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第3話 王都へ 3

 3


 それから十数日というもの、町全体がお祭り騒ぎになった。

 まず、私たちは20人以上の冒険者を連れて「星詠みの祠」を再訪し、スターボアの解体作業に取り掛かった。数日がかりで解体を終えると、採取された生体素材が一気に町に持ち込まれる。すでにスターボア討伐の噂は周辺の町までも流れており、魔術の触媒として使いたい魔術師や、マジックアイテム作成に使いたい職人たちが、大勢、買いつけにやってきた。町の素材加工職人の工房は、終日作業に追われ、繁華街では大金を得た冒険者たちが連日、どんちゃん騒ぎを繰り広げた。朝から晩まで飲み歩き、酔いつぶれた男たちが何人も、道端で眠る。ついには町中の酒が枯渇し、隣町の商人から酒を緊急購入するという話が出るほどになった。

 私自身も毛皮と爪の代金として、約200枚の金貨を手に入れた。半年は遊んで暮らせるほどの大金だ。本当はハルと折半するはずだったのだが、「あー、いらんいらん、レイナちゃん取っとき」と、ハルはアッサリ言い放ったのだった。

 町全体がそんな騒ぎに湧きたつ中で、私とハルは冒険者ギルドに呼び出された。

 いつも出入りする受付カウンターではなく、事務スペースや応接室などが設けられた奥のスペースへと通される。そこには、険しい顔のギルドマスターが待ち構えていた。

「レイナさん、ハルさん、お待ちしてましたよ。どうぞ、お掛けください」

 何となく不吉な気配を感じながら、私たちは勧められた椅子に腰を下ろす。

「まず、お二人の新しい登録証をお渡ししておきます」

 ギルドマスターが差し出したのは「Aランク」と「Dランク」の登録証だった。

「今回は、たまたま遺跡が崩壊してスターボアが下敷きになったということですけど、それでもSランクの魔獣を討伐したことと、死んだ調査員の消息を知らしてくださったことを合わせると、お二人のランクを上げることが適切だと判断させてもらいました」

 ああ、ハルが説得スキルを使って適当にでっち上げた「スターボアが遺跡の下敷きになって死んだ」って話、ギルドとして正式に受け入れてるんだ……。本当に信じてるのかな……。そんなことを、ふと思う。

 そんな私の内心などお構いなしに、ギルドマスターは話を続ける。

「実は最近、この周辺地域でも魔物の出現数が増えたり、生息域が広がったりするなど、不穏な兆候が現れているのです」

 ギルドマスターの話は、次のようなものだった。

 これまで妖魔の生息が確認されていなかった場所に、妖魔が出るようになった。あるいは、これまでであれば低ランクの小型妖魔しか見かけなかったような場所に、上位ランクの大型魔獣などが出没する事例が増えている。今回のスターボア出現はその中でも最悪の事例で、もしもあの魔獣が遺跡の外で暴れだしたら、この町を含め、周辺の町村は軒並み全滅の可能性があっただろう。

 こうした事例が相次いでいることは、王都グラン・セリオンの中央ギルドに報告しなくてはならない。これらの動きが単発性のものではなく、魔族による侵略活動の前哨なのだとしたら、国を挙げて対処してもらう必要がある。

「――そこで、お二人にはこの報告書を、グラン・セリオンの中央ギルドに届けていただきたいのです」

「えっと、それは……私たちでなければならない理由があるんですね?」

 私は確認した。通常、書面を届けるだけなら伝書鳩や早馬、駅馬車といった手段を使う。そういった手段を取らず、わざわざ私たちが届ける必要がある、ということには、それなりの意味があるはずだった。

「もちろんです。お二人には、中央ギルドでスターボア討伐についての報告をしていただきたいのです。これは、実際にスターボアと戦ったお二人にしか頼めない役割なのです」

「……そういうことなら、受けるしかないわな。これ、ギルドからの『依頼』ってことになるんやろ?」

「その通りです。通常の報酬に加え、グラン・セリオンまでの旅費や滞在費もこちらで負担させていただきます」

「それはおいしい話やな。よっしゃ、受けよ。今回の騒ぎでワシらこの町でちょっと注目されてしもたし、ほとぼりが冷めるまで、しばらくよそに行くほうがええやろ」

「……それもそうね」

 私はハルの言葉にうなずいた。私はスターボア討伐以前から、良くも悪くも注目される立場だった。そこに今回の「Bランクの実力しかない女剣士が、運よくSランクの魔獣を倒した」という話が(面白おかしく尾ひれをつけて)加わり、一層、注目を集めるようになってしまったのだ。酒場などで冗談半分に「酒をおごってくれ」「金を貸してくれ」といった声を掛けられるのはマシなほうで、町を歩いているだけでヤジを飛ばされたり、下品な誘いを受けたりすることもしばしばあった。私はこの町に、心底うんざりしていたのだ。お金をもらってこの町を出ることができるのは、まさに好都合だった。


 翌日。まだ夜の明けきらないうちから、私たちは荷物をまとめて町を出た。

 グラン・セリオンまでは5日の道のりだ。出立は少しでも早いほうがよかった。

 最初の2日間、旅は至って順調だった。初日、2日目ともに、私たちは朝から夕方まで街道を歩いて宿場町に入った。宿で体を休め(当然、ハルとは別部屋だ)、翌朝未明から再び歩きだす。街道は歩きやすく整備され、時折冒険者や隊商とすれ違う以外、人影を見かけることもない。平和そのものの旅だった。

 しかし、3日目のことだった。森林地帯で日没を迎えた私たちは、街道沿いの空き地で野営することになった。野獣対策として火を焚き、数時間ずつ交代で見張りをしながら眠るのだ。

 深夜、私が見張りをしているときだった。私の「危険感知」スキルが敵の接近を感じ取る。私は剣を抜いて身構えた。

 ガサガサと草を踏みしめて、複数の足音が近づいてくる。汗と垢と排泄物の混じった不潔な匂いが流れてくる。間違いなくゴブリンだろう。足音と悪臭の強さから考えると、十数体の集団だと思われた。

(一人で相手をするには多すぎる……。まずは先手を取る!)

 私は足元にあったこぶし大の石をいくつか、ゴブリンの集団に向けて力いっぱい投げつけた。ゴッと鈍い音が響き悲鳴が上がる。即座に剣を構えて集団に向かって飛び込むと、先頭の一体を斬り捨てた。

「ハル、敵よ! 起きて!」

「うーん……、レイナちゃんそんなとこ触ったらアカンて……」

「バカァッ! 変な夢見てんじゃないわよ!」

「レイナちゃんそんなもん拾い食いしたらアカン、お腹壊すで……」

「あーもうっ!」

 夜行性のゴブリンは私たち人間よりも遥かに夜目が利く。動きも素早い。囲まれれば袋叩きにされるだろう。私は一カ所に留まらないよう走り回り、木々を盾に取ってゴブリンの攻撃を防いだ。ゴブリンの持っている武器は、彼らの体臭と同じ匂いがした。排泄物を塗っているのだ。解毒魔法か、解毒効果も併せ持つハイポーションでも持っていなければ、わずかな傷を負わされただけでも傷口が腐り、場合によっては高熱を発してそのまま死に至る。

 焚き火の光だけを頼りに必死の思いで走り回り、目の前のゴブリンを斬り倒す。ふっと息をついた瞬間、背中に強い衝撃と激痛が走った。

 ゴブリンの小剣がざっくりと背中に突き刺さっていた。

(しまった!)

 焼けつくような痛みが体の奥まで広がり、腕が痺れる。それでも私は意志の力で無理やり腕を振り抜き、背後にいたゴブリンを斬り捨てた。

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