02. 芽生えた不安
小鳥のさえずりと、窓から差し込むやわらかな陽光で目を覚ます、いつも通りの穏やかな朝。
私は真っ白なブラウスに袖を通し、背中でエプロンの紐をきゅっと結びました。
鏡の前でヘッドドレスを整えれば、そこに映っているのは、フィオーレ王城でお仕えするメイドとしての自分です。
仕上がりに乱れがないかを入念に確認していると、ふと、口元にわずかな違和感を覚えました。
舌先で触れた八重歯が、妙に引っかかるのです。
「キウイさん、どうしました?」
鏡に向かって怪訝な顔をしていた私を気にしてか、同じようにメイド服を身に纏ったチェリーさんが声をかけてくれました。
「いえ。こんなに尖った八重歯、あったかな、と」
「そう言われてみると……昨夜も気にかかりましたが、以前はこんな風ではなかった気がしますね」
チェリーさんが私の顔を覗き込みます。私の気のせいではなかったようです。
「でも、急に歯が尖るなんてことがあるのでしょうか」
不思議そうに首を傾げるチェリーさんに、私は記憶を探るように顎へ手をかけました。
「……以前、古文書で、『犬歯が異様に尖る』という症例の記述を見た記憶があります」
私の言葉に、チェリーさんが心配そうに息をのみました。
「症例、ということは、病気……ですか?」
「ふふ、少し怖がらせてしまいましたね。珍しい症例として紹介されていただけで、危険だという記述はありませんでしたよ。だから心配はいりません」
安心させるようにワインレッドの髪を優しく撫でると、チェリーさんは少しだけほっとしたように表情を緩めました。
「でもその本には、病について詳しいことは書かれていなかったのです。念のため、今日のお仕事の合間に、図書室で調べてみますね」
「はい、それがいいと思います」
チェリーさんが私の手をきゅっと握りしめてくれます。
「何か辛い症状があれば、隠さずに教えてくださいね?」
「チェリーさんは心配性ですね。ありがとうございます」
愛しい妻の温もりに胸が満たされ、私はいつものように感謝の口づけを交わそうと、チェリーさんの愛らしいお顔へと唇を寄せました。
チェリーさんも期待するように、そっと瞳を閉じます。
――けれど。
唇が重なる直前、自分の口元の八重歯が脳裏をよぎりました。
(……病の詳細が分からない以上、軽率な接触は控えるべきですね)
一瞬だけ生じた躊躇いを隠すように、私は角度をずらし、チェリーさんの滑らかな額へと口づけを落としました。
「キウイさん……?」
いつもと違う場所に落ちた熱に、チェリーさんが心配そうに瞳を揺らします。
「……さあ、メイドのお仕事の時間ですよ」
芽吹いたばかりの蕾のような不安をチェリーさんに悟られぬよう、私は努めていつもの優しい微笑みを浮かべたのでした。




