ep64 静かなる決断
グレイスを出たヤルグは湖に来ていた。
ヤルグが魔力を高めると、それに気づき、ルグリアスが顔を出す。
「ヤルグ様、ご無事で何よりです。」
「お前も元気そうだな。」
「お陰様で。」
ヤルグは大きく息を吸う。
静かな湖畔には優しく風が吹き、どこかで鳥の声がした。
「良いところだな。」
「ええ。今日は天気も良いですし、昼寝でもしてみたらいかがですか?」
「それもありかもしれん。」
しばらく沈黙が続いた。
「アレンの子孫に会ったか?」
「ああ、あの青年ですか。お会いしましたよ。」
「どうだった?」
ルグリアスは質問の意図を掴みかねたが素直に答えた。
「未来ある若者かと。」
「・・・だな。」
「ルトワでマグラに会ってきた。」
「それは恐れ多いですね。」
「・・・俺は死ぬそうだ。」
ルグリアスは一瞬ビクッと反応した。
「・・・そうですか。」
龍を知る者であれば、彼女の予言が決して覆る事が無いことは分かっていた。
二人は黙った。そんな二人をよそに、穏やかな時間だけが流れる。
「お前は・・・」
ルグリアスがヤルグを見た。
「人間が好きか?」
「好きですね。弱く、愚かな生き物です。ですが、それが生き物の本質なような気もします。」
「・・・かもしれんな。」
ヤルグは目を瞑り、風を感じた。
しばらくそうして、目を開ける。
「そろそろ行くとする。」
「そうですか。」
「ルグリアス。色々と世話になったな。」
それが「今」の話でないことをルグリアスは理解した。
「ヤルグ様の元で戦え、光栄でした。」
「そうか・・・それは良かった。」
ヤルグは「また寄らしてもらう。」と残し、湖を去っていく。
その「また」が無いことを悟ったルグリアスは、ヤルグが見えなくなるまで、その後ろ姿を見送り続けた。
翌々日。ヤルグはメルダーナにあるドワーフの坑道に来ていた。
「お久しぶりです。」出迎えたザルクが言う。
「例の物を手に入れてきた。」そう言って瓶に入れた天使の血を差し出す。
受け取ったザルクが瓶を透かして確認した。
「確かですね。では最優先で取り掛かりましょう。」
「どのくらいで出来る?」
「1日あれば。」
「早いな。」
「天使の血は最後の仕上げに使いますので、素体は大方出来ています。」
「そうか、なら今夜はゴロワを借りるぞ。」
「そうして下さい。祖父も喜びます。」
その夜、ヤルグはゴロワと酒を飲み、昔話に花を咲かせ、語り合い、笑いあった。
翌日。
「これがそうか。」ヤルグは受け取った剣を見た。
漆黒の剣身には中央に赤い筋が入り、そこから枝分かれしたヒビのような模様がある。持ち手には火と闇の魔力を高める宝玉が埋め込まれていた。
「見たことない剣だな。」
「我々が考えて作った新造の剣です。剣身に天使の血を加工した薬を施しているので光、雷、風の耐性もついてます。」
「そうなのか。」
ヤルグは数回、剣を振って感触を確かめた。
「悪くないな。」
「ありがとうごさいます。」
「名はなんと言う?」
「カーラスーリャ。祖父が付けました。」
「カーラスーリャ・・・」
「失われた古き言語だそうです。」
「意味は?」
「漆黒の太陽。」
「なるほどな。あいつらしい。」ヤルグはフッと笑った。
「意味があるのですか?」
「魔界に伝わる逸話のひとつだ。魔界には昼夜の概念が無いのは知ってるか?」
「ええ、祖父から聞いています。」
「遥か昔、魔界を治めていた7人の魔王のひとり、ベルハットは恐ろしいほどの高い魔力を有してたとされていてな。奴の炎は太陽さえ焦がし、太陽を漆黒に変えた事で、昼と言う概念が消えた。そんな逸話がある。」
「へぇ、そんな話が・・・」
「まぁ、実際は魔界に太陽なんて元々無いんだがな。それ程までに、高い魔力を持っていたという話だ。」
「火と闇を使うヤルグさんにはピッタリな名前だと思いますよ。」
「有り難く使わせてもらう。」
「是非。」
ヤルグが坑道を出る時、ゴロワとザルクが見送りにきた。
「もうお行かれになられますか。お寂しゅうなりますな。」
「一晩、飲み明かしただけだろうが。」
「それでも寂しいものは寂しいのですよ。」
少し間を置いて、ヤルグが言った。
「達者でな。」
「ご武運を。」
「お気を付けて。」
「ああ。」
森に消えていくヤルグの後ろ姿を見ていたゴロワの目から、涙が流れた。
「じいちゃん!どうしたんだ。急に。」
ザルクが驚き、声を掛けた。
その言葉に答えたのかは分からないが、ゴロワは静かに呟いた。
「ヤルグ様は死に見初められた。いや、ヤルグ様の方が見初めたのかもしれぬ・・・」
ヤルグは北を目指した。ムビアナ最北の地、イルサーナ城。そこにガフはいる。
ヤルグは死ぬ。それは揺るがぬこと。それはガフか、ガイラックか、それともまた別の存在か。
少なくとも、ガフだけはこの手で終わらせる。
ヤルグは木々の隙間から上空へ白い火球を放った。
空高く上がった火球が弾ける。
ガフへの宣戦布告。見える距離ではない。だが、確実に魔力は感じ取ったはずだ。
(貴様を殺す者は、ここいるぞ。)
イルサーナ城の扉の前で、剣を地面に突き刺したガフが立っていた。
一人の魔物が近づく。
「リベル様がファーランへの進攻を開始しました。」
「そうか・・・貴様らは城を放棄し、魔王城の防衛に向かえ。」
戸惑う魔物にガフは続ける。
「ここにヤルグが来る。奴も俺も本気を出す以上、ここら一帯がどうなるかは分からん。巻き込まれたくなければ、ここを離れろ。全員に伝えておけ。」
返事をした魔物は急いでその場を去った。
ガフが見つめる先でヤルグの魔力を感じた。
「役者は揃ったか。」
ヤルグの宣戦布告に答えるように、イルサーナ城に一撃の落雷を落とした。




