第4話 伝説の英雄 4
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勇者一行がグラン・セリオンを出発してから数日後。私とハルも王都を後にした。
目指すのはエルフたちの住む「風語りの森」。木々を渡る風の音が、古の物語をささやき合うように聞こえるところから名づけられたその森は、招かれざる者がうかつに足を踏み入れれば二度と出ることができないとも言われていた。
魔界大戦の折にエルフ族も参戦したことがきっかけで、森が開かれた。戦後もしばらく、エルフと人間たちとの交流は続いた。そのおかげで、森の中にも道路が整備され、エルフたちの集落までの地図が作られたのだ。
私たちはいま、その地図をもとに、ギルロスの住むという集落を目指していた。
当初は「森に入った途端、魔法で眠らされるんじゃないか」とか「遠くから弓で撃たれるんじゃないか」と心配していたのだが、ハルがあまりにも呑気な口調で「心配いらんて」としか言わないので、私の警戒心も徐々に緩んでいた。
しかし、一つだけ問題があった。
森の中に入ると、ハルは極端に口数が少なくなった。間が持たなくて、つい私のほうから話しかけてしまう。
「ねえ、ハル? どうしてギルロス様は森から出なくなったの?」
「……いろいろあったんやろ」
ボソッとつぶやくような返事。
普段ならどうでもいいような軽口や冗談を言い続けてふざけてばかりいるのに。
かといって、機嫌が悪いわけでも、何かに悩んでいるわけでもなさそうだ。むしろ、彼が周囲を眺めるときの表情は、どこか懐かしい場所に帰ってきたときのような柔らかさにあふれていた。
いったい、この森とハルの間には、どんな関係があるというのだろう。
「エルフの森に行ったらちゃんと話す」
と言っていたけれど、いつになったらちゃんと話してくれるんだろう。
私の疑問は尽きないまま、森に入って数日が過ぎた。
木漏れ日が弱まり、太陽が傾き始めたと思われるころ、
「ねえ……。この道で、合ってるんだよね?」
私はハルに尋ねずにいられなかった。
道はきちんと整備されているが、いくつもの分岐があり、道標などはほとんどない。しかも森の木々に視界が遮られているので、景色もほとんど変わらない。差し込んでくる木漏れ日から太陽の角度を推測し、時間と、歩いてきた距離を計るしかない。目標になる建物や標識などがないまま地図だけを頼りに歩くのだから、不安になるのも無理はなかった。
「大丈夫やで。地図があるんやし、そもそも昔はみんな、地図なんてないまま行き来してたんやから」
「……地図のない時代って、何百年前の話なのよ。そんな大昔のことを引き合いに出されても困っちゃうわよ」
「現代っ子やなあ……」
あきれたような口調でため息をつくハル。ふと上を見上げると、木々の間から太陽の位置を確認し、
「もうちょっとで日が暮れるな。ぼちぼち野営の準備を始めよか」
とつぶやいた。
私はうなずくと、道路沿いの手ごろな空地に入った。荷物の中から山刀を取り出し、二人で薪集めに取り掛かる。野営前の薪集めは重要なのだ。一晩、火を焚き続けるとしたら、30キロぐらいの薪が必要になる。ただ、生木は水分を多く含んでいるため、重さのわりに燃焼効率が悪い。ほどよく乾燥した大きな倒木がすぐに見つかればよいが、そうでなければ、薪に使えそうな枯れ木を探し出して伐採するしかなかった。
野営地の周辺を歩き回り、薪にできそうな木を見つけては持ち帰る。もちろん、野生動物やゴブリンなどの妖魔への警戒も絶やすわけにいかない。クマやオオカミなどの住みかが近くにあるのに、呑気に寝ることなんて不可能なのだ。「危険感知」のスキルをフル活用しながら、私は作業を続けた。
何度くらい野営地に薪を運んだだろう。疲れた私は積み上げた薪の横に座り込んだ。
「どうぞ」
差し出された水を受け取って飲み干す。
吹き抜ける風が、サワサワと木々の枝を揺らした。この森の名の由来となったように、枝ずれの音が何かを語り合っているかのように聞こえる。
森の中は暗くなるのが早い。ハルの「もぐもぐポーチ」があるから食事の準備は必要ないが、地面からの冷気を遮るため、寝床として使う枯葉も集めておかねばならない。一休みしたら作業を再開するつもりだった。
「ねえ、ハル……。いま、するべきかどうか分かんないけど、この前言ってた話ね……」
積み上げた薪を見つめながら話を切り出す。その私の目の前で、森の奥から出てきたハルが山盛りの薪を積み上げてくれた。
「……ふう、重たかったー。ま、こんぐらいあれば足りるやろ」
「ありがとねぇ。じゃ、焚き火の準備を始めましょうか。あ、ハル、そっちの荷物取ってくれる?」
「……うん?」
そこで初めて、私は違和感に気づいた。
ハルはたったいま、森の奥から出てきた。
じゃあ、さっき私に水を渡してくれたのは、誰?
いま、ハルに話しかけたのは誰?
「危険感知」のスキルが全然反応しなかったということは、つまり、私たちに敵意を持った相手ではない。しかし、私がまったく気づかないままこんな近くまでやってきて、あまりにも自然に会話に加わるなんて、一体何者なんだろう。
振り返ると、長い茶色の髪を無造作に垂らしたエルフがいた。女性と見間違えそうなほどの美貌。優美な装飾を施された弓。そして、木々の葉に溶け込むような緑の胴衣。
「……ん? どしたの?」
私と目が合ったエルフは、軽く首をかしげてニッコリほほ笑む。うわ美人。男女関係なく惚れてしまいそうな魅力を感じてドキッとする。その笑顔は、小さいころから何度も目にした絵物語から、そのまま抜け出してきたような美しさだった。私は絶句したまま、目をパチクリさせることしかできない。
「あ、あの……えっと……。もしかして、ギルロス……様?」
「あらやだぁ、様なんてつけなくていいわよぉー」
手を口元に当て、私の肩をポンポンと叩きながらあどけなくキャハハと笑う。
「んもー、ハルったら何百年ぶりだと思ってるのぉ? フィオナと一度遊びに来て以来、手紙の一つもよこさないなんて寂しすぎるじゃない! せっかくだからこんなところで野宿なんてしないで、うちの別荘に泊まっていきなさいよぉ」
私は目が点になる。何このフレンドリーさ。っていうか、ギルロスとハルって知り合いなの?「フィオナと遊びに来た」って、「癒やしの聖女」フィオナのこと!?
私が驚きすぎて硬直している様子を見て、ギルロスは不意に口をつぐんだ。
「あ……。えっと、もしかしてハル……。この子に、自分のこと話してないの?」
黙ってうなずくハル。ギルロスは慌てて
「あらやだホントに!? ごめんなさいっ、今のなし! なし! 聞かなかったことにして! ね!」
「……いやもうどう考えても手遅れやろ」
二人の漫才みたいなやり取りに、私はどう反応していいのか分からない。
そんな私を見て、ハルは深いため息をついた。
「はあ……。あのな、レイナちゃん。前におっちゃん、自分の本当の名前、バルフォードやって言ったやろ? あれ、嘘やねん」
「そ、そんなこと分かってるわよっ!」
馬鹿馬鹿しい。ハルがおとぎ話に出てくる伝説の五英雄だなんて、そんなヨタ話を私が信じていると、本当に考えていたのだろうか。
ハルは首元に下げているペンダントを取り出した。鎖の先端に精妙な造りの護符があしらわれている。高位聖属性を付与されたアイテム特有の清らかなオーラが伝わってきた。パッと見ただけでも、それがミスリル製のとんでもなく値打ちの高いものなのだと分かる。
「これな、戦女神スフォルティーヌから直々に祝福された護符やねん。世界に五つしかないんやで」
ハルの言葉にうなずきながら、ギルロスも首元のペンダントを取り出した。ハルと全く同じ意匠の護符が吊り下げられていた。
戦女神から直々の祝福? 世界に五つしかない?? ギルロスとお揃い!!??
「それ……それって……つまり……」
私の声が震える。まさか、そんな馬鹿な。あり得ない、あるはずがないよ……。
だけど、ハルの言葉はその「あり得ない」はずの事態を裏付けるものだった。
「ハロルド・グレイアーク。それが、この世界のおっちゃんの本名やねん」
「えええええええええええええええーっ!?」
私の絶叫が森に響き渡った。




