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第6話 封印崩壊 2

 2


 野営用の天幕の中で、エリサは目を覚ました。

 採光窓から、昇ったばかりの朝日が差し込んできている。

 風に乗って、うっすらと硫黄の匂いが流れてきた。

 彼女たちが野営していたのは、ベルゼ・グラナドが封印されているダンジョンまで、徒歩数時間の場所だ。火口までもほど近く、時折、火山ガス特有の匂いが流れてくるのだ。

 この地域は魔物の目撃情報が多発し、しばらく前から民間人は一人として寄りつかなくなっている。そんな場所に、勇者たちの一行は天幕を張って野営していたのだった。

 すぐ隣から、ルカとハンナの寝息が聞こえる。

 裸のままのルカの胸に顔をすりつけ、昨夜の情事の名残に浸る。

 エリサはルカと同じ村で生まれ育った。体が弱く、引っ込み思案だった彼女は、同世代の子供たちからよくいじめられていた。そんな彼女をいつも守ってくれたのが、ルカだったのだ。

「オレと一緒にいろ。オレがずっと守ってやるから」

 幼いころ、交わした約束。その言葉が彼女にとって、どれほどうれしく、どれほどの力を与えてくれたことか。ルカの言葉を信じて、ルカだけを見つめて、エリサは歩んできたのだ。

 二人で始めた冒険だった。当初は二人きりで甘い時間を共有しつつ、旅を続けられることが純粋に楽しく、幸せだった。そのころからルカは非常に高い能力を持っていて、どんな敵に遭遇しても苦戦するということがなかった。

 ルカの能力と、特に聖属性の魔法に対する高い親和性に目をつけたギルドが、数年に一度、グラン・セリオンで開催される「勇者選定の儀」への推薦を打診してきたのは、旅を始めて数年が過ぎた頃だった。

 ルカは「勇者選定の儀」を受け、史上最年少で勇者の称号を得た。それによって、彼の名声は一気に高まった。

 ルカはどこに行っても目を引く美形だった。だから、二人で旅をしていても、彼に言い寄る女は後を絶たなかった。勇者の称号を得てからというもの、それは一層激しくなった。どこの町に行ってもルカを知らない女はいなかった。彼が道を歩いているだけであちこちから歓声が上がり、熱い視線が浴びせられた。

 もちろん、ルカと行動を共にするエリサ自身にも、大きな恩恵はあった。国から多額の支援金が定期的にもらえるうえ、行く先々で「勇者の仲間」としてルカと共に歓待されるのだ。ルカが勇者に選定されてからというもの、エリサは食事代や宿代、服飾費などを自分で支払ったことがほとんどないように思う。

 その後、ハンナが仲間に加わった。彼女とはもう1年以上の付き合いになる。

 ルカがハンナをただのパーティーメンバーとして迎えたわけでないことは、すぐに分かった。それまでにも、ルカはあちこちの町で女の子に手を出していたのだから。当初は彼女もほかの女の子と同じで、一夜か、せいぜい数日限りの関係だと思っていた。ところが、正式にパーティーメンバーとして加わることになったと聞かされた。多少の驚きはあったが、エリサは特に何も言わずハンナを受け入れた。三人での情事も、「ルカが望むのなら」とアッサリ受け入れた。

 何があっても、私の気持ちは揺らがない。

 ルカが誰を抱いても構わない。ルカにとって自分が一番なのだと、自分こそが特別な存在なのだと信じているから。

 傲慢なルカだけど、「オレと一緒にいろ。オレがずっと守ってやるから」という言葉は、ずっと守ってくれているのだ。

 ルカに抱かれるたび、耳元で彼がささやく。

「愛してる」

「お前が一番だ」

 ……もしかしたら、ほかの女にも同じことを言ってるのかもしれない。それでもエリサは、彼の言葉が真実なのだと信じていた。

 徐々に明るさを増していく天幕の中で、端正なルカの寝顔をじっと見つめる。

 大好きだよ。ずっとずっと、愛してるよ。

 心の中でそうつぶやいて、そっとルカの唇にキスをする。いままで何回も、何十回も繰り返してきた行為なのに、唇を重ねるたび、胸いっぱいに幸せが広がった。

「ん……」

 ルカがわずかに身じろぎした。目を閉じたまま腕を伸ばし、エリサを抱き寄せる。

「今日は午前中に会議があって、それが終わってからダンジョン攻略だったな……」

 眠そうな声でルカがつぶやく。期待していたものと違う言葉に、エリサは少しがっかりしながらうなずいた。

「やれやれ……。面倒くさいな……」

 気だるげにつぶやいてルカは体を起こす。手早く衣服を身に着けながら、

「会議はさっさと終わらせる。ハンナを起こして、身支度をしておくんだ」

 ルカはエリサにそう言い放った。エリサは驚く。

「え? でも、ベルゼ討伐戦の前の大事な会議なんですよね? そんな簡単に終わらないのではありませんか?」

「『終わらせる』って言ったんだ。いいから支度しとけよ」

「……分かりました」

 こんな時、何を言ってもルカは聞く耳を持たない。エリサには、それが痛いほど分かっていた。天幕を出ていくルカを見送りながら、彼女は隣でまだ眠っているハンナを起こし、自分も衣服を身に着けるのだった。

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