第5話 ハルとハロルド 5
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ミスリル製の刀身が光の刃に変わっていた。刃の長さも、私が普段使っている長剣と同じサイズに変わっている。
「それがミルセリオンの真の姿。使い手にとって一番使いやすいサイズに変化するのよ」
何度か軽く素振りをする。柄はもう何年も前から使い込んだかのようにピタリと手になじみ、自分の腕の延長のように自由自在に動いた。
「さあ、行くわよ。ついてきなさい」
ギルロスが走りだした。私は戸惑いながら彼の後を追う。夕方、とてもじゃないけど追いつけない速度だと感じたギルロスの疾走に、難なくついていくことができた。ハルもギルロスも、この「銀月の加護」みたいな力を使って能力を上昇させていたんだろうか。
私たちは瞬く間に森を駆け抜け、迫りくる魔物たちの群れの中に駆け込んだ。
そこにいたのは、「魔人」とでも称するのがふさわしいような、禍々しい生き物たち。全身を爬虫類のような鱗に覆われた者。昆虫のような節足や、触手を体中に生やしている者。人の形をして二足歩行しているのに、明らかに人ではない生き物たちの姿だった。その怪物たちの間に、ヌルヌルとした粘液を垂らしながらうごめくスライムのような不定形生物の姿もあった。さらに上空にも、大きな翼をはためかせる人型の魔物がいる。まるで悪夢に出てくるような怪物たちが、群れを成していた。
ギルロスは文字通り、目にも止まらぬ速さで弓を撃ち続けていた。そのたびに上空の敵が射抜かれ、墜落する。地上の敵も、ギルロスに近づこうとする者は片っ端から弓の餌食になっていた。通常の弓兵は、白兵戦になるとその力を発揮できなくなる。だから剣士や騎士といった前衛の者が壁を作って敵を食い止め、射手は後方から援護射撃を行うのだ。しかし、ギルロスは敵がすぐ近くに迫っても、平然と立ち位置を変えながら射撃を続けている。それがどんなに至難の業か、ナイフ投げや射撃が苦手な私にはよく分かった。
やっぱりこの人も、伝説の英雄の一人なのだ。
ハルとギルロスという二人の英雄の戦いを、生で、間近に見たことのある人間なんて、私以外、現代に存在するのだろうか。
私は感動を覚えながら、剣を振るい続けた。
ミルセリオンは魔物の体を、手足を、首を、まるで溶けかけたバターか何かのようにやすやすと切り裂いた。私の周囲を何体もの魔物が取り囲んで襲い掛かってくるのだが、それらも全て、私には止まっているようにゆっくりと見えていた。自分の体が風そのものになったような気がした。剣を振るたび、魔物たちが両断されていく。
戦いながら、私はふと、ハルと初めて会った日のことを思い出した。あの日、私を抱えたまま群がる敵をやすやすと蹴散らしたハルの姿。彼の強さの源は、ここにあったのだ。
夢中で戦い続けるうち、気づけば周囲に動く敵の姿はなくなっていた。
私はようやく動きを止めた。体中を駆け巡っていた魔力の奔流が、徐々に静まっていく。同時に、強烈な疲労感と脱力感が全身に広がった。ガクリと足から力が抜け、立つことさえできなくなる。
「ミルセリオンの加護は、強烈すぎるのよ。慣れないうちは、効果が切れたらその反動で動けなくなってしまうわ。だから、むやみに使っちゃダメよ」
ギルロスに言われて、私はうなずいた。ハルと同じくらいの強さが手に入るのはすごいと思うけど、その反動で動けなくなってしまうのなら、うかつに使うことはできない。いざというときの「最後の奥の手」として取っておこう、と思った。
ふと、私の近くにいた魔物の姿が目に入った。その魔物は地面をはいずりながら、
「ギル……ロス……コロ……ス……」
ギルロスは冷酷な目でその魔物を見下ろすと、無言でナイフを振り下ろした。
「ああもう……やだやだ」
そうつぶやきながら、刃に付いた魔物の血を布で拭うギルロス。
「……ここに来たのは偶然じゃなくて、明らかにアタシを狙っての襲撃ってわけね」
ため息交じりにそう言うと、ギルロスは私に向かって手を差し伸べた。
「もうしばらくの間、歩けないでしょ。おんぶしたげるから、帰りましょ」
「あ、ありがとうございます……」
私はギルロスの手を取って立ち上がると、ふらつく足に力を入れ、彼の背中におぶさった。
ギルロスは私を軽々と背負うと、風を切って走りだした。
「ねえ、レイナ」
走りながら、不意にギルロスが言った。
「な、何ですか?」
私は舌を噛まないように注意しながら聞き返す。
「今夜のこと、ハルには内緒ね」
「今夜のことって……さっきの魔族の襲撃のことですか?」
「やだわ、そんなんじゃないわよ」
ギルロスはいたずらっぽく笑う。
「ミルセリオンの力のことと、あなたをおんぶしたことよ。特に、あなたをおんぶしたなんて聞いたら、きっとハルがやきもちを妬いちゃうわ」
「な、何を言ってるんですか!? わ、私とハルは……、そ、そういうのじゃないですからっ!」
「あはは、照れなくてもいいのに」
「照れてませんっ!」
本当だったらギルロスの後頭部でも殴ってやりたいところなのだけど、いま、そんなことをしたら間違いなく背中から振り落とされてしまう。私は必死で彼の背中にしがみつくことしかできなかった。
「あっははは……」
「んもー、だから違うんですってば!」
夜の森に、ギルロスの楽しそうな笑い声と私の抗議が響いた。
もう……ホンットーに勘弁してほしい。てか、ハルと出会ってからというもの、五英雄のイメージが原形残らないぐらいぶち壊れちゃったんだけど……。
私はギルロスの背中にしがみつきながら、小さなため息をついたのだった。




