたルシナは、公爵夫人の支配者然としたオーラに緊張を強める。そして公爵夫人は――ルシナに視線をとめた。
「アシュフォード夫人ね。よくいらしてくださったこと」
余裕の笑みとともに近づいてくる。ルシナは膝を軽く曲げて丁寧にお辞儀した。
「お招きいただきありがとうございます、ホルム公爵夫人」
「大佐夫人のデビューの場に選んでもらえて光栄だわ」
それから間を置いて公爵夫人が低く言った。
「……ずいぶん熟考されたようだけど」
返事が遅かったことを言っているのだろう。公爵夫人のルシナへの出方を窺っていた貴婦人たちは、亡国の王女をいびる方向にたちまち舵を切った。作ったような声があちこちからあがる。
「急な結婚でしたからお忙しかったのでしょう」
「アシュフォード夫人がお姿を見せないのは、大佐閣下の寵愛ゆえお屋敷に囲われているのでは、なんてお話ししていましたのよ」
「信仰の垣根を超えた世紀のロマンスですものね」
「結婚を許した陛下のご慈悲に教会も少なからず反発したはず」
――あからさまね。
理解していたことだが、教会サイドに祝福されない結婚をしたと言われると、ルシナは居心地が悪くなった。ここが教会の敷地であるからなおさら。
「ホルム公爵家は教会と親密でいらっしゃるし、和平のためとはいえ軍部を尊重するのにお心を砕いたのでは?」
そうだったの!? ホルム公爵家が教会側ならコーネリアスと真逆の立場じゃない。彼、教えてくれたらいいのに。わざと言わなかったのね!?
貴婦人たちの目つきは、ルシナを「面倒をかけておいてこの場に現れた者」と見下げていた。
「公爵夫人に結婚の後援をしていただけるなんて誉れねぇ」
「買いかぶりすぎよ。私はただ式に参列しただけだわ」
ひらひらと手であしらう公爵夫人。ルシナはじとりと汗ばんだ。
公爵夫人、当然結婚式にいらっしゃっていたのよね。
取り巻きのひとりが笑い声をもらした。
「式と言えばアシュフォード夫人が誓いの際に……」
「卒倒されて……」
「ね、私も知ってる」
にやにや、コソコソと顔を見合わせていた貴婦人たちが急にパッとルシナを見た。
「ねぇ、大佐閣下は普段どんなご様子ですの?」
「厳めしい戦鬼に甘い一面があったりして」
きゃー♡と声があがる。
「女同士ですもの。秘密の話をしましょうよ」
「主人の愚痴で盛り上がることもあるのよ」
これは私にボロを出させようとしてるわね。
ルシナは努めて恥ずかしそうに笑ってみせた。
「……今日は私のつまらない話をお聞かせする日ではなく、善意のための日ですから困ってしまいますわ」
しとやかなルシナの微笑み。その可憐さに一同は思わずたじろいだ。
「お騒がせした身で恐縮ですが、恥じない振る舞いをと思い参りました。まずは皆さんの輪の片隅に入れていただければ幸いです」
「あら、復興支援なんてこうして集まっておしゃべりする口実よ」
即座に建前をぶち壊したのはなんと公爵夫人。ルシナは調子を乱されて呆気にとられた。取り巻きがくすっと笑う中、公爵夫人はつらつらとつづける。
「純粋で可愛らしい発想ね。ハンティントンとは勝手が違うでしょう? だから――」
半歩踏みだしてルシナと距離を縮める。
「アストニアでは私を師と思って。社交も噂も全部まとめて教えてさしあげるわ。ここは私の庭ですもの」
ス、と手の甲をルシナに差しだして、公爵夫人は口の端をあげた。
「迷子になったら困るでしょう?」
「心強いです。未熟な私ですがよろしくお願いいたします」
差しだされた手を取ってルシナは身体を沈めた。公爵家と平民に嫁いだ王女。あえて格を持ち出してルシナの反応を見たのであろう。
「公爵夫人に学べるなんて、羨ましいこと」
「間違いありませんわ!」
取り巻きはキャッキャと騒ぎたてた。
「さっそく噂話をしたいところだけど、立ちっぱなしでは落ち着かないわ」
公爵夫人はわざとらしくきょろきょろとしだした。すると、なぜだか貴婦人たちがピリッと身を固くする。ルシナも空気が変わったのを感じたが、状況を掴めなかった。公爵夫人はひとりだけのんびりとして、扇子を取りだした。
「……それに、思った以上に人が多くて……喉が渇いてしまったわ」
彼女は風をあおぎながらルシナに目くばせした。
「アシュフォード夫人、奥でお茶をいかが」
それが何かの合図かのように貴婦人たちは前のめりになった。
「まあ、それでしたらぜひご一緒させてくださいませ」
「私も。アシュフォード夫人のお話を伺える機会は初めてですもの」
公爵夫人はニヤニヤと笑った。
「あらなぁに、アシュフォード夫人はさっそく人気者ね」
ひゅ、と一同は息をのんだ。すかさずうわずった声が挟まる。
「わっ、私は公爵夫人のお話を楽しみにして参りました」
「私は前のお茶会で公爵夫人にご相談した件に進展があって……」
「そうねぇ、バザー会場を任せる人も必要だし……」
もったいぶっている公爵夫人と、異様にギラギラしている貴婦人たちを見てルシナは理解した。
選別ね。〝お茶会〟は選ばれた人しか加われないんだ。そして、それが婦人会の醍醐味なのでしょうね。今回、私はエサとして選ばれただけだろうけど……。
ルシナが見守る中で、取り巻きが次々とアピールしては玉砕していく。
「うちの主人が議会で面白い話を耳にしたようで」
「████家で遺言書が二通あった話でしょう? 知っているわ」
「旅先で公爵夫人がお好きそうな嗜好品を見つけまして。ご一緒にいかがでしょう」
「覚えていてくださってうれしいわ。皆さんにお配りして。私はのちほど」
「東洋医学の先生から、関節に良いと聞いた養生法がありまして……」
「お気づかいありがとう。主治医に聞いてみるわ」
聞いていると、公爵夫人が意地悪なのはルシナに対してだけではない様子。それが救いとまではいかないが、ルシナは少しだけほっとした。
✧ ✧ ✧
「では、この方たちと。他の皆さんは、どうぞ会場を楽しんで」
どんよりと落胆した貴婦人があふれかえり、オーディションは終わりになった。
「ついていらっしゃい、アシュフォード夫人」
公爵夫人はルシナを見やり、聖堂がそびえる方角へ踵を返した。
エサだろうがなんだろうが、選ばれし貴婦人の中に入れるならチャンスよ。次の集まりにも呼んでもらえるように縁を作らないと。
✦ つづく ✦




