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第7話 旅立つ二人 4

 4


 胴体を両断されて倒れたベルゼに、私とハルは歩み寄った。

「まさか……500年の時を経て、同じ奴が我を倒すとは……」

 ベルゼは私たちに向けてニヤリと笑ってみせた。

「だが、残念だったな。封印が解かれようとしているのは、我だけではない。我らの思いを受けて王の帰還に働く者どもは世界中にいるのだ……。500年を経て、途絶え果てたと思ったか……ククク……ハハハ……」

 笑い声を上げるベルゼの体が、ボロボロと崩れて散っていく。

 その肉体が跡形もなく消え去ったころ、ちょうど、銀月の加護の効果が切れた。

 体から力が抜け、糸の切れた操り人形のように私はぐったりと床に座り込む。

 その私の目の前で、ハルも、ハロルドからいつもの中年男性の姿に戻っていた。

「ハル……!」

 疲れすぎて動けないけど、それでも私はハルに呼びかけた。疲れていても、声だけなら出せる。聞きたいことが山ほどあった。

「あなた……『フィオナとのラブロマンスを描くために、ハロルドの見た目は徹底的に美化した』って言ってたじゃない! 自分がモデルになってたなんて、ひと言も言わなかったじゃない!」

「いやあ……。自分で言うのもなんやけど、実は、ミルセリオンの真名を解放したときの姿、めっちゃカッコ良くてなあ……。記念に残そうと思ってん。普段の姿とギャップがあるおかげで、誰にも気づかれへんし」

「そんな大事なアイテムを、簡単に私にプレゼントしちゃうって、どういうことよ!?」

「あー……それは……、ゴメン。本気で忘れててん」

「そ、そんな大事なことを……『忘れてた』って……」

「だってなあ……。500年やで500年。『そんなこともあったなあ』って覚えてても、細かいことまでいちいち覚えてられへんで……。あと、似たような短剣がいくつもあったから、どれがミルセリオンか分からんかってん」

「あ……アンタねぇ……。なんていい加減な……」

「でも、そのおかげでベルゼを倒せたわけやから、結果オーライやね」

「ところで……。どうして、その姿のことを教えてくれなかったの?」

 私の質問に、ハルは顔を赤らめた。しばらく気まずそうに黙り込む。やがてハルは、ボソッとつぶやいた。

「……恥ずかしかってん」

「はあ!?」

 思わず大きな声が出てしまった。何だその理由。ってか、思春期の青少年じゃあるまいし、いい年したオッサンが顔を赤らめるな。

「恥ずかしかったって……どういうこと?」

「おっちゃんな……、この世界でも、前の世界でも、フィオナと結婚するまで、女の子と付き合うどころか、手をつないだことすらなかってん。せやけど、この姿になったらあちこちで女の子から声かけられるやろ? どう応えたらいいか、分からへんねん」

「そのわりには、初めて会った時から普通にセクハラされた気がするけど……」

「そうやってエロ親父を演じてたら、若い女の子はあんまり近寄ってこないやろ? レイナちゃんは例外やったけど……」

「…………」

 あっけにとられて、私はしばらく言葉を失う。そんな理由で、こんな大事な話を隠されていたなんて、あきれ果てるしかない。

「あと一つだけ教えて。ミルセリオンの力を解放したら、いつでもあの姿になるの?」

「そうやで。それが、どうかした?」

 私は深くうなずいた。ギルロスと二人で戦った翌朝、ハルが「20代のころに戻ったみたいな気がする」と言っていたのは、寝てる間にハロルドの姿になっていたからで、あのとき、服にくっついてた長い金髪は、彼のものだったのだと気づいたのだ。いかがわしい店に行ったなんて勝手に思い込んじゃってゴメン……。

「ほら、飲みなさい」

 ギルロスが私にエリクサーの小瓶を差し出した。受け取って飲み干すと、一気に体の疲労感が抜けていく。贅沢すぎると思うけど、最近はすっかりこれが当たり前になってしまった。普通のポーションでは物足りなく感じるような体になっちゃったらどうしよう……。

 そんな私たちに、グレゴールが話しかけてきた。

「さっきの姿……。あなたは、聖騎士ハロルド様……。ご存命だったのですね……」

 うやうやしくひざまずくグレゴールを見て、ハルは渋い顔をした。

「んもー……やめてぇな。そういうの苦手やねん。こういうことになってまうから、ずっと隠してたのに……」

「ですが……。私たちでは全く歯が立たなかったベルゼを倒せたのは、ハロルド様とギルロス様、そしてこちらのお嬢さんのおかげですから……。これは国王に報告させていただかねば……」

「うう……、勘弁してくれや……」

 ハルは心底イヤそうな顔をして頭を抱える。その傍らで、ベルゼの精神操作を受けて倒れていた勇者たちがうめき声を上げながら体を起こす。その中には当然ながら、私の元仲間のルカやハンナ、エリサたちの姿もあった。

「レイナちゃん、元の仲間たちと何か話すことはある?」

 私は無言で首を振った。グラン・セリオンで再会したときにも感じた、言いようのない気まずさが胸を埋める。今さら、話したいことは何もなかった。

「ん、分かった。じゃあ、現代の勇者さんたちー。お疲れのとこ悪いねんけど、ちょっと集まってくれるかなー」

 ハルは起き上がった勇者たちに呼びかけ、自分の前に集まらせた。まだ精神操作から解放されたばかりで、皆、ぼんやりとした顔のままハルの指示に従っている。

 ハルの目が怪しく光った。ハルは勇者たちに向けて手を差し伸べ、ユラユラとその手を振りながら話す。

「ええか? ベルゼを倒したのは、あんたたちの力や。ギルロスの支援を受けて、みんなでタコ殴りにしたんや。俺やレイナちゃんは何もしてへんし、ハロルドなんて男は存在しなかった。分かった?」

 ハルの「説得」だ。だけどこれって、考えてみたらベルゼの精神操作と同じようなものなんじゃないだろうか。あり得ないことを、現実として認識させるなんて……。

「そうですね……。私たちが力を合わせて、ベルゼを倒しました……。みんなでタコ殴りにしました……」

 うつろな声でグレゴールがつぶやいた。「説得」の効果を確認したハルは、満足げにうなずいた。

「さすがに30人まとめて『説得』するのは難しかったけど、うまいこといってよかった。やっぱりみんな、ベルゼの精神操作を受けた直後で状態が不安定やったから、説得しやすかったな。これで、おっちゃんらのことは誰も覚えてへんから、もう大丈夫やで」

 そして、おもむろにハルは私に向かって言った。

「じゃあレイナちゃん、悪いけどミルセリオンと指輪、返して」

「……は?」

 私は目が点になった。

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