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第2話 再出発 4

 4


 私たちが目指した遺跡は、街から半日ほどの距離にあった。

「星詠みの祠」という名前で知られるその遺跡は、古代の天文観測所だった。決して大きいものではなく、地上部分に残る建造物は崩れかけのドーム屋根を乗せた平屋だけ。地下に当時の研究施設の痕跡を残す部屋がいくつかあることで知られていた。

 正確な建造年は不明だが、築数百年は経過しており、崩落の危険があると言われていた。そのため、山賊や追いはぎのようなならず者でさえ、この遺跡を根城にすることは避けていたのだ。

 しかし、そういったリスクを一切、意に介さないのがゴブリンやコボルドといった妖魔たちだ。この遺跡は過去にも何度か妖魔たちの巣窟として利用されてきた。街まで徒歩で半日という近距離にあるため、妖魔が住みつくたび、冒険者が出動して追い払う。しばらくすると、また新たな妖魔が住みつく、ということが繰り返されてきたのだった。

 妖魔が住みつくのを防ぐために一番手っ取り早い方法は、遺跡そのものを破壊してしまうことだった。しかし、この遺跡には500年前の魔界大戦で戦女神の祝福を受けたという伝説が残されており、古い絵巻物にもこの遺跡らしきものが描かれている。そのため、今日まで壊されることなく残り続けてきたのだった。

 数体のゴブリン程度であれば、油断さえしなければ私一人でも十分に対処できる。

 ゴブリンの数が十数体だったら、きちんと戦略を練って戦う必要があるだろう。

 とはいえ、ケタ違いの強さを持つハル(登録上は最低ランクだけど)が仲間にいるのだから、そこまで心配する必要はないだろう。と、思っていたら……

「なあなあ、今回はおっちゃん、見てるだけでええ?」

「んなっ、ちょっと、なんてこと言うのよ!? いちおう仲間なんだから手伝っ――」

「手伝ってあげるのは簡単なんやけどな? それやと、レイナちゃんが経験値を積まれへんやろ? クエストを達成すればランクそのものは上げられるけど、おっちゃんに頼ってたら戦いの技術はいつまでたっても磨かれへん。そのうち、ランクと技術のつり合いが取れなくなって、行き詰まる日が来てしまうで? それこそ『勇者パーティーに加わった低ランク冒険者』と同じことになってまうやん」

 ものすごく痛いところを突かれて、私は黙り込んでしまう。

「それにな、おっちゃんさっきギルドで細かい字書いて疲れてしもてん。今日はもうベッドでレイナちゃんとイチャイチャするぐらいの元気しか残ってへんわー」

 私の顔が一瞬で真っ赤になる。

「サイッテー!!! もういいわよ! アンタの手伝いなんかなくても、自分一人でやってやるから!」

 私はハルに背中を向けて足早に歩きだした。置き去りにしてやるぐらいのつもりで歩いているのだが、ハルはホワホワとあくびをしながらのんびりとした足取りでついてくる。まったく、そういうところも腹立たしい。

「ところでレイナちゃん、お腹空いてこーへん? オヤツ食べる? お弁当もあるで?」

 ……何を言ってるんだコイツは。つい数時間前に朝食を済ませたばっかりじゃない。それに、ギルドを出てそのまま出発したのに、オヤツや弁当を用意する時間なんてなかったでしょうが。

「飴ちゃんいる?」

 歩きながら、ハルが紙袋を差し出した。紙袋の中には、色とりどりの飴玉が入っていて、ぶつかり合うたびにカラカラと乾いた音を立てている。

 言うまでもなく砂糖は贅沢品だ。庶民の口に入ることは滅多にない。菓子のような嗜好品、つまり「食べなくても生きていける物」にお金を出せるのは、貴族などの特権階級だけだった。

「ホントにもう……いったい何なのよアンタは……」

 紙袋から飴玉を一粒取り出して頬張った。柑橘の爽やかな香りと酸味、そして甘味がじわじわと口の中に広がっていく。

 ハルはきょろきょろと周囲を警戒するように見回すと、

「実はな……。食べ物の秘密はコレやねん」

 腰にぶら下げている袋を指さした。

「これ、『もぐもぐポーチ』っていうマジックアイテムなんやけどな」

 なんなのよ、そのフザケた名前。子供向けのおとぎ話に出てくる不思議アイテムなら分かるけど、そんな名前のアイテムがあるなんて信じられない。

「これな、自分が一度でも食べたことのあるものを思い浮かべながら手を入れたら、それが出てくるねん。もちろん、一日当たりの回数制限はあるけどな」

「はぁ!? なんなのそれ!?」

 フザケまくった名前のくせに、とんでもない効果を持ったアイテムだ。これがあれば携帯食料を持ち歩く必要も、食糧確保のために狩りをする必要もなくなる。冒険者稼業をするうえで、こんなに便利な道具はないだろう。そんなものを、いったいどこで手に入れたのか……。やはり謎だらけの男だった。

 そして、私たちは遺跡にたどり着いた。街道から少し外れた森の中に、古びた石組みの巨大な建物が見える。半球状のドーム屋根が、木々の上にそびえ立っていた。

 遺跡の周囲に妖魔の姿らしきものは見当たらなかった。妖魔のほとんどは夜行性で、日光を嫌うのだからこれは当然だった。しかし、私の「危険感知」のスキルが明らかに敵の存在を告げている。姿が見えないだけで、どこかに妖魔が潜んでいるのは間違いなかった。

 私は腰に巻いたベルトを探った。ケースに差し込んでいる投げナイフを1本抜き取り、木々の間に身を隠しながら慎重に進んでいく。妖魔を見つけたら、騒がれる前に仕留めるつもりだった。

 とはいえ、投げナイフはあんまり得意じゃないんだよね……。毎回、ナイフを使い捨てにするわけにはいかないから、外してしまったら後で探して回収しなきゃいけない。その手間を考えると、できればナイフは使いたくなかった。

 遺跡に近づいたところで、私は異変に気づいた。

 遺跡の出入り口の石組みが、一部、崩れていたのだ。経年劣化による自然な崩落ではない。何か巨大なものがぶつかったことで石柱が砕かれ、崩れ落ちたようだった。

 しかし、こんな巨大な石柱が砕けるなんて、いったい何がぶつかったのだろう。

 さらに近づくと、木々の間に人が倒れているのが見えた。慎重に近づく。ひどい有様だった。手足はあり得ない角度で折れ曲がり、顔や胴体も潰されている。死んでいるのは一目瞭然だった。先日、消息を絶ったギルドの調査員だろう。

 私は彼の魂が安眠できるよう祈りを捧げながら、懐を探った。血まみれの登録証を見つけ、軽く表面を拭ってポーチに収める。彼の死をギルドに報告してあげなくては。

 しかし、調査員がこんな無残な殺され方をしたことが、私には納得できなかった。調査員は冒険の最前線に出るのではなく、ギルドの裏方としてサポートに徹する役割を担っている。しかし、彼らだって冒険者なのだ。戦闘訓練は受けている。

 数十体の妖魔に寄ってたかって殴り殺された? その可能性はあるだろう。しかし、もしそうだとしたら、クエストが「Bランク1人以上」なんていう生易しいランクのはずはなかった。

 じゃあ、いったい何なのだ……。

 猛烈に嫌な予感を覚えながら、私は一歩、また一歩と遺跡に近づいていった。

 妖魔の姿はどこにも見えない。遺跡は静まり返っている。そのことが不吉な予感を一層かき立てた。もし、遺跡の中に妖魔がいるのなら、絶対に何かの物音や気配がするはずなのだ。何体もの妖魔がいるはずなのに「完全に静まり返っている」こと自体が異常だった。

 静かに遺跡の中へ足を踏み入れる。妖魔の気配はなかった。ゴブリンやコボルドなどが住みついていれば絶対に漂っているはずの腐敗臭や、排泄物のニオイがない。それはつまり、「ここに下級妖魔が住みついていない」ことを示していた。

「なんなのよ、いったい……。どういうことなの……?」

「危険感知」のスキルは最大レベルで警報を鳴らし続けている。いつ、どこから敵が襲い掛かってきても不思議ではない。しかし、肝心の敵の姿がどこにも見当たらないのだ。

 遺跡の中心部はホールになっていた。崩れた石組みから太陽の光が差し込み、中は十分に明るい。頭上はるか高くにあるドーム天井を見上げると、全面に描かれている星辰図がはっきりと見えた。数百年を経てもこれだけ鮮やかな色が残っているのは、魔力のこもった絵具でも使っているのだろうか。

 ホールの中央に立って周囲を見回す。相変わらず妖魔の気配はない。

 そのとき、ホールの明るさが増した。頭上を見上げる。天井に描かれている星辰図がボンヤリと、しかし徐々に明確な強さで光り始めていた。

「きれい……」

 そんな呑気なことを言っている場合ではないのだが、それでも、頭上に描かれた星空は美しかった。この遺跡が建てられた当時、人々はこのドーム天井を見上げて星々の動きをたどったのではないだろうか。

20時50分から「第2話 5」を公開します

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