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第4話 伝説の英雄 1

 1


 王都グラン・セリオンに時ならぬ祭のような、浮ついた空気が流れていた。

 もともとは「歴代の勇者たちが、全員、グラン・セリオンに召集されるらしい」という、出所も定かでない噂だった。

 しかし、王宮から「歴代勇者による魔族討伐部隊が編成される」という情報が正式に公表され、冒険者ギルドからも「Aランク以上の冒険者による魔族討伐クエスト」の募集が始まり、噂が本当だと誰もが知ることになった。

 腕に覚えのある冒険者たちは討伐クエストの高額報酬や、それに参加することで得られる名声について、町娘たちは自分の〝推し〟の勇者についての思いを語り合った。

 歴代勇者の中には、既に大型邪竜討伐などの大クエストを達成し、〝生ける伝説〟として名を馳せている者もいた。

 そうした偉業がなくても、定期的に行われる「勇者選定の儀」は国の一大行事であり、国民にとって大きな関心事の一つでもあった。そのため、勇者一行がグラン・セリオンに集まるともなれば、多くの人々が注目するのは当然なのだった。

 話題の中心として、特に注目を集めていたのが現役最年少の勇者、ルカだった。

 22歳の若さで圧倒的な強さと能力の高さを示し、満場一致で勇者として認定された。それだけでも街の人々の話題を集めるのには十分だったが、彼がかなりの美形という点で、特に女性を中心に話題が沸騰していた。

 彼の名前を聞くたび、私は複雑な思いがするのだった。

 ルカこそ、私をダンジョンに放置した張本人だったからだ。

 確かに彼の能力は高い。それに美形だ。しかし彼の本性は、自分の言うことを聞かない女を平気でダンジョンに置き去りにするような、残酷なものなのだ。

 私の中では、彼に「二度と会いたくない」という気持ちと、「せめてひと言でも、文句を言ってやりたい」という気持ちがずっと渦巻いていた。

 そんな私の気持ちを聞いて、ハルなら、どう答えるだろう。

「もう『昔の男』のことなんて忘れて、おっちゃんとの旅を楽しんだらええやん」

なんて茶化すんだろうか。それとも、

「言うたれ言うたれ。お前のせいで私は死にそうな目に合うたんやぞーって。それぐらい言うてもバチは当たらへんで!」

なんてけしかけるんだろうか。どっちもありそうだった。

 だけど私は、ハルに打ち明けられずにいた。

 自分が「カラダ目当てで勇者に誘われて、捨てられた女」だなんて、ハルに知られたくなかったのだ。


 そんな中で、私たちは中央ギルドに呼び出された。

 応接室では、既にギルドマスターのディランが待ち受けていた。ひどくこわばった彼の表情を見て、私たちへの用件が非常に重大なものなのだということが伝わってきた。

「……まず、君たちに現状の説明をしておきたい」

 そう前置きしてディランは説明を始めた。

 全国各地で魔族や魔獣の活動が活発化していること。

 魔王封印のために設置された遺跡がいくつも破壊されている――そのうちの一つが星詠みの祠だった――こと。

 特に、東部火山地帯の大断層周辺で多くの結界が破壊され、「灰燼の円宮」と呼ばれるダンジョンが解放されそうになっていること。

 その封印のために歴代の「勇者」認定者たちを召集し、「灰燼の円宮」に派遣すると決まったこと。

 いくつかは街の噂でも耳にしていた話だったが、こうして聞くと、とんでもない事態が現在進行形で発生しているのだと実感する。

「『灰燼の円宮』っていうことは……。封印されてるのはベルゼやな?」

 ハルがつぶやいた。

 ベルゼ。

 その名は五英雄叙事詩に親しんでいる人なら、誰でも知っている。

「灼滅の狂剣士」ベルゼ・グラナド。炎を操る魔界の剣士で、剣技だけなら魔王すらしのぐと言われている。しかもタチの悪いことに、高度な精神操作の魔法を使って人の心を操るため、うかつに近づくことすらできないという、魔王の幹部だった。

 もしも、そんな凶悪な魔族が復活したら。

 各地の封印は片っ端から解放され、魔界の門が開かれるだろう。魔王やほかの幹部が復活し、魔族の侵攻が始まる。魔界大戦の再発になるのは間違いなかった。

「そこで、我々としては『あのお方』の力をお借りすることになった。そのための使者を、君たちに務めてもらいたいのだ」

 ディランが重々しく言った。

「『あのお方』……?」

 私は首をかしげる。

「五英雄の一人。ギルロス様だ」

「光の射手」ギルロス。エルフの弓使いだ。確かにエルフなら、魔界大戦から500年が過ぎていても存命だろう。とはいえ、ベルゼといい、ギルロスといい、子供のころから親しんできたおとぎ話の登場人物の名前がポンポン出てくることに、私は戸惑いを隠せなかった。

 しかし、ギルロスの名を聞いた瞬間、ハルが体を震わせた。

「ギル……、あ、いや、えっと、それは……マズいんちゃう……かな……」

 明らかに動揺している。

「どうしたの、ハル? ギルロス様について、何か知ってるの?」

「あー、いや、あの、その……」

 ダラダラと冷や汗までかいている。

「ギルロス様は、人間がお嫌いなのだ」

 ディランが説明した。

「ギルロス様は魔界大戦の際に魔王討伐には力を貸してくださった。しかしその後、エルフの森に帰られて、人間の前に現れなくなった」

「……どうして、なんですか?」

「詳しいことは伝えられていない。一説によると、魔王が封じられて平和になった途端、国同士で争い始めた人間に嫌気が指したのだとも、もともと人間がお嫌いで、森を守るためだけに参戦したのだとも言われている。だから、どこかの国が協力を仰ごうとして使者を送った際に、その使者が魔法で眠らされて森の外に放り出されたとか、遥か遠くから無数の矢を射られてハリネズミのような姿にされたといった伝説があるのだ」

「そんな人のところに……私たちが行って、大丈夫なんですか?」

「冒険者は、国や組織に所属する者ではない。だから唯一、ギルロス様が会ってくださる可能性がある、と言われているのだ」

「だけど……、それなら私たちよりももっと高ランクの冒険者たちのほうが……」

と、言いかけて、私は気づいた。Sランク以上の冒険者たちは、ギルロス様の所に行くよりもベルゼ討伐に行くほうが優先されるのだ。Aランク冒険者であり、この件に関わりのある私たちが行くのは当然のことだった。

「……わかりました。いいよね、ハル?」

 私はうなずいた。ハルのほうを見ると、彼はいまだに冷や汗をかきながら、現実逃避するように明後日の方角を眺めていた。

「いいよね、ハル!」

 危険はあるのかもしれない。森に入った途端、眠らされて放り出されるくらいならいいけれど、弓で撃たれてハリネズミにされるなんてゴメンだった。しかし、本当に世界の危機が迫っているのだとしたら、私は自分にできることをすべきだと思った。

 煮え切らない態度を取り続けるハルを無視して、私はこの依頼を受けることを決め、中央ギルドを後にしたのだった。

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