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亡国の王女を奪った戦鬼は死んだはずの婚約者でした  作者: 岡村なぎぼ
✦ 2部 ✧ 1章

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14/35

煌めく騎士



「なるほど。貴方がたのように振る舞えば、大佐夫人に絡む男として覚えていただけるのですね。勉強になります」



 その麗しい青年はヘラヘラした男たちに言い放った。彼はルシナを振り返って「アシュフォード夫人、そちらへ」と脇に下がるように小声でうながす。ルシナが思わず黙ってしたがってしまうほどそつがない。そして彼は令息たちに笑いかけた。



「せっかく教えていただいたところで、貴婦人方の花園(はなぞの)にわざわざ出向いて悪名を広めてなんになるのか、私には理解できませんが」



 二人の令息は(けん)を深めた。



「生意気だな。名乗れよ」


「こっちは伯爵家だぞ。ケンカを売るなんて正気か?」


「これは失礼。しがない商家で名乗るほどの家名もありません」



 そこで青年はくすくすと肩を震わせた。



「ふふ、伯爵家のご令息……当主の代理で威光を振るっていたのですね」


「こいつ、この()に及んで……」


「何笑ってるんだ」


「いえ、失うものがない平民仲間かと思えば伯爵家……正気じゃないのはどちらだか」



 カッと怒りで顔を赤くしたひとりが、青年に殴りかかる。



「この野郎!」



 ――が、青年はサラリと拳をかわし、おまけに令息の踏みこもうとする足に自分の足をそれとなく引っかけた。



「ぅわ」



 ひとりでに転んだような格好の男は地面にへたりこみ、理解が追いつかないようで困惑した。そこへ青年が手を差し伸べる。



「ああ。大丈夫ですか、(きょう)……えーと、お名前をいただいても?」



 にこやかにつづけながら、地べたの令息に視線をあわせるように、青年は屈んだ。



「軍部を敵に回しても平気なほどの伯爵家でしたね。このアストニアで」



 ギャラリーの目がこの一角に突き刺さった。



「……まぁ平気というより、考えが及ばないのでしょうね」



 まわりに聞こえないように令息の耳元でささやいたあと、青年は腰をあげた。残された令息はワナワナと唇を震わせている。



「……ッ行くぞ」



 急に立ち上がった男は、連れの腕を乱暴に引っぱると、わき目もふらず歩きだす。それを合図かのように貴婦人たちは()きあがった。



「すてきな殿方(とのがた)!」


「それに比べてなぁに、あの野暮ったい男。田舎臭いのは自分たちじゃない」


「ああ、ハラハラしたわ。こうなるに決まっているのにアシュフォード夫人をお招きするなんて、公爵夫人も人が悪い」


「お手伝いしてさしあげるつもりでは? アストニアの社交界で亡国の王女を手助けできるのは公爵夫人くらいだもの」


「ああ、だからアシュフォード閣下は彼女をここに送ったのね。やっぱり彼女を愛しているのよ!」


「噂の結婚の真相はどちらなのかしら。直接聞きたいわ。公爵夫人がいらっしゃらないと彼女に話しかけづらいわね」



 ヒソヒソというには大きすぎる声が行き交う中、立ち去る令息たち。その背中を見送る青年は呆れた声でつぶやいた。



「恥をかいたぶん、寄付をしていけば少しは見直されるのに。ね、夫人」



 そう笑いかけられて、ルシナはようやく緊張が解けてほっとした。



「あ、ありがとうございました」


「お怪我はありませんか」


「はい。おかげさまで」



 歩み寄るとルシナは、美術品から抜けだしたような彼の清らかさに、自然と背すじを正してしまった。気のせいか木陰に入ったような涼しさすら感じる。


 ――不思議な人。


 ぼーっとするルシナの前で、青年が先に切りだした。



「貴女の寄贈品は?」


「え? ええと……」



 私ったら、お礼も中途半端に見惚れてしまったわ。



「あ、あちらにハンカチのブースがありますから私のも」


「ほう、拝見しても?」


「ええ、どうぞ」



 ぎこちなく青年を案内すると、彼は長い指で一枚のハンカチを手に取った。



「みごとな葡萄(ぶどう)の刺繍ですね」


「そう言っていただけますと(はげ)みになります」


「こちらいただいても?」


「もちろん。ご支援、感謝申しあげます」



 青年はジャケットの胸ポケットを探り、巾着(きんちゃく)を取りだした。ちょっとした仕草も洗練されて見える。流れるようにトレーに銀貨を置いた。



「え」



 銀貨がこんなに。



「あの、寄付金はここに書かれているとおり……」


「チャリティーなら構わないでしょう」



 戸惑うルシナに対し、彼はけろっとしている。



「そうですが、こんなに。私のものが桁外れに高くもらわれてしまうのは……他のご婦人方の目もありますから……」



 こういった寄贈品は、貴婦人が腕やセンスを競っている面もあるのだ。口ごもるルシナを見て、青年はちらりと後ろ目でまわりを気にした。ギャラリーはあいかわらず亡国の王女に興味津々だ。



「失礼、気が利きませんでした。社交にはいろいろあるのですね」



 言いながら、青年は銀貨をいくつかしまいこんだ。



「いえ、助かります……あの、せっかくのご支援をお断りするのもなんですから、寄付窓口にご案内しますね」


「ちゃっかりしていらっしゃる」


「うふふ」



 なごやかに笑いあったあとルシナが先導して歩きだそうとすると、ざわっと明らかに空気が変わった。



「?」



 その場にいる者の視線は出入り口のアーチに集まる。停まった馬車から降り立つ足。深い朱の光沢のあるドレス。うすいレースのショールでおおわれた胸元。上品にまとめあげたグレイヘア。活力に満ちた壮年(そうねん)の貴婦人。



「主催のご登場ですね」



 ルシナの隣で青年が小さくつぶやいた。



✦ つづく ✦

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