ep13 若鱗の笛
湖の中には横穴があり、その奥には水の無い洞窟のような空間があった。
ヤルグはそこにある岩に腰掛け、濡れた身体を乾かしている。
「しかしまぁ、ヤルグ様が人間の姿をしてるなんて、何とも形容しがたい感情になりますねぇ」
ヤルグの前で水から顔だけ出した水竜がほのぼのとした口調で喋る。
「仕方あるまい、こいつを見つけたのが人間だったからな。」そう言うと剣を持ち上げる。
「それが例の剣ですか?」
水竜は聖剣をまじまじと見つめる。
「まぁ何と言うか、自分に止めを差した剣で戦うというのも、皮肉なもんですねぇ」
「笑えん冗談だろ?だがそこらの剣に比べれば質は良いから仕方ない。」
「誰の加護が付いてたんです?」
「エプシアだ。」
「あぁ、慈愛の神さんですか。」
「しかしお前も、一介の魔物から水神とは、随分と出世したもんだな。」
「止めてくださいよ、人間が勝手に言ってるだけなんですから。」
「一体、何があったんだ?」
水竜は思い出すように話し出す・・・
「ヤルグ様の死後、我々は散り散りに逃げました。私はこんなですから海に行きたかったんですが、まだ若かったし今ほど強くありませんでしたからねぇ、怖いじゃないですか、彼ら。」
「海獣どもか。」
「はい。それでこの湖を見つけて、広さも深さも丁度良かったんで、ここに住み着いたんですよ。そしたらある日、近くの森で火が出て。森の火事は足が早いですからねぇ。一帯の森が燃えてしまったらここに水を飲みに来る獣も魔物もいなくなってしまうでしょう。」
「餌の確保と言うことか。」
「はい、そう言うことです。だから火を消したんですけど、それを勝手に勘違いしたみたいですねぇ。それから何十年か置きに人か沈められるようになってしまって。」
「出て行って本当のことを話してやればよかったんじゃないか?」
「それも考えたんですが、ただの魔物と分かって討伐隊とか組まれても困りますし、それに人間なんて弱い生物ですからねぇ。勘違いとは言え、私に縋ることで救われるならそれでもいいのかなぁっと。」
「心の安穏ってやつか。下らんな。」
「でも現に村でどんな厄災があったかは知りませんが、私が助けなくても今日まで村が続いてるわけですし。」
「幼子の命を無駄にしてか?」
「まぁそれを言われるとそうですが・・・彼らが決めたことですしねぇ。」
「それで。」ヤルグが振り向く。
空洞の奥には水竜が集めてきたと思われる葉っぱのベッドですやすやと寝息をたてている少女がいる。
「あれは何だ?」
「ア二ーと言うみたいです。」
「名前などどうでもいい。」
「いやぁ、普段はいつ人が沈んでくるかなんて分からないんですけどねぇ。ガイラックとか言う魔王が現れたって聞いたものですから、恐らく来るだろうと毎日あの場所を見に行ってたんですよ。そしたら案の定。」
「それでここに連れてきたのか。」
「はい。初めは泣いてばかりで大変でしたが、今は何とか落ち着きまして。」
「とは言え、いつまでも置いておくにはいくまい。」
「それはそうですね。」
「俺が村に連れていこう。」
「しかし、それでは村人たちの儀式が・・・」
「居もしない神に生贄を捧げる事に何の意味も無い。奴らもとっくに気付いてるはずだ。」
「しかし・・・」
「奴らがしてるのは信仰でも何でもない。責任転嫁だ。祈りを捧げたのに、水神様は何もしてくれなかった。自分は悪くない。自分は可哀そう。何もしない自分を正当化したいだけだ。」
「彼らはどうなるでしょうか?」
「さぁな。戦うか逃げるかは奴ら次第だ。お前が助けたいなら助ければいい。」
「しかし湖の中では魔王軍の侵攻に気づいても手遅れになるかと・・・」
「若鱗はあるか?」
「あ、なるほど。暫しお待ちを。」そう言って水竜は水に潜ると暫くして一枚の鱗を咥えて戻ってきた。
ヤルグは受け取ると何やら加工をしだす。
「こんなものを作るのは何年振りだろうな。」
「何百年振りじゃないですか?」
「確かにな。」
物音に目が覚めたのか、少女が寝ぼけながら声を出す。
「うぅ・・・ポーちゃん?」
「ポーちゃん?」
「何故かは分かりませんがそう呼ばれてますね。」
目を擦りながら起きてきた少女は、ヤルグを見て人間に出会えた喜びか、知らない大人に恐怖したのか、わんわんと声をあげて泣き出した。
ヤルグがアニーを連れて村に戻ると、再び人だかりが出来ている。どうやら生贄をすり替えたことがバレたらしい。
人の中に親を見つけたアニーが「ママァー!」と叫び駆け出す、気付いた両親も「アニー!」と叫び、アニーを抱き締めた。
怒っていた年配の村人が血相を変えてヤルグに向かってきた。
「お前さん、何て事をしてくれたっ!生贄を連れ戻すなどと、水神様の怒りを買ってしま」
言い終わる前にヤルグが胸ぐらを掴み、額が付きそうなほど引き寄せた。
「それ以上喋るな。水神の前に俺の怒りを買うことになるぞ。」
顔が引き攣っている村人を突き飛ばすと皆に向けて言った。
「ついて来い。水神の正体を教えてやる。」
湖の前に村人を連れてきたヤルグが剣で水面を叩くと、巨大な水竜が顔を出した。
村人達が「水神様だ。」とどよめきだす。
「こいつは水神様でも何でもない。水竜と言う魔物だ。」
「そうなんで」言いかけた水竜をヤルグが見えない様に鞘で小突くと一瞬ハッとし、尊厳のありげな声で言い直す。
「そう、我はこの湖に古くから住まいし魔物。」
「こいつの名前は・・・」
ヤルグが水竜の名前を教えようとしたその時。
「ポーちゃん!」アニーが指を指しながら大きな声で叫んだ。
「・・・ポーちゃんだ。」ヤルグが言うと横から小声で「ちょっと!」と聞こえたがそれを無視をする。
「ポーチャン様」と各々が言う。
そうしてヤルグたちは村人に伝説の顛末を説明した。
「我々が勝手に勘違いをしていたと言うことでしたか・・・」
「そう言うことだ。だが魔王軍に立ち向かうのであれば、手助けするそうだ。」
「本当ですかっ!?」
ヤルグが先程の笛をアニーの父親に渡す。
「これは?」
「それは我が鱗で出来た笛。お前たちが本当に危機に陥った時に吹くのだ。我にだけ聴こえる音がなる。さすれば助けにゆこう。」
「ありがとうございます。」
「あの・・・」一人がヤルグに話しかける。
「貴方は何者なんですか?」
ヤルグは少し考えてから出任せを口にする。
「俺はデルタニアの魔物研究員だ。魔王が現れたことによる魔物への影響を調査する旅をしている。」
村人たちは暫く水竜と話した後、村に帰っていき、湖にはヤルグと水竜の二人になる。
「これで良かったんですかね?」
「さぁな。どんな選択をしたところで後悔はついて回る。後は奴らの考え方次第だな。」
「これからどうなさるのです?」
「正直決めかねてる。北に向かいアリアンを奪うつもりだが、一昨日の魔力の高まりも気になる。」
そう言ってヤルグはデルタニアの方角を見る。
「あぁ、あれですか。確かに凄い魔力でしたねぇ。」
「ガイラックって奴が現れてから、あれ程の魔力を感じたことはあるか?」
「いえ、ありませんね。恐らくオーブを使ったのかと。あんな魔力を普通に使える者がいるなら人間はとっくに全滅してますよ。」
「だろうな。兎に角、魔王軍の情報を知る必要がある。」
それならばと水竜か言う。
「実は湖に別の横穴がありまして、東の方にある小さな泉に出るんですが、その近くに砦がひとつあります。」
「魔王軍のか?」
「元々はムビアナがアリアンや周囲の魔物に向けて建てた物ですが、数ヶ月前は魔王軍が常駐していました。」
「ムビアナ領なのか?」
「はい。ただ今はムビアナもアリアンも魔王軍の物ですから、さほど活用されてないかもしれません。」
「何かしらの情報はあるかもな。」
「分かりません。ですが全く放置されてるとは思えませんねぇ。」
「居る奴を締め上げて情報を聞き出すか。」
「それもひとつかと。」
「近いのか?」
「私に捕まって頂ければ、魔法が切れる前には辿り着くかと。行かれますか?」
「ああ、そうしよう。」
「後、ひとつ気になる事があるんですが。」
「なんだ?」
「ヤルグ様は奴を倒した後、どうなさるつもりですか?」
「そりゃあ、昔のようにこの世界を掌握す」
「しかしながら」ヤルグを言葉を遮る。
「ヤルグ様は勿論お強いですが、昔のように配下を持っているわけではありません。ガイラックを倒したからと言って、奴の配下が掌返して、皆ヤルグ様に従うとも考えにくいです。その様な状況で人間達と闘うのは些か手厳しいかと。」
「・・・確かにそこまで考えていなかったな。」
「いっその事、人間として王になってみてはいかがですか?」
「人間として?」
「はい。ヤルグ様は今、どこから見ても人間です。魔王ガイラックを倒した英雄としてこの世界に君臨するならば、人間達も逆らうとは思えません。それに逆らってきたところで、人間相手であればヤルグ様が負けるとも思えませんし。」
少し思案するヤルグを見て、水竜が取り消した。
「いやいや、出過ぎたまねでした。忘れて下さい。」
「いや、配下でなくなった今もお前が俺のことをそこまで考えてくれているとはな。感謝する。」
「ヤルグ様。その御言葉、痛み入ります。」
「ありがとう。ポーちゃん。」
「魔法切れるまで湖に沈めましょうか?」




