第5話 ハルとハロルド 3
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ハルは長い話を終えた。
ゆっくりとワインを飲みながら、
「皮肉というか何と言うか……。小説家になりたいと思って文章を書き続けて、この世界にやってきて、自分をネタにした話が、時代を超えた生涯最大のヒット作になったんよなあ……。前の世界やったら死ぬまで印税生活できたんやけど……」
そうつぶやいて、深いため息をつく。
私は言葉をなくしていた。あまりにも荒唐無稽で、途方もなくて、どう受けとめたらいいのか分からない話だった。
目の前にいる男が、子供のころから親しんできた五英雄の物語の作者であり、主人公だなんて。しかも、元は異世界の人だったなんて。
頭がクラクラするのは、ワインのせいだけではなかった。
「ちょっと……頭を冷やしてくるわ……」
私は席を立つと、建物の外に出た。
外はすっかり暗くなっていた。ひんやりとした夜風が頬を撫でる。ざわざわと木々の葉ずれの音が響いた。
ハロルドとフィオナが結婚していたことは、当然ながら私も知っていた。
しかし、ハルが既婚者だったという事実は、何だかしっくり来なかった。
私が知らなかっただけなんだけど。聞かなかっただけなんだけど。
別に、ハルのことが好きだとか、そういうことではない。断じてない。決してない。だけど、これまで身近にいて仲良くしていた仲間が実は伝説の英雄で、しかも既婚者だった(奥さんはもう400年以上前に亡くなっているんだけど)と言われて、どう反応したらいいのか分からなくなっていた。
ふう、とため息をつく。見上げると、生い茂る木々の間から月の光が差し込んでいた。
「助けてくれた人が、本物の伝説の英雄だったなんてなあ……」
もう一度、ため息をつきながらつぶやく。
伝説の英雄と、復活した魔族。そして召集された勇者たち。まさに今、現在進行形で英雄叙事詩の物語が進んでいるのだという事実が、あまりに現実味がなさすぎて、全然実感できない。
私はもう一度、大きなため息をついた。
「悩んでるみたいね」
ひょこ、とギルロスが隣にやってきた。
「ハルが酔いつぶれて寝ちゃったから、こっちに来たわ」
「え……。ハルって、お酒で酔うんですか? 毒を飲んでも死なない、つまり毒が効かないんですよね?」
「彼の場合、毒への耐性を自分で操作できるのよね……。酔いつぶれてもいいときは、毒無効のスキルを切ってるわけ。まあ、そんなときなんて滅多にないんだけどね」
「ここならギルロスが一緒だから、酔いつぶれて寝てても大丈夫って思ったわけなんですね」
「そういうことね。ところで……悩んでるのは、やっぱりハルのこと?」
「あ……はい……。何て言うか、これまで、ちょっと得体の知れないところはあるけど、ただの仲間としか思ってなかった相手が、伝説の英雄だったっていうのが、うまく受けとめきれなくて……」
「ハルって、今でも相変わらずえっちな冗談を言ってるの?」
「あ、はい。それはもう……。初めて会ったときからポーションを口移ししてやろうとか、助けたお礼は体で払えとか……。抱っこされたときに、どさくさ紛れでお尻も触られたし……」
「あら……。結婚したおかげで、女の子にセクハラできるぐらいの度胸はついたみたいね。昔からハルって女性に関してはとことん臆病で、えっちな冗談は言うんだけど、実際には本当に奥手だったの。フィオナをいつもからかってたくせに、結局、結婚するまで手さえまともにつないだこともなかったのよ」
「そうだったんだ……」
「だから、もし今度、ポーションを出して『口移ししたろか?』って言ってきたら、『うん、お願い』って言い返してやったらいいわ。きっと、途端に真っ赤になって取り乱しちゃうと思うから」
ギルロスの言葉に私は思わず笑ってしまう。顔を真っ赤にして「あ、アカン、アカンて! 冗談やん! おっちゃん既婚者やで!?」なんて取り乱すハルの姿が、ものすごくリアルに想像できたのだ。
「既婚者って言っても、フィオナはもう400年以上前に死んじゃってるのにね……。今でもあの子のことが好きっていうのもあるかもしれないけど、そうやって壁を作っておかないと、あなたとの関係を保つことができないって思ってるんでしょうね」
その言葉に、胸がズキリと痛む。壁を作っておかないと保つことのできないような関係って、何なんだろう。彼にとって私は、どこまでいっても保護対象なんだろうか。だけど、ギルロスの続けた言葉は、私が思っていたのとは全く違うものだった。
「……結局、英雄だの何だのって言っても、中身はただの人なのよ。何百年も死なないっていうだけの、ただの人。だから、あんまり特別視しないで、これまで通り付き合ってあげてほしいのよ」
「そ、そうなんだ……」
ふと、中央ギルドでギルロスの支援要請の話が出たとき、ハルが渋ったことを思い出した。彼が「聞いてしまったら、二人の関係がこれまで通りというわけにはいかなくなる」と言っていたのは、まさにこのことだったのだ。
私と一緒にいたいと思っているからこそ、正体を明かしたくなかったんだ。
550歳(?)にもなって、なんて不器用なんだろう。
「まったく、もう……」
そうつぶやいて、ため息をつく。だけど、そのため息はさっきまでのものとは全く違うものになっていた。よし、明日になったら全くいつも通り、何ごともなかったかのように振る舞ってやろう。私はそう決意していた。
「あら? それって……?」
ふと、ギルロスが私の腰のベルトを見て声を上げた。ハルにもらった短剣が差し込んである。
「あ、これ……。スターボアを解体したとき、ハルが『めっちゃ使いやすいで。気に入ったらあげる』って言って、くれたんだけど……」
「はあ……。もう……、ハルらしいといえばハルらしいんだけど……」
「あの……これってやっぱり、すごく大事なものだったり……する?」
「うん。エルフの国宝よ、それ」




