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第1話 追放、そして遭遇 2

 2


「あれ、おねーちゃん、こないなとこで寝てたら風邪ひくで?」

 ひどく能天気な声が聞こえ、ランタンの光が私の目に突き刺さった。

 暗闇からニュッとランタンを突き出して私の目の前に現れたのは、中年の男だった。

 やせ型で、白髪交じりの髪の毛は少し薄くなっている。背は高いが、そのせいでやせ型の体が強調され、ひょろひょろしているように見える。「枯草」とか「麦わら」なんていう形容が似合いそうな、その冴えない風体は、どう見ても冒険者っぽくない。どちらかというと、ギルドの事務員か商店の番頭といったほうが納得できそうなものだった。

 風邪ひくで、じゃないわよ。こっちはもう死にそうだってのに……。

 失血のせいか、ぼんやりとしてきた頭の中でそんなことを考える。

「あらま、おねーちゃん、ケガしてるやん。大丈夫か? これ飲み」

 男が差し出したのは、ポーションの小瓶だった。

「自力で飲めるか? 口移ししたろか?」

 ゆっくりと手を伸ばして小瓶を受け取る。そのまま、口元へ運んだ。それを見た男は、あからさまにガッカリした顔をする。

 液体を飲み込んだ瞬間、私の体の中で魔力が爆発したように感じた。

「……っ!?」

 痛みが、失血による倦怠感が一瞬で消え去る。信じられない勢いで傷口がふさがり、体力が回復していく。

 これは、普段私が使っているポーションじゃない。

 普通のポーションの何倍もの値段がするハイポーションか、貴重すぎて実際に使う人なんて滅多にいないエリクサーだ。

 そんな高級品を気軽に差し出してきた、このおじさんは何者!?

 驚きすぎて言葉が出ない私の目の前に座り込むと、

「なんでこんなとこで寝てたん? 迷子か? 腹減ってるんやったらなんか食べる?」

 野良猫に餌付けでもするような調子で、サンドイッチを差し出してきた。

 私はそのサンドイッチを見て驚いた。みずみずしい野菜と塩茹で肉を挟んだ、明らかに作られて間もないものだったからだ。

 ここはダンジョンの深奥なのだ。入口からここまで私たちがたどり着くのに、十数時間はかかっている。しかも、最寄りの街だって早馬を使って数時間、徒歩なら丸一日はかかる。こんなみずみずしい状態で食べ物を持ち運べるような距離ではないのだ。

 それに普通、携帯食料といえば、保存性を高めるために干したカチカチのパンや、塩漬け肉と相場が決まっている。かさばって重い野菜や果物なんて、ダンジョンで食べるものではない。

 まさか、どこかの貴族だろうか。しかし、男が身につけているのはごくありきたりの革鎧で、服だってどこにでも売っている作業着だ。貴族にしては、あまりにも見た目が貧相だ。というか、そもそもモンスターだらけのダンジョンに入ってくる格好としては、あまりにも軽装だった。

「大丈夫、毒なんて入ってへんで?」

 男はサンドイッチを一つ、無造作に取り上げてもぐもぐと食べてみせる。

「おいしいで。いらん? おっちゃん一人で食べてしもてもええかな?」

 シャキシャキという咀嚼音が響く。本当に新鮮な野菜を使っているのだ。途端に私の腹が「ぐう」と大きな音を立てた。

「でっかい腹の虫やなあ。おなか空いてたんやろ。遠慮せんと好きなだけお食べ」

 私は包みを受け取ると、サンドイッチを頬張った。野菜と塩漬け肉、そしてバターの豊かな風味が口いっぱいに広がる。美味しかった。こんなに美味しい物を食べたことがないと思った。高価な食材をふんだんに使っているのもさることながら、暗闇の絶望の中で死んでいくしかないと思っていた自分に、こうして生きられるチャンスが巡ってきたことが、何よりうれしかった。

「あの……ありがとう……。あなたは、命の恩人です……」

 サンドイッチを食べ終わり、おずおずと礼を言う。男はニヤリと笑うと、

「そっかそっか。ほな、お礼してもらわんとな。お金でもええし、カラダで払ってくれてもええんやで?」

 私の顔が一瞬で熱くなった。明るい場所だったら、顔が真っ赤になっているのがはっきり見えただろう。

「な、何言ってるの!? サイテー! 変態!」

 体の前で腕を交差させて胸を隠しながら後ずさる。男は笑いながらうなずき、

「そんだけ怒れる元気があったら、大丈夫そうやな。歩けるか?」

 立ち上がって手を差し伸べてきた。

 私はその手を無視して立ち上がる。こんなエロ親父の手を握るなんて、絶対に嫌だ。

 一人で歩きだそうとした矢先、男が尋ねてきた。

「帰り道、分かるん? 照明ある?」

 私の顔から血の気が引いた。ランタンは勇者が持っていってしまった。ダンジョンの経路を記した図面を持っていたのはエリサだ。真っ暗な中、一人で、十数時間の道のりを手さぐりで帰るなんて、どう考えても不可能だった。

「無理そうやな。しゃーない、おっちゃんが連れて帰ったろ。ついておいで」

 この男についていった結果、無事に街へ帰れるかどうかは分からなかった。山賊団の根城に連れていかれて慰み者にされたり、奴隷として売り払われるかもしれない。しかし、このダンジョンの奥底に一人で取り残されるよりは、少しでも地上に出られる可能性に賭けたかった。

 それに、もし山賊団や奴隷商人の所へ連れて行かれそうになったとしても、この男一人ぐらいなら倒して逃げることはできそうだった。どう見ても強そうには思えなかったのだ。

「あ、おっちゃんのこと信じてへんな?『山賊団か奴隷商人のところへ連れて行かれたらどうしよう』とか思ってるやろ?」

 図星を突かれてドキッとする。男は朗らかに笑った。

「ま、女の子は自分の身を守るために、それぐらい警戒心を持っとくほうがええわ。せやけど、こんなところで昼寝するのはやっぱり危ないで?」

「ひ、昼寝してたわけじゃないわよ! モンスターに襲われて……それで……」

 仲間に捨てられた。それは事実だったが、初対面の男に言いたいことではなかった。

 男は口をつぐんだ私をしばらく見つめていたが、

「いろいろワケありのようやね。まあええよ、話したくないことは無理に聞かへん。とりあえず、難しいことは帰ってから考えたらええ」

「でも、帰るって言っても、簡単じゃないわ。モンスターもたくさん出るし……」

「心配いらんて。バーッと行って突き当たりをガッと曲がって階段トントントンって上ったら出口やから」

 ……は? 何その大雑把な言い方。私たちが十数時間かけてたどり着いた道のりを、そんな適当な言い方で片づけてほしくなかった。というか、そもそもこの男は一体、どこから来たのだろう? 私たちと同じルートをたどってきたら、そんな言い方できるはずがない。それとももしかして、このダンジョンには私たちの知らない出入り口がほかにもあって、町から簡単にアクセスできるのだろうか?

 いくつものクエスチョンマークを浮かべる私を尻目に、男は歩きだそうとする。

「ま、待って! 置いていかないで!」

「大丈夫やって。ちゃんと連れて帰ったるから」

20時30分から「第1話 3」を公開します

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