第7話 旅立つ二人 3
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「ぎ、ギルロス……! お前、レイナちゃんにミルセリオンの真名、教えたんか!」
非難めいた口調でギルロスを問い詰めるハル。なんだろう、口調はいつものハルなのに、声が若返ってるし、見た目もハロルド様になっているから、ものすごい違和感がある。
「当然でしょ! 真の力を使えるようにしないと、意味がないじゃない」
笑いすぎてあふれた目じりの涙を拭いながら、ギルロスが答える。
「そもそも、エルフの国宝を動物の解体なんかに使った挙句、簡単に人に譲ったりするのがいけないのよ。銀月の乙女はすごく嫉妬深いの。自分の保有者と認めた相手からは簡単に離れないし、保有者を『自分の理想の姿』にしておきたがるのよ」
えっと、つまり……どういうこと? 私はハルからミルセリオンを譲り受けたけど、正式な保有者として認められたわけではない、ってことなのかな。ミルセリオンの正式な保有者は今でもハルのままで、しかも、「ミルセリオンにとって理想の姿」がハロルド様、だと……。
いろいろと疑問は山積みのままだったけど、今はそんなことを追究している場合ではない。「銀月の加護」の発動時間は限られているのだ。
私はミルセリオンを携え、一気に間合いを詰めた。
光の刃を振り下ろす。
ベルゼの振り抜く大剣をかいくぐる。
ハルの攻撃を受けとめたベルゼの隙をついて、横からの斬撃を打ち込む。
ベルゼの斬撃を最小限のバックステップでかわし、一歩踏み込んでミルセリオンを突き出す。
私の動きはハルの神速と完全に同調し、ベルゼを追い詰めていった。
これまで一緒に旅を続けてきたけれど、考えてみれば、私とハルが肩を並べて共闘するのは今回が初めてだった。それなのに、私には彼が次にどう動くのか、どんな攻撃をするつもりなのか、手に取るように分かる。ミルセリオンを通じて、ハルの考えが流れ込んでくるようだった。
ベルゼ・グラナドという、私がこれまで出会った中では最大・最強・最悪の敵と、命がけの死闘を繰り広げている真っただ中だというのに、私はなぜか、不思議な爽快感を覚えていた。
それは、どこかで失われたものが補われたような感覚に近かった。
私もハルも、一つひとつの攻撃に重さはない。速さを生かした連撃を得意とするタイプの剣士なのだ。だからこそ、二人が連携し、速さと手数の多さでベルゼを圧倒する。私がベルゼの動きを止めればハルが、ハルがベルゼの隙を作れば私が、間髪を入れずに攻撃する。さらに、ベルゼが私たちの攻撃を避けようとするたびにギルロスの矢が飛び、その合間には、グレゴールの発動させる呪符の魔法が炸裂する。この時、この場で、私たちの連携は完璧に近いものになっていた。
「こんなこと言ったら不謹慎かもしれんけどなあ……」
斬撃の応酬を続けながら、不意にハルが言った。
「レイナちゃん、俺、こんなに全力で剣を振ったのは500年ぶりやで」
一瞬だけ、私のほうを見てニコッと笑う。うう、ハロルド様の顔で笑いかけるのは卑怯だよ、反則だよ。戦闘中だってのに思わずドキッとしちゃったじゃないか。中身はハルだって分かってるはずなのに。まったくもう……っ!
そして、私たちは一歩、また一歩とベルゼを追い詰めていった。
これなら、勝てるかも……。
そんな淡い希望が胸に生まれようとしたとき、ベルゼが叫んだ。
「小癪な人間どもが! 丸ごと焼き尽くしてくれるわ!」
ベルゼを取り巻く漆黒のオーラがホール全体を押し包み、床に無数の亀裂が走った。
「終焉焔獄!」
床の亀裂から炎が噴き上がった。
ただの炎ではない。その色は禍々しい漆黒。毒々しい瘴気を帯び、生あるものを全て焼き尽くす、魔界の炎だった。床に走った亀裂は、この世界と魔界をつなぐ断層だったのだ。
その炎が与えたのは、熱によるダメージだけではなかった。
炎に触れた瞬間、私の心に湧き上がったのは純然たる恐怖だった。精神操作無効の指輪をつけていても、銀月の加護を受けていても、それでも防ぎきれないほどの圧倒的恐怖。たとえるならば、巨大な猛獣の前に丸腰で投げ出され、その牙が今にも自分に突き刺さる瞬間のような。あるいは、五感の全てを奪われたまま、この世ならざる者が潜む深淵にたった一人で放り込まれたような。
自分の意思を超越した部分で、筋肉が、関節が、動くことを躊躇する。呼吸が止まり、心臓が不規則なステップを踏む。それは、魂が生きることを諦め、正気を保つことを放棄し、肉体を抜け出しそうになるほどの恐怖だった。何の防護策も持たない人間なら、一瞬で狂気の泥濘に沈み、二度と健常な生活を送ることができなくなったことだろう。
「ぐうぅ……っ!」
顔面蒼白になり、歯を食いしばるハル。私も、何とか意識をつなぎとめようと力を振り絞るが、それは押し寄せる洪水を自分の手で受けとめようとするのに似た、無意味な抵抗に近かった。
「しっかり! あなたたちの心を、ここにつなぐわ! 魂に楔を、迷いし影に安寧を! 魂縛射!」
ギルロスが銀の矢を放った。流星のように尾を引いて飛んだその矢は、ベルゼではなく、私たちの影に突き刺さる。その瞬間、魂と肉体が元通りに合わさり、恐怖が和らいだように感じた。人間の魂魄を縫いとめ、精神支配から解放するギルロスの奥義だった。
体が動く!
恐怖による支配から解放され、肉体が自由を取り戻した。
それは、濁流にわずか一杯の清水を投じるような、ほんの一瞬の回復かもしれなかった。それでも今の私たちにとっては、十分な時間だった。
ミルセリオンを通じて、ハルの力が、思考が流れ込んでくる。
次にどう動くべきか、私が何をすればいいか。
私たちは一瞬で間合いを詰め、同時に斬撃を繰り出した。
私は縦に。ハルは横に。
「断界紅蓮斬!」
十字の斬撃は、炎だけでなく、魔界とこの世界をつなぐ断層そのものを破壊する一撃だった。
漆黒の炎が断ち切られ、炎の壁の中に消えていたベルゼの姿が現れる。
ハルが一瞬、剣を鞘に収め、抜刀術の構えを取った。あの構えは、スターボア討伐の時の「奥義・めっちゃすごい斬り」……?
ハルの腰から伸びた光が、闇を切り裂いた。
その一瞬、世界から音が消えた。
全てを両断したのだ。
炎も、音も、もちろんベルゼ本体も。
「灰燼天断」
私には知るすべもなかったことだが、それはかつての魔界大戦の際、ハルが魔王を葬った一撃だった。




