ep12 生贄
ヤルグは地図を見ていた。道に迷った訳ではなく、昨晩の高い魔力の矛先を調べている。
ただ教会で貰った地図は世界地図であった為、小さな町まで正確に記載されておらず、肝心の現在地が判らなかった。
アリアンの首都に向かい北に進んでいた。その位置関係を考えると。などと思いながら歩いていると横に大きな湖が見えた。
地図にも記載されており、大体の位置が掴めた。
「南東・・・やはりデルタニアか。」
神父の話ではまだ落ちてない国はポルガ、デルタニア、ノワルドの三国。国に大きさや位置を考えればポルガを先に狙うはずだが、何故デルタニアを攻めいったのか。
いや、デルタニア側が攻めたとも考えられる。
どちらにせよ、デルタニアと交戦中なのは間違いないだろう。ともすれば東に向かいムビアナを抜けて、交戦中の魔王軍を背後から叩くか、あるいはアリアンを落とし混乱を与えるべきか。
そんなことを考えていると湖の向こうに村が見えた。
(魔王軍に破壊されてなければいいが・・・)
ヤルグは地図をしまい、足を進めた。
村に入ると人だかりが出来ている。一人の男が少女の前に立ち、他の者たちと言い争いをしている。
「リタはまだ4歳なんだぞ!」
「そんなの関係ない!うちのアニーだって6歳だったんだ!」
「決まったことなんだ、諦めろ。」
「止めぬか、神聖な儀式なのだぞ。そんな言い方をしては水神様を怒らせてしまう。」
言い争いの最中、一人の村人がヤルグに気付き近付いてくる。
「旅の方、お恥ずかしいところを。」
「構わん。泊まれるところはあるか?」
「すみませんが、魔王軍も近く、問題が起きてますので。」
「雨風だけ凌げればそれでいい。他には何もいらん。」
「納屋なぞで良ければ。」
「構わん。それでいい。お前たちも村のいざこざに首を突っ込まれたくは無いだろう。」
「すみません、ではこちらに。」
案内されながら、言い争いの中で聞こえる「供物」「生贄」の言葉に人間の愚かさを感じる。
(この村での物資と食料の補給は無理そうだな。いっそのこと、魔王軍のせいにして全員殺してしまうか。)
そんな事を考えながら納屋に向かった。
その夜、文字通り、雨風が凌げるだけの納屋で眠っていたヤルグは気配で目を覚ます。
「誰だ?」
恐る恐る入ってきたのは昼間、娘を庇っていた男だった。腕には眠る娘を抱えている。
「旅の方、どうかお願いがあります。」
「こんな夜中に来てか?」願いが何なのか大方の予想がついていたヤルグは敢えて強く当たった。
「すみません。失礼なのは重々承知なのですが・・・」
「断る。」
「えっ!」
「娘を連れていけと言うのだろう?」
村人は黙り込む。
「それならば貴様が連れて逃げればいい。」
「私では魔物に襲われたらどうすることも出来ません。」
「アリアンが陥落したのなら、どこにいても同じだ。いずれ魔王軍に全員殺される。」
「だからノワルドかどこかに・・・」
ヤルグが睨み付けると村人は身体をビクつかせながらも地面に頭をつける。
「どうか。どうかお願いします。」
「そもそも水神って奴は何なんだ?供物の人間を喰う奴が人間を助けるとは思えん。」
ヤルグには地上に神がいないことは分かっていた。奴らは加護を与えるか天使を送り込むことくらいしかしない。
「実は、遥か昔に村の近くの森で火事が起きたんです。このままでは村が滅んでしまうと言うときに、湖から青く美しい鱗をもつ蛇の様な長い龍が現れ、火を消して村を救ったんです。」
「それ以来、村の者たちはその龍を水神様として祀り、村に厄災が訪れる度に村の子供を生贄に捧げるようになりました。今回も魔王が現れたことにより一人の子供を生贄に捧げたんですが、魔王軍の侵攻は止まらずアリアンが降伏してしまって・・・」
「それでもう一人、生贄に捧げようってことか?」
「はい・・・」
(青い鱗の長い龍・・・)
一人思案しているヤルグに村人が心配そうに声を掛ける。
「あ、あの・・・」
「よし、分かった。」
「では娘を連れてって貰えるんですか!」
「いや、お前の娘の代わりに俺が湖に沈む。」
「え・・・」
「娘を隠しておけ、中を見られぬようにしっかり蓋をしろ。」
「しかし・・・」
「なんだ、娘が死なずに済むのだから良いだろう?」
「貴方は宜しいのですか?」
「構わん。行くぞ。」
翌朝、湖の真ん中まで船で運ばれたヤルグはまるで棺のような箱に入れられて沈められた。重さでバレるかと思われたが、元々沈めるための重りをつけるので疑われる事なく儀式は行われた。
沈みだしてすぐに箱は水に満たされる。
普通の人間であれば、底に着く前に窒息死するのが関の山だった。
(神聖な儀式と言うよりは拷問、いや処刑だな。)
そう思いながらヤルグは自身に魔法をかける。これで少しの間だけ息が出来る。
頃合いを見計らって箱を壊したヤルグの目に同じような箱がいくつも落ちているのが映る。
そこには数人分の風化した白骨死体があった。
(哀れだな。)
気を取り直してヤルグは周囲を見渡す。
(龍がここに居るわけがない、あの女なら火山にいるはず。奴らが言っているのは恐らく竜。青く長いのであれば水竜・・・だとすれば。)
気配を感じたヤルグが振り返ると、そこに巨大な魔物がいた。
8mはある長い身体は美しい蒼い鱗に覆われ、白い一本筋が入っている。四肢には鋭い爪と水掻きがついており、頭には棘の様な4本の角が後方へ伸びておる。
碧色の目が妖しく光っていた。
ヤルグは目を見開き驚いた。
(こ、こいつはっ!)




