第5話 ハルとハロルド 1
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ハロルド・グレイアーク。言わずと知れた、魔界大戦における五英雄の一人である。
「閃光の聖騎士」の異名を持つ彼だが、実はその出自は謎に包まれている。
彼の武名が知られるきっかけは、魔界大戦初期の「ノルン村解放戦」だ。魔族に占拠され、人々が生贄にされていた村、ノルンに乗り込み、魔族を全滅させて村を救出した。その際、村の救出のために派遣された聖女フィオナと出会い、二人は行動を共にすることになるのだ。
しかし、ノルンでの戦い以前の彼が、どこで、どんな活動をしていたのかは、全く知られていない。
その伝説の聖騎士が。
いま、私の目の前にいる。
「ハロルド・グレイアーク。それが、この世界のおっちゃんの本名やねん」
そう言ったハルは照れくさそうな、困り果てたような、何とも言えない複雑な顔をしている。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
「閃光の聖騎士」ハロルドといえば、長い金髪をなびかせた美男子だよ。こんな貧相なオッサンがハロルドなわけないじゃない。
だけど、ギルロスとお揃いのペンダントを持っていて、「何百年ぶりの再会」なんて親しげに話している様子を見ていると、二人が嘘をついているとは思えなかった。そもそも、私を騙したところで何の意味もないのだ。
だけど……だけど!
そもそも伝説によれば、ハロルドはエルフなど、長命種族の血が入っているわけではない、普通の人間のはず。その人が500年前の魔界大戦で戦って、どうして今も生きているの?
それに、ギルロスの見た目が絵物語からそのまま抜け出してきたみたいなのに、ハルの見た目が全然違うのはどういうことなの!?
どんなに考えても答えは出ない。私の脳が理解を拒んでる。私は頭を抱えて座り込んだ。
「……まあ、事情を知らない今の若い子からしたら、混乱するのも仕方ないわよねぇ。とりあえずハル、この子を連れて私の別荘に来なさいよ。熟成を効かせたとっておきのワインがあるわ。みんなで飲みながら、ゆっくりお話ししましょ」
「そうやな。そうしよか。ほなギル、悪いけど世話になるわ」
「いやあね、ハルったら。私たちの仲で遠慮なんかいらないわよ。じゃ、暗くなる前に行きましょ」
ギルロスが立ち上がる。ハルも立ち上がると、私のほうに手を差し伸べた。
「ギルが森の中で本気出して走ったら、おっちゃんでもついていくのがやっとやねん。レイナちゃんが迷子になってしもたらアカンから、おんぶと抱っこ、どっちがええかな?」
「どっちも嫌、って言いたいけど……、そしたら、置いていかれちゃうんだよね、私……」
「うん、間違いなくな」
「その……私のペースに合わせて走ってもらうわけにはいかないのかな?」
「うーん……、その場合、日没までにギルの家に到着できへんと思うねんなあ……」
「わ……、分かったわよ……。じゃあ、おんぶして……。だけど、変なとこ触ったりしたら怒るからね!」
「分かってるって、さわらへんよ……多分。知らんけど。手が当たってしまうのは勘弁してや」
「うー……」
ハルは背負い袋を自分の体の前に回して括りつけ、背中を空けて私の前にしゃがみ込んだ。私は渋々、ハルの背中に体を預ける。
「しっかり捕まっときや。中途半端な捕まり方やと、途中で振り落とされるかもしれへんで」
「わ、分かったわよ……」
初めてハルと出会った日、彼がとんでもない速さでダンジョンを抜け出し、街まで駆け抜けたことを思い出した。あんなスピードで走るのだとしたら、確かにきちんと捕まっていないと振り落とされてしまうだろう。
「レイナちゃん、しっかり捕まった? 忘れ物はない? 準備はええね? ほなギル、行こか」
「はぁい。じゃあついてきてねぇー」
ギルロスはそう言うなり、疾風のように走りだした。ハルも私と二人分の荷物を抱えたまま、同じ速度で走ってついていく。人間離れした二人の速度は、とてもじゃないけど私がついていけるものではない。競走馬でもないと、この二人には追いつけないんじゃないだろうか。
そんな速度で走ってるくせに、
「ねえハル、ところでその子とはどこで知り合ったの?」
「実は知り合ったのは、つい最近のことやねん。ダンジョンを散歩しとったらこの子が置き去りにされててなあ……」
「かわいそうだから連れて帰った、ってわけ? そういう妙に世話好きなところ、昔っから変わんないわねぇ……」
「まあなぁ……。それだけがオレの取り得みたいなモンやし……」
「フィオナも、ハルのそういうところが好きだったのよねぇ」
「そんな昔のこと言わんとってや。恥ずかしいやん」
「私にとっては、ほんのちょっと前の話なのよぉ。っていうか、ハルだって同じくらいの時間を生きてきたんだから、分かるでしょ?」
「いやいや、エルフの時間感覚と一緒にせんとって。オレは死なへんっていうだけで、時間の感覚は人間のままなんやから」
普通に雑談してる。本当に一体、何なのこの二人。人間離れしてるっていうか、人としての常識の線を二、三段階先まで飛び越えちゃってると思う。
ってか、いま、さらっとハルがとんでもないこと言ったよね? ハルって不死身なの? まあ、そうでもないと魔界大戦の英雄が今も普通に生きてるなんて考えられないわけなんだけど……。
私が口を挟むこともできないままあれこれ考えているうちに、二人は猛スピードで森の中を駆け抜け、やがて一軒の丸太小屋にたどり着いた。その建物は森の木々の間に溶け込むように建てられていて、いかにも森との調和、共生を重視するエルフの手による建物だと感じさせた。
「いやー、久々にギルと森駆けしたけど、やっぱりキツいなー」
ハルは笑いながら言うと、私を背中から下ろした。キツいなんて言ってるけど、息一つ乱していないし、疲れた様子もない。むしろ、ハルの背中で強風に晒され続けた私のほうが体力を消耗しているかもしれない。
「なぁに言ってんのよ、500年前と全然変わってないじゃない。さ、上がって。遠慮はいらないわよ」
ギルロスは朗らかにそう言うと、入口のカギを外して扉を開ける。閉め切った建物にこもる特有の湿った匂いが、ヒンヤリとした空気と共に流れてきた。
建物の中はシンプルな作りだった。椅子とテーブルなど、必要最低限の家具が置いてあるだけで、装飾らしきものはない。ギルロスは暖炉に薪を詰めると手早く火をつけた。テーブルのランプにも火をともし、室内が一気に明るさを増す。
「二人とも、ちょっと待っててね。奥にとっておきのワインがあるのよ、適当に座ってくつろいでてね」
ギルロスはそう言って奥の部屋に入っていった。取り残された私とハルの間に、気まずい沈黙が流れる。それに耐えきれなくなって、私は尋ねた。
「ハル……じゃなくて、ハロルドって呼んだほうが、いい?」
「いやいや、これまで通りハルでええで。もともとハルっていうのが本名やねん」
「本名って……、一体、どういうことなの? 何だか分からないことばかりで、もう頭が追いつかないよ……」
「そうやろなあ……。ギルが戻ってきたら全部話したるから、それまで待ってくれるかな?」
「ハルとギルロスってこんなに仲良しなのに、会いたくないって言ってたのはどうして?」
「……ギルロスと会ってしまったら、おっちゃんが本当に五英雄やってバレてしまうやろ? これまで得体の知れないオッサンやと思っていた相手が、実はハロルド・グレイアークだったと分かって、レイナちゃんはこれまで通りの付き合いができるか?」
「うー……」
私は言葉に詰まる。伝説の英雄でも何でも、ハルはハルだ。私にとって、かけがえのない頼れる仲間だ。……と、言葉にするのは簡単だけど、やっぱり心がついてこなかった。
「『これまで通りとはいかなくなる』って言ったやろ?」
私には返す言葉がなかった。再び、室内に気まずい沈黙が流れる。その空気を打ち破ってくれたのは、小さなワイン樽を抱えたギルロスだった。
「はぁいお待たせ。大したものは用意できないけれど、これでも食べながら話しましょ」
そう言って差し出した皿には、小さな固焼きパンの上にチーズと干し肉や干し果物を乗せたものがぎっしりと並べてあった。
「おっ、ギルロスのカナッペやね。久しぶりやなあ。このチーズ、めっちゃ美味いんやで」
ハルが目を輝かせる。ギルロスはニコニコとほほ笑みながら、ワインを陶製のカップに注ぎ、私たちの前に配った。
「さ、積もる話は飲みながらね。お酒は心の扉を開く鍵よ。飲みすぎると舌が滑り過ぎちゃうから、注意が必要だけどね」
うんうん、とうなずきながら、ハルはカップを掲げる。
「500年前の仲間と、今の仲間に。乾杯」
私とギルロスもカップを掲げて応える。一口飲んだワインは香り高く、どっしりとした味わいだった。
「さて……。どこから話したもんかと思うけど、そもそものところから話すほうがええんやろうね。レイナちゃんには馴染みのない地名ばかり出てくるかも知れんけど、勘弁してな」
そう言って、ハルは話し始めた。それは、あまりにも現実離れした内容だった。
「あのな……。おっちゃん、もともとこの世界の人間とちゃう。日本っていう国のド田舎で生まれ育ってん」




