05. 首筋の誘惑
図書室を出てすぐ、私はチェリーさんを探して声をかけました。
「それでは、一ヶ月ほど待てば治るのですね……!」
「ええ。ですから、心配いりません」
私の報告に胸を撫でおろし、ほっと安堵の表情を浮かべたチェリーさん。
しかしすぐに、心配そうにワインレッドの瞳を揺らします。
「でも、歯が尖る以外にも症状があるのですよね? どんな病気なのですか?」
「ええ、ちゃんと調べてきましたよ」
私は、どのように答えるかほんの少しだけ迷った後、安心させるように微笑んで言葉を続けました。
「生活に支障の出そうな症状は、何ひとつありませんでした」
チェリーさんの血を見さえしなければ、何も問題はないはずです。
だから、これでよいのです。
無用な不安を与えて、妻の心配を煽る必要はありません。
私はそう、自分に言い聞かせました。
◇ ◇
その日の残りのお仕事は、何事もなく終わりました。
お食事の用意も、湯浴みのお世話も、すべて昨日までと変わらない愛おしい日常です。
チェリーさんの血を目に触れさせないように気をつけてさえいれば、今まで通り平和に過ごせる。
私の胸は安堵の確信で満たされていきました。
そうして、穏やかな一日は静かに更けていきました。
「そろそろ眠りましょうか」
「そうですね、チェリーさん」
薄手のネグリジェに身を包み、二人でベッドへと潜り込みます。
古文書の記述によると感染させることはないようですが、念のため粘膜接触だけは控えます。
唇を重ねることを避けたものの、チェリーさんも薄々感づいているのか、追求することなく受け入れてくれました。
いつものように私の腕の中へとすっぽり収まってくれます。
抱き寄せれば、シャワー上がりのヘアオイルの甘い香りが鼻腔をくすぐりました。
窓から差し込む月明かりに照らされたチェリーさんは、私に身を預け、安心しきったようにそっと瞳を閉じます。
そのあまりに無防備な姿が、愛くるしくてたまらなくて。
私は花に誘われる蝶のように、その滑らかな首筋へと、そっと顔を寄せました。
妻の温もりに触れようとした――その時でした。
蒼い月明かりを浴びた白い首元。
その薄皮のすぐ下に、透けて見えたのです。
とくとく、と。規則正しく熱を打ち鳴らす、一本の紅い血管が。
――どくん。
跳ね上がった心臓の衝撃とともに、思考の隅々へ、あの忌まわしい衝動が染み込んでいくのがわかりました。




