表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/34

第5話 ハルとハロルド 2

 2


 多田野晴は奈良県南部のある町に生まれた。現在は少子高齢化の波をまともに受け、「消滅可能性自治体」の一つに入っている地方自治体だが、当時は第二次ベビーブーム世代の終わり頃で、田舎であっても、まだ小学校も中学校も1学年に1、2クラスがあった時代だった。

 そこそこ成績の良かった晴は中学卒業後、奈良県中部の進学高校へと進み、関東地方の中堅大学へと進んだ。

 しかし、晴が大学を卒業したのは、就職氷河期の真っただ中だった。何十社と面接を受け、断られることが続いた。採用通知をくれたのは、パチンコ屋と先物取引の会社だけだった。

 やむを得ず就職した先物取引の会社だったが、やることはひたすら毎日、飛び込み営業と電話営業ばかり。心を病んで会社を辞めてからは、職を転々として生活を維持するだけの日々が続いた。

 何度かの転職の後、ハルは兜山市のイベント企画会社で契約社員として働き始めた。

 もともと、晴は子供のころから趣味で小説の執筆を続けていた。「いずれ作家デビューできたら……」という思いは持ち続けていたが、その機会に恵まれないまま、いつしか中年になっていた。仕事の合間を縫って作品を執筆し、細々とブログや小説投稿サイトに投稿することだけが、彼のささやかな楽しみだった。

 そして、ある日。晴は交通事故に巻き込まれて命を落とした。

 気がついたとき、晴の目の前には「神」がいた。「神」は晴に願いを尋ね、彼は激痛によって薄れゆく意識の中で、ただ「死にたくない」と願った。

 そして、次に気がついたとき、晴は異世界にいたのだった。

 行き倒れていた晴を助けたのがフィオナだった。彼女は魔族に占拠された村、ノルンを解放するため、単身で乗り込もうとしていた。その道中で晴と出会ったのだ。

 身寄りがなく、行き場のない晴は、

「おねーちゃん! お願い! 置き去りにせんとって! 俺、迷子やねん! せめてこの近くの街まで! それだけでもええから連れて行って!」

と、恥も外聞もなくフィオナのスカートにすがりつき、

「やめてください、はなっ、離して! 離しなさーいっ!」

と、何度か足蹴にされながら、強引に同行を認めさせた。

 晴は、中学時代の部活動で剣道をほんの少し習った以外、戦闘の経験などはなかった。しかし、この世界に転生した際、「神」の祝福を与えられたことで、ありとあらゆる能力が人間離れした強さになっていた。

「ゲームで言うところの『全能力値が最強の状態』だった、というわけやな。しかも『死にたくない』という願いが叶えられたおかげで、怪我をしても毒を飲んでも死なない。そんな状態で戦い続けるうち、スキルもどんどん磨かれていったわけや」

 手始めにノルンを占領していた魔族を全滅させ、その後も二人はバルフォード、エルディン、ギルロスといった仲間を得て魔族との戦いを続けた。

 黒翼の魔女との戦い。炎の狂剣士との戦い。100体を超えるオーガとの三日三晩に渡る死闘。魔族の暗殺者部隊を単身で壊滅させた戦い。

 五英雄叙事詩の中で語り継がれている、いくつもの死闘。その中には、

「あまりにもこれは非現実的すぎる。いくらハロルドが無敵と言っても、もうちょっと控えめに書いたほうがリアリティが増すやろ」

と、晴が判断し、数字をあえて少なくしたものもあった。たとえば、オーガとの死闘は実際には500体を超える一個大隊を相手にしたものであり、戦った時間はわずか1時間程度というものだったのだという。

 そうした無数の戦いを経て、5人は魔王を倒すに至った。

 大戦後、晴は「ハロルド・グレイアーク」と改名した。「多田野晴」という名前は、当時のこの世界ではあまり一般的でなかったためだ。「ハル」をアレンジして「ハロルド」とすれば、「ハル」という名前をそのまま愛称として使うことができる。ちなみに「グレイアーク」という姓は、晴がかつて執筆していた小説の主人公に使っていたものだった。

 そして、「ハロルド・グレイアーク」を名乗った晴は、フィオナと結婚した。

 晴は50歳。フィオナは当時25歳。親子ほど年齢の離れた二人であり、出会った当初、晴に対するフィオナの感情は絶対零度に近いほど冷え切ったものだった。

 しかし、旅を続け、冒険者としての実力を磨くなかで、晴は年相応の落ち着きとリーダーシップを身につけていった。幾度となく死線を潜り抜け、窮地に陥った仲間を助け出すなど、「聖騎士」の称号にふさわしい活躍を重ねるなかで、フィオナは晴に心を寄せるようになっていったのだ。

 それでも実際のところ、晴は結婚に乗り気ではなかった。年齢が離れすぎている、というのが主な理由だったが、それ以上に、晴はこれまで女性と付き合った経験が一度もなく、結婚に対しても全く前向きになれなかったのだ。

 しかし、フィオナが、

「今は親子ほど歳が離れてるかもしれないけど、晴は死なないし、年も取らないんでしょ!? だったら、25年したら同い年。そこから先は私のほうが年上になるわけ! だからいいの! 私は晴に看取ってもらうと決めたの!」

と強引に説得し、結婚を決めたのだった。

 そして魔界大戦終結から50年。晴に見送られて、フィオナはその生涯を閉じた。

 フィオナの死後、晴は彼女の思い出を忘れないように、小説の執筆に取り掛かった。

「ハロルド・グレイアークとその仲間たち」を主人公とした自伝風の冒険譚だった。実際に自分が体験しているのだから、執筆は極めて順調に進んだ。

 ただ、主人公ハロルドに関しては、見た目を徹底的に美化して描いた。

 フィオナとの関係を描くうえで、自分のような冴えないオッサンと若い女の子のラブロマンスよりも、美男美女のカップルにするほうが、ずっと物語としてウケると思ったからだった。

 しかし、理由はそれだけではなかった。

 魔界大戦終結後、十数年もすると、さまざまな組織や国が、晴たち五英雄の力を利用しようと暗躍を始めたのだ。特に魔王を倒すほどの剣技を持つ晴は、たった一人で国同士のパワーバランスを変えてしまうような存在だった。中には、晴を引き入れるために金銭や美女、美食といった「飴」だけでなく、関わりを持った人々を脅迫するなどの「鞭」を使う組織もあった。当然ながら、そうした組織は片っ端から晴と、唯一存命していたギルロスが叩き潰した。しかし、幾度となく繰り返される争いの中で、ギルロスは完全な「人間嫌い」になってしまったのだった。

「だって、ハルは世界のために戦って、愛する妻を亡くしたのよ? 戦時中は英雄と称えていたのに、平時に戻ったら自分たちの戦いのためにハルを利用して、言うことを聞かなければ脅迫して……。そんなの、許せないじゃなぁい? 二人が子供を作らなかったのも、『自分たちの目の届かない場所で、子供や孫に危険な目に遭うのが嫌だから』だったのよ!? 本当なら子供や孫に囲まれて、幸せな家庭を築いていたはずだったのに……」

 ギルロスはそう言って憤慨する。

 そんな中で、晴は隠遁生活を送りながら執筆を続けた。

 物語の中で、五英雄たちは大戦終結後、別々の道を歩み、それぞれが幸せな結末を迎えたことにした。ハロルドとフィオナが結婚するのは史実通りだったが、二人は戦後50年を経て、大勢の子供や孫たちに囲まれながら死んだことにした。

 そして晴は物語を書き上げると、大枚をはたいて当代の人気絵師を招き、絵物語を作らせた。『五英雄叙事詩』は物語の内容の面白さもさることながら、添えられた美麗な挿絵が好評を博し、世界的なヒット作となったのだった。

 やがて、さらに五十年、百年と時代が流れ、晴本人と会ったことのある人間はいなくなった。

「ハロルド・グレイアークは金髪長身の美青年」というイメージが世界に定着し、本物の多田野晴のことを知る人がいなくなったところで、晴は気楽な諸国漫遊の旅に出た。魔界大戦の際に各国から得た褒賞金は、晴一人では数百年かかっても使い切れないほどの金額だった。だから各地で豪遊し、気が向けば、たまにダンジョンに潜って人助けをした。

 そして、レイナと出会ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ