第6話 封印崩壊 5
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ルカの傷口は明らかに異常だった。
周辺の組織が変色し、ヘドロのような異臭を放っている。
解毒の呪文だけでは、毒を消すことはできても、傷そのものを回復することはできない。エリサは急いで回復魔法を使った。傷そのものは決して大きくない。しかし、ルカの傷が回復するまでには、かなりの魔力が必要だった。それほどまでに深刻な傷ということだったのだ。
「ちっ……。ほんのちょっとかすっただけで、腕一本なくしそうになるなんてな……。こんな毒を使う奴らなんて、そりゃあ根絶しないとヤバすぎるぜ……」
床に座り込み、冷や汗をぬぐいながらルカがつぶやく。痛みと痺れがようやく収まってきた。毒のせいか、発熱したときのように頭がボンヤリしていた。
彼らの目の前には、先ほどまで暗殺者たちが儀式を行っていた祭壇があった。その先には、ベルゼを封印した扉がある。その魔力は明らかに弱まっており、少しの力を加えるだけでも封印が解除されそうな状態だった。
「これを使って、再封印をするんだよね……?」
ハンナが護符を取り出した。出発前、グラン・セリオンで装備品の一つとして支給されたものだ。強力な封魔の呪文が施されており、発動すれば封印を強化することができる。ただし、この護符一つでは効果が薄い可能性があるため、討伐に参加した勇者パーティーが全員そろって魔法を発動させるよう指示されていた。
「ほかのみんなが追いつくまで、ここで待ちましょう」
そう話すエリサ。しかし、ルカは首を振った。
「……あんな奴らを待つ必要なんてない。封印したって、さっきみたいな奴らがまたやって来たら意味がないだろう?」
ルカの言葉に、エリサは不吉な予感を覚えた。
「まさか……、ルカ! 何を考えているのですか!? ダメですよ!」
ルカの目は明らかに異常な光をたたえていた。いつものように、ただ慢心しているだけではない。毒の後遺症で精神状態がおかしくなっているのか。
「ダメですってば!」
剣を抜き、扉に近づこうとするルカ。エリサはその背中にしがみつき、必死でルカを止めようとした。
「俺が……ベルゼを……倒してやる……。それが……世界のため……。それが……勇者のつとめ……。俺は……英雄になる……」
虚ろな声でつぶやくルカ。その背中にしがみついていたエリサだったが、突然、自分の脳内に異質な考えが浮かんでくるのを感じた。
(どうしてルカを止める必要があるのかしら? 彼は強い。卑怯な暗殺者たちには不覚を取ってしまったけれど、彼は誰よりも強いのです。そのことは、彼を愛している私が一番よく知っていることだわ。それに彼の言う通り、護符で封印したところで、カルト教団がまたやってくるかもしれません。いま、ベルゼを倒してしまうほうがずっといい……)
そんなはずはない。勇者全員がそろっていればまだしも、自分たちだけでベルゼを倒すなんて不可能だ。そんな冷静な判断が、水を浴びた砂の城のように崩れていく。エリサの腕から力が抜けた。彼女の後ろで、ハンナが呆けたように口を開いて座り込んでいる。
「これは……『精神操作』……」
エリサはようやくそのことに気づいた。しかし、すでに手遅れだった。彼女の腕から力が抜けたように、ルカを止めなくてはならないという考えも、彼女の頭の中から抜け落ちていた。
熱に浮かされたような目で、ルカが扉の前に立つ。抜き放った剣が炎のオーラをまとい、赤々と輝いた。その輝きが振り下ろされ、扉に施された封印を打ち砕く。ゆっくりと扉が開き、その隙間から禍々しい炎が噴き出した。
「ククク……。我が信奉者たちよ、よくやった。お前たちがこの忌々しい封印を弱めてくれたおかげで、こやつらに我の力を及ばせ、扉を開くことができた。お前たちの死は無駄ではなかったのだ……」
扉の奥に立っていたのは、2メートル近い身長の巨漢だった。傍らに自分の体と同じくらいの大剣を携えている。その剣と、身に着けた鎧からは、漆黒のオーラが湧き上がっていた。
「ベルゼを……倒す……っ!」
ルカは足をふらつかせながら剣を構え、ベルゼに歩み寄った。
「天火審判!」
聖属性の炎が清らかな光を放ち、斬撃と共にベルゼを包む。しかし、ベルゼは大剣を一閃させただけで、その炎を振り払った。
「これが……今の『勇者』とやらの力なのか? 笑止千万。勇者の名前も凋落したものだな」
ベルゼはおもむろに右手をルカのほうに差し伸べ、何かを撫でるような仕草をした。途端にルカの膝がガクリと崩れ、その場に座り込んでしまう。
「ベ……ル……ゼ……」
頭の中を直にかき回されたような感覚がルカを襲い、思考が完全に麻痺していた。呆けた表情のまま動きを止めたルカを見下ろして、ベルゼが嘲笑する。
その時、白銀の矢が闇を切り裂き、ベルゼの胸に突き立った。
「これは……っ!」
突き刺さった矢を軽々と引き抜き、ホールの入口を睨むベルゼ。そこには、弓を構えるギルロスと、長剣を構えたハルの姿があった。
「ベルゼ、そこまでよ!」
「500年前の再勝負といこうか!」
二人の声が、かがり火に照らされたホールに響き渡った。




