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第3話 王都へ 1

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 昼下がりの穏やかな陽光が、崩れ落ちた祠の瓦礫を柔らかく照らしていた。

 私は崩壊した「星詠みの祠」と巨大イノシシの死体を眺めながら、ボンヤリと座り込んでいた。

 やることは、たくさんあった。

 私たちの目の前に倒れている巨大イノシシの毛皮を剥ぎ、肉の血抜きや内臓の摘出をして、骨や爪、牙などの部位を持ち帰れるように加工・処理する。イノシシの肉はもちろん食用になるし、毛皮や骨、爪、牙といった部位はどれも武具・防具の素材として高値で買い取ってもらえるのだ。

 とはいえ、目の前の現実に思わずため息が漏れる。

「……これ、解体するのにどれくらいの時間がかかるのかな?」

〝家より大きいイノシシ〟という、あまりにも非現実的なサイズ感が私の思考を麻痺させていた。

「ま、とりあえずできるとこまでやってみよ。残った分は腐らんように『鮮度保護』の魔法をかけて、手伝ってくれる人を連れてまた来よう」

「それもそうね……。このサイズになると、ほかの冒険者パーティーに協力を依頼して山分けしても、十分元が取れそうだしね……」

「ほな、皮を剥いで肉をばらしていこか。おっちゃんのナイフ使う?」

 差し出されたのは、鞘や柄に美麗な装飾が施された短剣だった。どう見ても動物の解体などに使うような代物じゃない。どこかの美術館に展示されていても不思議じゃないような名品だった。

「これ……、めちゃくちゃ高級品なんじゃないの? イノシシの解体なんかに使っちゃっていいの?」

「ええねん、貰いもんやから」

 あまりにも軽く言い放つ。鞘から抜いて、刀身を見た私は再び驚いた。

「こ、これ、ミスリル製じゃないの!?」

 刀身は素人目にも分かるほどの魔力を帯び、白銀色のオーラを漂わせていた。見た目よりもずっと軽い。「真の銀」とも称されるミスリルは魔力を帯びた希少金属だ。加工次第でさまざまな魔法的性質を宿す。武器として最高級の一品だ。伝説によれば五英雄たちの使った武器もミスリル製だといわれている。当然ながら、この短剣一本でも、数年は遊んで暮らせるほどの値打ちがあるだろう。

「そうなん? まあ、ええやん。めっちゃ使いやすいんやでソレ。使ってみ?」

 試しに毛皮に刃を入れてみると、硬い毛に覆われた毛皮が薄布のようにサクサクと切れていく。確かに、びっくりするほど使いやすかった。

「……この短剣を使い慣れたら、もう普通のナイフには戻れなくなるわね」

「そやろ? 気に入ったんやったらあげるで」

「はぁ!? そ、そんな気軽に譲っていいようなものじゃないでしょコレ!?」

「ええねん、まだほかにも似たようなのいっぱいあるからな。ほらほら」

 そう言ってケープをまくる。確かに彼のベルトには、同じように美麗な装飾を施された短剣が数本、収納されていた。そのうちの一本を無造作に抜き取って見せる。やはりその刀身も白銀色のオーラを放っていた。

「さ、おしゃべりしながらでもええけど、手を動かそうな。はよせな、日が暮れてまうで」

 ハルはそう言いながら、サクサクと巨大イノシシの皮を剥ぎ始めた。私も慌てて作業に取り掛かる。

 私たちはそれからしばらく無言で作業に没頭した。どれだけ肉を切っても、ミスリルの刃には血や脂肪が貼りつくことがなく、鋭利な切れ味を保ち続けている。

「なあ、ところでさあ……」

 手を動かしながら、不意にハルが尋ねてきた。

「今回の場合って、クエストは達成できたことになるんかなあ……?」

「そ、それは……」

 いったい、どうなるんだろう。

 もともとのクエストは「遺跡探索と妖魔退治」だった。しかし、退治するはずの妖魔はおらず、出てきたのは巨大イノシシだった。そして、探索するはずの遺跡はイノシシの突進で無残に崩壊してしまったのだ。

「私にも分かんないよ……。こんなこと初めてなんだから……」

「そうやなあ……。ま、ギルドに戻って、受付のおねーちゃんに聞いてみたらええかな」

「それもそうね」

 二人がかりで夕方まで作業をしても、解体できたのは前足のごく一部だけだった。それでも剥ぎ取った毛皮は普通のイノシシ数頭分の量になった。

「これ以上は、もう無理やなあ……。持って帰るだけでも馬か荷車が必要になりそうや。そろそろ日も暮れるし、今日はこのまま野営して、明日の朝帰ろう」

 私はうなずくと、野営の準備に取り掛かった。


 巨大イノシシの焼肉と、ハルのポーチから出てきたパンという夕食を済ませる。私たちは焚き火を挟んで向かい合ったまま座り込んでいた。

「……ねえ。ちょっと聞いていい?」

「何かな?」

「本当に、あなたって何者なの? この短剣一つにしても、普通の人が持ち歩くような物じゃないでしょ。あの抜刀術といい、ワケが分からなすぎるのよ……」

「せやから、おっちゃんの本名はバルフォード・ゴライアスで――」

「ふざけないで!」

「ふざけてないんやけどなあ……」

 しばらくハルは真剣な表情で口をつぐんだ。話をするべきかどうか、迷っているように見えた。無言で考え込んだ末に、彼は軽く首を振った。

「ごめんな。まだちょっとレイナちゃんに話してええかどうか、判断できへんわ」

「それは……仲間として、信用できないってこと?」

 声に若干のとげとげしさを込める。ハルは慌てて首を振った。

「ちゃうねん。……あのな、おっちゃんそこそこ強いやろ?」

「『そこそこ』っていうレベルじゃないと思うけど……」

「まあ、それは置いといて。おっちゃんが仲間だったら頼りになると思うけど、もし、敵だったらどうする?」

「……考えたくもないわね。熟練の冒険者が束になって襲い掛かっても、あなたには絶対に勝てないでしょ」

「だけど、もし、どうしてもおっちゃんと戦わなアカンことになったとしたら? 逃げることは許されへん。絶対におっちゃんを倒さないとアカン。そんな状況になったとしたら?」

 私は目を丸くしながら、必死で考えた。出会ってからほんの数日の間に思い知らされてきた、ハルの超人的な力。あれとまともに戦っても、勝てるはずがない。

「えっと……罠にハメるとか、毒を盛るとか……?」

 しばらく考えて、私は答えた。

 ハルが超人的な力を持っていたとしても、要はその能力を発揮させなければいいのだ。実際にそんなことが可能かどうかは分からないけれど、たとえば深い泥沼のような場所に誘い込み、動きを封じたうえで、石弓や投石で遠距離から攻撃する。あるいは、彼の食べ物や飲み物、衣服、寝具など、彼の身の周りのありとあらゆるものに毒を盛れば、そのうち倒せるかもしれない。

 私の答えを聞いて、ハルはうなずいた。

「正解やね。だけど、もっと簡単な方法があるんよ。分かる?」

 私は言葉に詰まった。ハルの言わんとすることは私も考えた。しかし剣士として、人として、「それ」を口に出すのははばかられたのだ。

「……仲間や、家族を人質に取る。自分たちの言うことを聞かなければ、人質に危害を加える。それも、できるだけ残酷なやり方で、見せしめになるように。それが一番、手っ取り早いやろ?」

 アッサリとハルが言い放つ。私はゆっくりとうなずいた。

「みんながみんな、真正面から勝負を挑んでくれるわけとちゃうねん。世界には『暗部』とでも言うような、狡猾で残酷で、とんでもない手段を平然と実行する連中も存在するねん。おっちゃんは、自分一人やったら何があっても切り抜けられる。せやけど、もしレイナちゃんに何かがあったら、必ず守れるとは断言できへん。だから、まだしばらく、おっちゃんの正体は秘密にさせといて。話すべきときが来たら、ちゃんと話すから」

 ハルの表情には、それ以上の追及を許さない真剣さがあった。私はそれ以上、何も言えなかった。

 焚き火を挟んで向かい合う、ほんの数歩分の距離。しかし、その隔たりは大きく、歩み寄ることなどとてもできないように思えたのだった。

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