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第5話 ハルとハロルド 4

 4


 私はぎょっとして短剣を見下ろす。絶対、何か特別ないわれがあるとは思ってたけど、まさか国宝だなんて……。

「それも、国宝の中でも超一級品の特別な剣。『ミルセリオン』って言って、エルフの始祖が神から授けられたという、伝説の名剣なのよ……」

 うわあ。なんだよそれ。「名前付(ネームド)き武器」って言ったら、それだけで伝説が一つ作られるような代物じゃないの。しかも本当に神様から授けられたなんて……。そんな大事なものを素材採取のために使って、「使いやすいで」ってアッサリ渡しちゃうなんて、バカじゃないの? いや、バカだ。底抜けのバカだよアイツ。まったくもう、無頓着にもほどがある!

「鍔元に、風に舞う羽根と、三日月の紋章があるでしょ?」

 ギルロスに言われて短剣をよく見ると、確かに、三日月を取り囲んで舞う羽根の意匠が刻まれていた。

「エルフたちがこの森を住みかと定めたとき、守護の証として風の神セリュアが授けてくれた短剣なのよ、それ。セリュアに守護されてるから、この森は『風語りの森』って言われているの」

「そ、そんな大切なものだったなんて……。あ、あの、返したほうがいいのかな?」

 恐る恐る尋ねる。何げなく腰にぶら下げていた短剣が、突然、とんでもない重さを持ったもののように感じて恐ろしくなってしまう。

 だけど、ギルロスの返事はびっくりするほど軽いものだった。

「んーん、そのまま持ってていいわよ」

「えっ!? でも……大事なものなんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけどね……。でも、国宝とか神剣とか言ったって、所詮、剣は剣なのよ。さっきの英雄の話と一緒。粗末にしていいとは言わないけど、ありがたがって、大事にしすぎるのも良くないって思うのよね」

「そ……そうなんだ……」

 ハルもそうだけど……五英雄の価値観、よく分かんない。いいのかしら、それで……。

「それに、人間の寿命なんて、長くて80年くらいでしょ? 死ぬ前にハルに返してくれたら、それでいいわよ」

 そっか……。一千年以上の寿命を持つエルフからしたら、数十年なんて時間、問題にならないんだ……。私たちが、数年で死んでしまう小動物を見ているのと、同じような感覚なんだろうか。と、しみじみ考えたところで、いまのギルロスの言葉の意味に気づいて、私は大慌てした。

「し、死ぬ前に、って! それじゃあ、まるで私が死ぬまでハルと一緒にいるみたいじゃない!」

「……あら、違うの? お似合いだと思ったけど……」

 勘弁してほしい。まだ私、20なんだよ。530も年上のおじさんと付き合う趣味はない。そりゃ確かに、あと30年もすればハルと同い年になって、そこから先は私のほうが年上ってことになっちゃうのかもしれないけど、フィオナみたいに「晴に看取ってもらう」なんて、とてもじゃないけど考えられない。……少なくとも、今は、まだ。

「そうなの……。まあいいわ。じゃあ、ハルと別れることになったら、その時に返してくれたらいいわよ」

 別れることになったら、っていう言い方も何だか引っかかるものを感じるけど、とりあえず今は、あまり深くツッコまないことにしておこうと思う。

「じゃあ、レイナちゃんに一つ、大切な呪文を教えておくわね」

 ふと、ギルロスが真剣な顔をして言った。

「ミルセリオンって、エルフ語で『銀月の乙女』って意味なのね。ミルセリオンを高く掲げてこの呪文を唱えると、真の姿が解放されるの」

 少し間を置いて、ギルロスが言った。

「Lunareth silmera, envalis Mirserion(高貴なる牙、目覚めよ銀月の乙女)」

「ル……ルナレス、シルメーラ?」

「そうそう」

「エンヴァリス、ミルセリオン……」

「いいわよ。発音はちょっとたどただしいけど、いざという時、正確に言えるように練習しておいてね」

「わ、分かりました……」

「あ、そうそう。それから、ハルにはもう一つ秘密が――」

 ギルロスがいたずらっぽく笑いながら、そう言いかけたときだった。

「……っ!」

 ギルロスは突然、鋭い目を空に向け、流れるような動作で弓を構えたかと思うと、立て続けに数本の矢を放った。

「え、え……?」

 何が起きているのか私にはさっぱり分からず、うろたえることしかできない。

「……レイナ、敵よ。いま教えた呪文を唱えて! 早く!」

 その厳しい口調に背中を押されて、私はミルセリオンを掲げた。

「ル……Lunareth silmera, envalis Mirserion!」

 瞬間、全身の血管が沸騰したような感覚が流れた。私の体の中を膨大な量の魔力が流れ、感覚が何倍にも研ぎ澄まされる。私の「危険感知」スキルが届くよりもはるか遠い場所から、明らかに悪意を持ってこちらに近づいてくる魔物の気配が感じ取れた。大きな翼を羽ばたかせて、空を飛んでくる魔物の気配もある。ギルロスはこれを感じ取って矢を撃ったのだと分かった。

「これがミルセリオンの『銀月の加護』よ。伝説の神剣と呼ばれるのは伊達じゃないの。勇者の『勇気(ブレイブ)昇華(アセンション)』よりも遥かに大きな力があるわ」

「勇気昇華」は、勇者だけが使える特殊スキルだ。発動すれば一時的に、勇者とその仲間の能力が大きく上昇する。スキルを発動させる勇者のレベルが上がれば上がるほど、その上昇値も増加する。私も噂でしか聞いたことがないが、ベテラン勇者グレゴール・マルセインがこのスキルを発動させると、Aランクの冒険者でも、SSランクの魔族や魔獣を単身で倒せるほどの能力値を持つことができるという。

 そんな特殊スキルよりも、遥かに大きな力があるというのか。でも確かに、さっきまでまったく気づかなかった魔物の気配がビンビンと感じ取れるようになっているだけでも、ミルセリオンの力のすごさは理解できた。

 私は手の中のミルセリオンを見て驚いた。

「これって……」

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