第6話 封印崩壊 1
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窓から差し込む朝の光を浴びて、私は目を覚ました。
ベッドの上で軽く腕を曲げ伸ばししてみる。痛みも違和感もない。昨夜の襲撃後、ギルロスにもらったポーションのおかげだろうと思った。
服を着替えて部屋を出ると、ちょうどハルも部屋から出てくるところだった。髪が寝ぐせでボサボサになっている。しかし、よほどしっかり熟睡したのか、ハルの顔はとてもすがすがしいものだった。
「いやあー、めっちゃよく寝たわあ……。20代のころに戻ったみたいな気がする。500年ぶりに飲んだけど、やっぱりギルのワインは最高やなあ……」
「ふふっ、寝ぐせがすごいわよ。顔を洗ってきたら?」
呑気なハルの様子に、私は思わず笑ってしまう。そのとき、ふと私は、彼の服に何か光るものが貼りついていることに気づいた。
「あれ……? これは何?」
ハルの服から摘まんではがす。それは、金色の長い髪の毛だった。色は私の髪と同じだけど、私よりもずっと長い。しかし、私が知る限り、グラン・セリオンを出てから今まで、そんな長い髪の女性とハルが接点を持ったことはないはずだった。
「……え!?」
あからさまにハルが慌てたような顔をした。
「れ、レイナちゃんの髪の毛やろ? レイナちゃんが添い寝してくれてたんちゃうの?」
「何を馬鹿なこと言ってるのよ! そんなわけないでしょ!」
ははーん。私の知らないところで、「男性向けのサービス」をしてくれるような店に行ったんだな。そんな時間がいつあったのか知らないけど。ま、別にいいよ。ハルがどこで何をしようと――長い金髪のお姉さんにいかがわしいサービスを受けていようと――知ったことじゃない。別に私は、ハルの彼女でも何でもないんだからね。でも、そういう店に行くんだったら、もう金輪際、私には近寄らないでほしいな。
私が汚物でも見るような冷たい目になったのを、ハルは敏感に感じ取ったようだった。
「ちょ、ちょっと、誤解やで!? おっちゃん、変な店とか行ってへんからな!?」
「『変な店』って、何のこと? 私は何も言ってませんけど……?」
「何よもう……。朝から騒がしいわねぇ……」
「いや絶対誤解してるって! ギル! お前からも何か言うたってや、なあ!」
「やあーん、ギルロスおはようっ! 昨日はすごかったねー」
私たちのやり取りを聞きつけて出てきたギルロスの腕に、私はわざと抱きついてみせた。
「……なっ、ぎ、ギル!? お、おまっ、昨日の晩、俺が寝てる間にレイナちゃんと何を……」
ハルの顔が真っ赤になる。そんな私たちのやり取りをあきれ顔で見ていたギルロスは、大きなため息をついた。
「何やってんのよアンタたち……。痴話喧嘩はよそでやってちょうだい。アタシを巻き込もうとしないで」
すげなく私を振りほどくと、ギルロスは淡々と朝食をテーブルに並べていった。
香ばしく焼いたパン。新鮮なはちみつと果物。食卓からふわりといい香りが立ち上る。
「ちょっと真面目な話をするんだけど、昨夜、魔族の襲撃があったの。アンタたちがここに来たのも、もしかしたら関係があるんじゃないの……?」
ハルの表情が改まった。
「実はな……。各地で俺たちの作った魔王の封印が壊されてるねん。魔族が復活して、このままいくと魔王が復活してしまうかもしれん。特にいま、一番危ないのが『灰燼の円宮』や。そこで『五英雄』のギルロス様にお出張りいただいて、魔族退治をしようって話になってるんや」
「嫌よ」
ハルの言葉に即答するギルロス。その表情は険しく、彼を取り巻く空気の温度さえ冷え切ったように思えた。
「たとえハルの頼みでも、人間たちのために働くなんて嫌。そもそも、あの封印はどれも、『魔界側から開くことはできない』ように施したものばかりよ。経年劣化で封印の力が弱まったとしても、魔族が勝手に封印を解くことはできないの」
ギルロスの言葉に、私は目を見開く。
「それって……、つまり……」
「こっちの世界の誰かが開けようとしたってことよ。おそらく、悪魔信仰とか魔族崇拝をしている人間たちの仕業でしょ。それこそ、『終刻解放派』みたいなカルト教団がまだいるんじゃないの?」
「しかしやなあ、ギル……」
「人間はいつもそう。戦いが終わるなり、争いの種をまき始める。アタシはハルとフィオナに幸せでいてほしかったのに、二人の幸せを引き裂いたのも人間たち。自分たちが危険な時だけ誰かに頼って、危険が過ぎ去ればコロッと忘れちゃう。そんな身勝手な人間たちのこと、許せるわけないじゃない!」
声を張り上げるギルロス。その瞳には、涙が光っていた。
「それに、今の勇者たちが集まってるんでしょ? 私たちほどじゃないにしても、今の子たちも十分優秀なんでしょ。大丈夫よ、知らないけど」
「せやけど……、敵はあのベルゼやで。魔王軍の幹部の中でも、特に俺たちが苦労した相手や。あの炎も厄介やけど、それ以上に、心の隙間につけ込む『精神操作』がタチ悪い。アイツには、今の勇者たちが束になっても、太刀打ちできへんと思うねん。アイツが復活して本格的に侵攻してきたら、この森も片っ端から焼け野原にされてしまうで」
ギルロスは黙り込んだ。沈黙は長時間続いた。
「……昨日の夜、魔族がアタシを狙って襲撃してきたのも、ベルゼの差し金かもしれないわけね」
ギルロスは大きなため息をついた。
「仕方ないわね……。今回だけよ! この森を焼け野原にされるのは嫌だし、ハルの頼みだから、特別よ!」
「ありがとう、ギル!」
ハルが喜びもあらわにギルロスの手を取った。
「そうと決まれば、対策会議をしましょ。アイツの炎と精神操作に対抗するためには、どれだけ準備しても十分ってことはないわ」
私たちは朝食を食べながら、長い会議を始めたのだった。




