波乱の婦人会デビュー
「本当にいらっしゃったわ」
「あの方が亡国の王女?」
ステンドグラスに彩られた細長い双頭を生やした聖堂。その教会に隣りあった緑地には白い日よけを張った仮説ブースが並ぶ。復興支援バザーの会場では、人と荷車が行き交う緑のアーチをくぐって現れたルシナに視線が集まる。
「あれだけ美しければ戦鬼が恋に落ちるのも納得ね」
「でも、アシュフォード閣下の寵愛を受けているなら変よ。敗戦国の王女がアストニアの社交界で浮くのは目に見えているから、彼はしばらく彼女をお屋敷に囲うと思っていたのに」
「じゃあ、あの噂が本当なの? 高貴な女性をいたぶるっていう奇癖……」
「あの結婚で命が助かったのに……お気の毒だわ」
そう言いつつも下世話な声はルシナの耳にも届いた。それでも彼女は背すじを伸ばしてためらわずに足を進めた。
できればハンティントン王国の情報を集めてくれる知り合いを作りたいけど……こんなに注目されたら難しそうね。それなら、せめて次の外出の機会を掴みたい……。
遠巻きにヒソヒソやる貴婦人たちを横目すると、心細くなる。
大丈夫。何も収穫がなくても、一度外出する実績をつくれたから大丈夫よ。
くり返し自分を励ましたルシナは、レセプションに寄贈品を提出し、ちょっとしたやりとりを終えた。さて、とまわりを見渡す。
突撃して話しかけようかしら。いえ、まずは主催の公爵夫人にご挨拶よ。たぶん遅れていらっしゃるはず。だから彼女たちも出方を窺っているのだろうし。
とりあえず店番でもしようかと、手近なブースで足をとめる。往来をながめて立っていると、さっそく人影が近づいてきた。
「ごきげんよう。噂の王女様だろ?」
貴族令息らしき若い男が二人。目の前に並ばれると視界がさえぎられて、ルシナは急に孤立したように感じた。
「思ったよりずっと若いね」
「戦争中に成人したばかりだろう。戦後だったか?」
「本来なら今頃、結婚相手を選んでいただろうに……国を失って、敵将に縛られる人生。なかなか刺激的だね」
勝手に喋りだす令息たちに、口元だけで笑って返すルシナ。
「話の種にしていただけて光栄です」
それがおもしろくなかったのか男は鼻を鳴らし、それからニヤリと歯を見せた。
「大佐との夜はどうなんだ?」
声も落とさず男はつづける。
「文字通り縛られるのか? 焼印で痕をつけるのは本当か?」
「……」
「だんまりだ。記憶が飛ぶくらい激しいんじゃないか」
「可哀想に。今日はひとときの休息だな。話し相手くらいなら僕が務めてもいい」
じり、と彼が一歩踏み出してルシナの顔をのぞきこんだ。
「……向こうでふたりっきりで。やさしくするよ」
「やさしくするって、お前」
もう一人が下品に笑う。ここまで無礼であれば……と、ルシナは令息たちの脇を縫ってその場を離れようとする。
「おっと。お高くとまるなよ。もう王族でもないくせに」
腕を強く引かれ阻まれた。
「痛……っ」
「なんだ、ちょっと触っただけだろ。ドレスの下は傷だらけか?」
「……婦女の肌のことばかり……紳士らしくないですね」
ヘラヘラしていた令息はあからさまにムッとして口元をヒクつかせる。
「図星で強がってるのか?」
「もっとお前に虐めてほしいんじゃ? あんたも大佐と楽しんでいてまんざらでもないんだろう。変態仲間だ」
「なるほど、アシュフォードも手放さないわけだ」
男の手がルシナに伸びる。ぎゅっと身がまえると、ここにはいない彼のことが頭をよぎった。
コーネリアス。助けてくれるわけないのに――
「見てられないな」
間に割って入るスラリとした身のこなし。
「これが社交と呼ばれる行為ですか?」
遠巻きに見ていた貴婦人たちはどよめいた。
「あら、助けが入ったわ」
「どなたかしら」
背の高い青年だった。淡い金の髪も血色のうすい肌も陽の光に溶けていきそうで、彼のまつげがきらめくのが背後のルシナからもちらりと見えた。割りこんだ肩はしなやかだが頼もしい。令息たちはぽかんとしていたが、すぐに調子を取り戻してせせら笑う。
「どこの家門だ?」
「見ない顔だ。平民だろ。それか名の知られてない田舎男爵か?」
青年は柔和な顔を少しも崩さずに返した。
「なるほど。貴方がたのように振る舞えば、大佐夫人に絡む男として覚えていただけるのですね。勉強になります」
✦ つづく ✦




