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第1話 追放、そして遭遇 3

 3


 私は必死で男の後を追った。

 驚いたのは、男の足がやたらと早いことだった。私が小走りで追いかけないとついていけないほどの速さで、スタスタと歩いていく。明るい街路なら理解できるが、ここは真っ暗なダンジョンなのだ。普通はこんな速さで歩くことなんて、絶対に無理なはずなのだ。

「ま、待って……。もう少し、ゆっくり……」

 体力には自信があるつもりだった。剣術道場での厳しい訓練にも音を上げたことはなかったし、冒険者としての経験を積む中で、それなりに鍛えてきたという自負もあった。それなのに、自分より20か30くらい年上の中年男に、まるで追いつくことができない。息が切れる。男はそんな私を、平然とした様子で振り返った。

「あー、速かったかな? 気づかへんでゴメンな。ほな、ちょっとゴメンやで」

 スタスタと近寄り、私の体に手を回す。

「え、ちょっと、やだ!」

 男は軽々と私の体を抱き上げた。

 信じられない思いだった。私の体は決して華奢ではない。しかも、武器も防具も着けているのだ。武器と防具だけで30キロぐらいの重量になる。それに私の体重ゴニョゴニョキロを足したら、相当な重さになるのは間違いない。

 それなのに、この男は。

 まるで赤ちゃんでも抱くように軽々と私を持ち上げて、しかも明らかにさっきまでよりも速いペースで歩きだしたのだ。

 さっきまでの速度は、あれでも私に合わせてゆっくり歩いてたっていうの!?

 魔法で身体能力を強化しているのかとも思ったが、能力強化の魔法は長くて数分程度だ。こんな長時間、強化状態を維持できる魔法なんて、古代の遺失魔術ロストマジックならともかく、現代には存在しない。

 しかし、もっと信じられないことが起きたのはその直後だった。

「ガアッ!」

 暗闇から咆哮が響く。はっきりとは見えなかったが、巨大なオオカミか何かのようだった。しかし、男はまったく驚いた様子もなく、

「よっ、と」

 道端の石ころか何かのように蹴り飛ばした。

 無造作な動きと対照的に、破城槌がぶつかったみたいな、ひどく重い音が響く。

「ギャイン!」

 肉や骨が無残に砕ける音をまき散らしながら、襲ってきた獣は数メートルほど吹き飛んで壁にぶち当たり、動かなくなる。男はまったく足取りを変えることなくスタスタと歩いていく。

「え、ちょっと、今の……。かなり手ごわいモンスターだったんじゃないの……?」

 震える声で尋ねる私に、

「あ、そーなん? まあええやん。細かいこと気にしたらアカンで」

「細かくないっ! 細かくないわよ! 私を抱えたままあのモンスターを一撃で吹き飛ばすなんて、普通の人間のできることじゃないわ! 何なのよアンタ!」

「何なのよって言われてもなあ……。ちょっと散歩してたら通りすがっただけの、ただのお節介なおっちゃんやで」

「ちょっと散歩って! こんなダンジョンの奥底で散歩って! あり得ないでしょ!? それに、ただのお節介で、あんな高級ポーションとか貴族が食べるようなサンドイッチをホイホイくれるわけ!? おかしいわよ!」

「おかしいわよって言われてもなあ……。たまたま通りかかったのは事実やし……」

 男は少し困ったような顔をしながら、相変わらず信じられない速度で歩き続ける。私の耳元で風がビュービュー音を立てるほどだ。それなのに、息一つ切らす様子もない。

 その後も、何度となくモンスターが現れた。単体で襲ってくることもあれば、集団で襲い掛かってくることもあった。しかしその都度、男は信じられないような強さで敵を蹴とばし、蹴散らし、踏みつぶして進むのだった。

 何なんだ、この男は。

 いったい、この貧相な体のどこからこんな力が出てくるのだ。

 非常識すぎる。わけが分からない。

 そして、男と出会ってから数時間後。私の鼻はダンジョンでは絶対に感じることのない香りを嗅ぎ取った。

 それは木々の香り。草花の香り。土の香り。新鮮な外の空気だった。

 何度かの曲り角を通り過ぎたとき、通路の、壁の凹凸が陰影となってはっきりと目に飛び込んできた。

 太陽の光が差し込んでいるのだ。

 それは暗闇に慣れた私の瞳に、あまりにもまばゆく、美しく、神々しく映った。

 外だ。

 生きて、外に出られたのだ。

 私は思わず、自分を抱きかかえる男にしがみついた。知らず知らずのうちに涙があふれていた。

「よーしよし、もうお外やで。ちょっと時間かかったけど、だいたい『バーッと行って突き当たりをガッと曲がって階段トントントン』って言うた通りだったやろ」

 そこは、私たちが来たのと同じ出入り口だった。

 私たちが十数時間かけて通ってきた道を、この男はわずか数時間で走破したのだ。

 外へ出たところで、男が尋ねてきた。

「ところでおねーちゃん、帰るところはあるんか?」

 私はしがみついたまま、首を振った。帰るところといえば勇者たちと一緒に泊まっていた宿になるのだろうが、勇者の顔は見たくなかった。かといって、ほかに行く当てなど何一つない。

「しゃーない、おっちゃんの宿においで」

 男はそう言いながら歩き続ける。気づけば、いつの間にか周囲に大勢の人が行き交っていた。街に帰ってきたのだ。早馬よりも遥かに速く歩いたの!? という当たり前のツッコミは、もはや私の中に浮かんでこなかった。私の中の常識は、この数時間のうちに粉々に吹き飛ばされていたのだ。

「ちょ、ちょっと、下ろして! 人が見てる! 恥ずかしいから!」

「えー、いややー。こんな若い女の子を抱っこできる機会なんて、滅多にないねんもん。もーちょっと抱っこさせてぇな」

「いや! 下ろして変態! どこさわってんのよスケベ!」

「ひどいなー。おっちゃん、命の恩人やで? 街まで連れて帰ったってんで? ちょっとぐらい抱っこしながらナデナデさせてくれてもええやんか」

「それとこれとは話が別! もう、いいから下ろしてっ!!」

「しゃーないなー……はい」

 パッと手を放す。硬い地面に落とされるのかと思いきや、モフン、と柔らかな感触に包まれた。ふかふかのベッドに下ろされたのだと理解するまで、しばらく時間がかかった。

「おっちゃんのベッドやけど、好きなだけ寝たらええわ。おねーちゃんが嫌やったら出ていってもええよ。とりあえず下の酒場におるから、何かあったら下りておいで」

 言うだけ言って、男はそのまま部屋を出ていった。

20時40分から「第1話 4」を公開します

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